584 謎ンドグラス
地味な単純作業をごりごりごりごり続ける中で、うっすらと、そしてじわじわ思いいたったことがある。
これ、あれじゃない? こうやってさ、染料とかをごりごりごりごり粉になるほど時間を掛けて砕いたりしてたら、もしかして健康付与されたりしてないですか?
「それでさ、たもっちゃん。その健康のようなものの波動がさ、男装聖女たるラファエルを引き付けたのではないかと思えてしまうよ私には」
「まぁ、あるかないかで言うとありそうだけど、とりあえず手は動かそうねぇ」
ムダな雑談で手を止めて時間を稼ごうとする私と、そんなことはどうでもいいととにかく作業させんとするメガネ。
本格的に細かく繊細な作業は任せられてないのだが、創作と言うあまりにも適性のない仕事から逃避し、すきあらばレイニーの所へそそっと身をよせお茶をいただきサボったり、サボりをすぐに察知したメガネにお賃金、お賃金のためよ。と魔法の言葉でふらふらと馬車馬のような気持ちで、実際には馬車馬ほどの量ではない作業に戻ったりをくり返すこと数日。
トータルすると十日ほどの製作期間で、新たなるステンドグラスの完成となった。
正直なところ、ステンドグラスを形作る作業自体は最初の三日ほどでできていた。
ではあとの、七日は一体なにかと言うと、素材として使われた魔力に触れると固まる性質のファンゲンランケの消化液を完全に硬化させるための時間だ。
恐らく私は、ファンゲンランケの色付き板を作るため染料を細かく砕く作業をしながらに、謎ンドグラスの健康的な秘密について考察するべきではなかった。
あれさえなければメガネがさっさと魔力を流してステンドグラスを完成させたのに、あれを。あれの考察を雑談気分で聞かせたがために、だったらファンゲンランケの消化液を固めるのも私の魔力のほうがいいのではないかとメガネが訳の解らないことを言い出したのだ。
「たもっちゃん、私、村人……」
「でもリコって、手間掛けただけ健康付与できるみたいなところあるじゃない? お茶とかに。だったらガラスにも魔力ゆっくりじっくり込めてったほうが健康になるって感じあるじゃんマジで。気になるじゃん。不思議じゃん。ちょっとやってみよ」
やれば、できる子!
たもっちゃんはそんなテンションで完全なひとごととして、または思い付いた可能性を検証してみたくなってきた研究職めいたわくわくとした好奇心で顔を無邪気に輝かせて言った。
なんとなくイラッとしてしまい、「たもっちゃん、どうしたの。お城の錬金術師みたいじゃん」と言うと、すっと真顔になっていた。ちょっと気が済んだ。
でもエルフを前にした時のメガネはもっと余裕でやばいから、今さらなんだよな。みたいな気持ちもあるのだが、それをぐっと黙っておいたのは私なりの優しさである。
まあそれで。
こう言った経緯で、今回作ったステンドグラスを固めるのは結局私の魔力と言うことに決まった。
しかし、私の魔力量は悲しみの村人。
ちょびちょびとしか固めることができず、完全に硬化させるのに何日も掛かってしまうことになる。
それに、少しずつ小分けに固めたことでガラスがひずみ、ところどころぐにゃぐにゃ歪み波打った意図せぬ模様ができていた。
幸いなのはそもそもの図案が前衛的すぎて、全体からしてもはやなにがなんだか解らないので多少ガラスが歪んでいようとも、別に気にならないことだろう。幸いとは。
私がせっせと魔力を込めて数日掛けてどうにか固め、見た感じの得体の知れなさはともかく。
やっとお渡しできる状態になった新作ステンドグラスを前に、発注元のラファエルは引くほど大げさに感激して見せた。
「これが? あぁ、これこそが! みな、御覧なさい! この……この……力強い壮健な気配!」
優しく清潔感のあるイケメンのような、それでいてゆるやかにうねる光を含み輝くような浅緋色の長髪を自然のままに背中に流す男装の聖女。
その感情の高ぶりを思わせる言葉、そして態度に、ステンドグラス製作を手厚くサポートしていたメガネがぼそりと呟く。
「途中で言葉に困ってんだよなぁ」
それはマジでそう。
感激は一応しているようではあるが、なぜなのか心からの戸惑いがすごい。
