585 それっぽいやつ
※怪しげなビジネスに対するゴリゴリの偏見と当てこすり描写があります。ご了承ください。
事務長は言った。
「今回作ったファンゲンランケの色付き板を……そうだな。小葉ほどの大きさに置き換えて、いっその事、板にでもしてしまおうか。素材調達が安易になるし、コストも抑えられる。ならば絵柄ももっと簡略化して、色を減らして量産向けに変えたいところだな。職人を育てて大量生産の体制を整え、癒しの旅で叙勲を受けたラファエル殿も認めた健康護符としてローバストで売り出そう」
「この野郎それが目的か」
私の健康が付与された謎ンドグラスのぱちもんを量産して売ろうとしてやがるじゃねえか。
びっくりした。
人としてめちゃくちゃなにも信用できない計画を、あの事務長が本腰入れて計画してやがる。そらあんた。私も「この野郎」と知らず声に出てしまいますわ。
「事務長。命と健康に関わってくる嘘はよくない」
責任。責任が取れない。それもうマジで、なに一つ。
あまりにもドン引きでマジレスの私に、しかし事務長は動じない。
「護符はただの護符であり効果を保証するものではないので嘘と言う訳では」
「健康食品なの?」
体によさそうな雰囲気はあるけど絶対に効能があるとは断言しないビジネスなの?
いや、でも魔法や精霊や呪いの存在するこの世界では、護符もまた効能の期待される品物ではないのか。
ふとそんな疑問が浮かんだが、これはマジでピンキリだそうだ。
神殿などが本腰入れて作った死ぬほど高価なガチ護符は種類によってそれぞれかなりの効能を見せるし、それらを簡単に形だけ模した安物は、ただの飾りや縁起物としてその辺の露天でも売られていると言う。
だから神殿の名を騙ったり、期待できない効能を喧伝するような悪質な行為さえなければ、そう言った商売もまあ普通にありふれてはいるらしい。
事務長もさっきは言葉が足りなかったものの、あくまでも「男装聖女も認めた健康護符、の、写しとして」売り出す計画なのだとやたらと顔をキリッとさせて言う。
実際、その範囲ならギリセーフのようだ。
そうして簡略化された健康護符を買うほうも、本当に効能があるとは期待せず記念のように求めるだけなのだろう。
解る。解るよ、その文化。日本人、神社仏閣だけじゃなく全然関係ない場所でも割とお守り的なもの買いがちなとこある。
でも、なぜだろう。間に怪しい健康食品の話題をはさんでしまったためか、事務長の感じがもうなにも信用できなくなってきた。はさんじゃったのは私だが。
「やめてよお……なんの効果もない健康食品をなにも知らない信じやすい人に売り付けて一儲けしようとかするの、やめてよお……」
「売るのは護符であって食品では……」
「やめてよお……健康を盾にして人のこと騙すのやめてよお……」
「いや、だから……
「やだあ、元の事務長に戻って。あの頃を、あの頃を思い出すの。昼間は雪でウサギを作れるだけ作って指の先がしもやけでじんじわかゆくなってくるまで遊び、日が暮れてきたら鼻水垂らしながらおかーさんがシチュー作って待ってるお家に急いで走って帰ってたあの頃を」
「そんな頃はない」
事務長は生まれた瞬間から事務長なので、少年時代も時間があったらひたすら本を読んでるか勉強してるか、住み込んでいた家の主の、のちに事務長が領主付きの文官になれるよう後押ししてくれた元文官のおじいちゃんを手伝うなどしてすごすことが多かったと語った。おもしろみのない男なのだ。お手伝いはえらい。
この件は結局、事務長のカルマを心配するあまり私がしつこくウザ絡みした結果、商品名を「癒しの旅で叙勲を受けたラファエル殿も認めたやつを簡単に写したなんの効果もないそれっぽいやつ」とすることで双方痛み分けの決着となった。
私はなんの効能もないことをアピールできるし、事務長はそれっぽいやつを売り出せるのでにっこりなのだ。うん。嘘です。
事務長はなにも納得してなかったが、二日も三日もずっと続けて不誠実な商売はやめようよと絡む私にさすがにめんどくさくなってきて「もういい」となげやりに折れた格好だ。自らの保身と訴訟を回避するために戦いましたよ私は。
ちなみに、事務長が最初に言っていた小葉とは文字通り小さな葉っぱからきていて、名刺くらいの大きさを表す言葉だそうだ。