ラファエルもきっと、完成したばかりのステンドグラスを前にして、色付きガラスで描かれているのがなんなのか、マジで判断できなかったのだろう。
解るよ。私も自分でこれを見て、私なに描いたんだっけと迷子のような気持ちだ。
モデルを務めたフェネさんですら、仕上がるよりもだいぶん前にお迎えにきたテオの肩によじのぼり、まだ固まってないステンドグラスの全容を見下ろし「えー……」と弱々しく声をこぼしたほどなのだ。
でも自称神、意外とそれ以上はなにも言わなかった。文句とか。気を使えてえらい。
ラファエルたちは、と言うか主にラファエル本人だけだが。
やはりこの、私が手間ヒマとなけなしの魔力をえっちらおっちらそそぎ込みどう言う原理なのかは知らないが健康的ななにかが付与されているらしき、謎深きステンドグラスの仕上がりに満足してくれたようだった。
ラファエルの慈善の旅に同行しその存在から意志まで全面的に肯定する感じの同志らが、この謎ンドグラスに関してだけはさすがにちょっと「なにも解らない……」みたいな。困惑の表情をありありと浮かべてはいたものの、イケメン聖女たる彼女の言いぶんを疑ったりはしなかった。
で、いざ代価の支払いである。
「あっ、でも私ら冒険者だから……」
冒険者ギルドを通さず現金を受け取ると、多分こっぴどく怒られてしまう。なんかこう、脱税の罪とかで。
ちゃりんちゃりんとお賃金の影に踊らされ、せっせと働き実際に代金をもらう段になりやっとそのことを思い出す。冒険者、社会的に信用なさすぎんのよ。
しかしこの問題は、冒険者自己判断で現金受け取れないしばりを思い出し、私が口にした次の瞬間くらいには解決を見た。
金に関しては抜かりのない事務長が、この取り引きの会計係に冒険者ギルドから職員を借りてきてくれたのだ。
「事務長……!」
私は感激した。
「……で、今回ローバストに納める税がこのくらい、と言うところで……」
そしてすぐにこれである。
ありがてえと一瞬しちゃった感謝返して。
事務長が連れてきたのは冒険者ギルドの、完全に見たことのあるレミの嫁だった。彼女は皇国の文官だったので、能力は充分なのだろう。解るよ。皇国の税関的な島で初めて会った時、どこかアンニュイな雰囲気をかもしてたのに仕事ぶりは有能でかっこよかった。
本来、事務仕事が得意な人なのだ。私もそれを疑うつもりはなくて、おどろいたのは別の部分だ。
「えっ、木工所は?」
ステンドグラス製作のため作業場を借りてたこの十日、ずっとレイニーにお茶出してくれてたじゃないすか。
だからてっきり、そっちで働いているのかと。そう言いおどろく私に対し、彼女はなんでもないようにギルドにも木工所にも事務仕事のできる人間が足りてないので行ったりきたりしているのだと語った。
「そんな馬車馬の様に……」
「体大事にして……」
自分を休めることに余念のないメガネと私は心から引いたが、本人は「やれる量しかやってはいないし、報酬ももらっているから大丈夫だ」と答える。
なぜだろう。考えすぎかも知れないが、ギリギリ大丈夫ではなさそうな気がする。
あとでレミにでも本当に大丈夫か確かめて――いや、レミも以前は職務を全うするあまり死に掛けていたので、夫婦共にどうかしている可能性がある。困る。
悪い意味でドキドキしてきて心の中で体にいいお茶をスタンバイしている私をよそに、事務長とラファエルは謎ンドクラスの取り引きをとんとんと進め、料金と商品の交換までがあっと言う間に済んでいた。
我々がせっせとファンゲンランケの消化液をこねくり回している間に、商談はほとんど済んでいたらしい。抜かりない。
事務長は多分、この取り引きでローバストへ納められる予定の税のため色々と動いていたのだと思う。しかしそれで得られるのは税であり、事務長個人に得はない。
税収好きすぎではと思うのと同時に、もうちょっと事務長にもいいことがあればいいのにみたいな気持ちになるレベルだ。
が、私はまだ甘かった。
事務長は抜かりなどない。だから税収だけでなく、もっと深淵な計画を秘めていたのだ。
それが解ったのはほぼ口をはさむすきもなく、なんか全自動の勢いでラファエルとの取り引きを終えてすぐのことだった。