羊皮紙的な動物性の紙は別として、この世界では紙の木の葉っぱをそのまま利用して作る。小葉と呼ばれるのはその中で名刺ほどの大きさの、一般的に流通する紙では一番小さな葉っぱの紙のことを言うのだ。
事務長はこの大きさで健康護符を作って売る計画だったようで、そう言われるとランドセルの横に付けるお守りとしては割と妥当な大きさだった。納得しちゃった。
少し冷静になってみると、事務長によるこの一連の健康護符大量生産計画はそもそも、ラファエルに売ったステンドグラスになぜか健康的ななにかが付与されていることがバレていてこそ立案にいたったみたいな謎が残されていた。が、これについてはなんでバレたんやろかと首をひねる私にメガネがあっさり「でも事務長鑑定スキルあるじゃん」と言って、全てが解けた。謎の命があまりにも短い。
なるほどね。そう言えばそんな話もすごい昔に聞いたような記憶がなくもない。嘘だ。ほぼほぼないよね。そんな記憶。いつそんな話したの。
私としては知らない話を今聞かされたくらいの気持ちだが、いやでも、なるほどね……。と改めて思うものもある。
だからだよ。だからニセモノをつかまされる小市民の悲しみが解らないんだな、事務長は。
そんな気持ちでしみじみと、そしてメガネとひそひそ言い合い本人の目の前で事務長をディスったりして我々は、妙にのんびりクマの村での時間をすごした。
ディスりとのんびりが共存できるとは発見である。
そうして無為にすごして気が付くと、四ノ月が音もなく溶けるように終わり五ノ月が始まろうとしていた。
春である。
ステンドグラスを地道に製作し、私のなけなしの魔力でじわりじわりと固めると言う効率をシカトしたお仕事が主な理由だが、まあまあの時間を村ですごした。
そろそろ移動するかと話し合い、それを知ったクマの村の住人たちが宿屋と食堂をかねているジョナスの店で見送ってくれた。
「パンは持ったな? 麺は足りるか?」
「大丈夫だよぅ。なくなったらまた買いにくるから大丈夫だよぅ」
大きく毛深いこげ茶の体に緑のチョッキをちんまり着込んだクマのジョナスに心配されて、俺だってちょっとはしっかりしてるんだからねと答えるメガネはまるで背伸びして大人ぶる子供のようだ。うちのメガネがいい年でなければちょっとほほ笑ましい光景だった。
じゅげむや金ちゃんはクマを中心とした獣族の子供や若者たちに囲まれて、またな。今度は勝つからな。これ、さっき道端で見付けた花。などと素朴に別れをおしまれている。
また、私は私でなんの効果もないながら飾り物としての需要を見込みラファエルさんも認めたやつを写したやつを量産する生産体制と事業計画を練るためにまだ村に滞在している事務長にマジで詐欺とかやめてくれよなと念入りに釘を刺したり、レミに体にいいお茶をこれでもかと託すので忙しかった。
それで「なんかおいしいにおいがする!」とじたばたしているフェネさんがジョナスの店の厨房に飛び込まないようしっかり捕まえる妻たるテオが、めちゃくちゃ微妙な、気まずさしかない表情をしていることに気付くのは村を離れてからになるのだが、これはまた少しのちの話だ。
それじゃあまたねえ、と手を振って村の人々に見送られ、少し歩いて集落を囲む森へと入ってからである。
たもっちゃんがのんびり問うた。
「それで? ラファエル達はこれからどうすんの?」
「うーん。予定がある訳ではないけど、まずはこのファンゲンランケの色付き板を届けに行く事になるかな」
残念だけど、もうすぐお別れだ。
そう言って、本当に残念そうに優しげな顔を曇らせるのはほかならぬ男装聖女のラファエルだった。
いや、私の作ったよく解らないステンドグラス、略して謎ンドグラスの完成と売買取り引きが成立してからもう数日が経っている。
癒しの旅とか大変そうやし、すぐに旅立つんやろなと思っていたら、まだいた。そして村を出た我々と、なぜか一緒にのんびり歩く。
さながら旅の道連れである。
あちらは使命感あふれる一行なので本当は早々に旅立つはずだったようだが、それを「もうちょっと、もうちょっとだけ……」としぶい顔の同志をなだめて滞在をずるずる伸ばしたのはラファエル本人だ。
なんか、性別バレてる女同士、ラクー! つって、よく一緒にお風呂入りにきてた。




