582 癒し系男子
癒し系男子として各地を旅するラファエル氏、実際は男装した女子だった。
ではなぜ私がその事実を知るにいたったかと言うと、風呂に入ってるところを見たからだ。
いや、待って。違うの。聞いて。
クマの村でクマの老婦人に管理をお願いしているメガネの家の、食糧庫の奥に隠したドアで移動するためだけの隠し小部屋。これが外から見ると不自然に出っ張ってしまうので、なんとかうまくごまかすために家の外に大きめの風呂を増設してあるじゃない?
外風呂を作ったのは昨日今日の話じゃないし、風呂だけ作ってやり切った感を出したメガネがお湯を沸かす設備とか全部あと回しにしてほったらかしてたら、もはや自分の別荘みたいに滞在して行く事務長がいつの間にかに風呂釜を付けてくれていて今では村のクマたちも入って行くらしいと聞いているあれだ。助かる。あとなんか、ほほ笑ましい。
で、冬だし。寒くてやだよねと。
ひとっ風呂浴びてあったまって寝るかと思ってくだんの外風呂に入ってみたら、うっかりかち合っちゃっいましたねよね。ラファエルと。
聞いて。だからね、覗きとかじゃないの。
タイミング。持ち前のタイミングの悪さがこのエンカウントを引き起こした。
「て言うかマジでご婦人でよかった。いや、同性ならいいってもんでもないのかも知れんけど、イケメンの入浴中に乱入した痴女として名を残してしまうところだった」
「リコ、落ち着いて」
マジで危機一髪だったと取り乱しつつ心を落ち着けようとして風呂上がりの冷たい牛乳をごくごく飲んでいる私に対し、たもっちゃんが寝具を広げる片手間になだめる。
我々はクマの老婦人であるリディアばあちゃんの住む家の、家を建てたのが夏の近い雨季頃で冬のことを考えてなかったメガネの失態をカバーする形で事務長が増設してくれていた暖炉の前で雑魚寝の構えだ。
儲け話に敏感すぎる事務長や、癒しの能力を生まれ持ち神の奇跡をピュアに信頼するラファエルと改めて話し、そうですか? そんなに言うんやったら試しに一回作ってみましょか? アバンギャルドステンドグラス。と、言うことに落ち着いていた。
それでクマたちの暮らすこのヴィエル村に滞在し、作業に取り掛かる予定なのだ。
まあ、そのお泊り初日でラファエルと風呂場で遭遇してしまった訳だが。いやホントびっくりしたマジで。
ギリギリ危機一髪だった。なにも回避できてないから危機一髪でもないけども、と。
たもっちゃんは騒ぐ私から視線を外し、その私の横でほこほことして冷えた牛乳を飲んでいるレイニーに首をかしげて問うた。
「あれ? そん時レイニーどうしたの?」
「いました」
「いたんだ……」
男だと思ってた男装女子の裸見といて、ノーリアクションなんだ……。
たもっちゃんの言葉にはそんな響きが、あってもなくても別にどっちでもいいのだが、確かに私と一緒にお風呂に行って一緒に目撃してしまった当事者のはずなのにものすごくどうでもよさそうだった。天使には矮小なる人間の、性別など取るに足らないことなのかも知れない。
一方、一応綺麗に掃き清め洗浄魔法も掛けたリビングの、床に寝具を広げて整える作業を手伝い自動的に話を聞かされてしまったテオが言う。
「しかし、わざわざ性別を偽ってあるものを、人に言って良いのか……?」
「ううん。よくはないみたい」
「おい」
それはダメだろとテオの眉間がぎゅっとなったが、私に繊細な秘密を持つのはムリなのと、これはむしろ仲間内で共有しておいたほうがいいのではないかと判断した結果だ。
「だってさ、我々もまだ何日かは村で滞在する訳じゃない? お風呂かち合わないように気を付けてあげて欲しいじゃない? それにさ、聞いて。ラファエルとお風呂入りながら聞いたんだけどさ」
「入ったのかよ」
「うん。向こうもバレちゃしょうがねえみたいなこと言って逆に落ち着いてた。でね、なんかね、あの人、パトロンのお金で慈善の旅やってるっつってたじゃない? そのパトロンにさ、言われたんだって。癒しの力を持った聖女だって解ったら、勇者に口説かれるかも知れないから男の格好しとけって」
「説得力よ」
それはしょうがねえわ。
それは男装もしますわ。
たもっちゃんはそう言って秒でめちゃくちゃ納得したし、テオもまた草のつるでできている寝具のぶ厚いマットの上でびよんびよん飛びはねていたフェネさんを捕まえ、ああ……と、疲れたような、なにかを思い出すような悪い意味で微妙な表情を顔面に浮かべた。
「すでに一人、神殿の聖女が自ら志願し勇者に同行しているはずだ。もう一人となると話が変わってくるが……勇者だからな……」
なんと言うかそれは、俺も、ものすごく心配が解る。
テオは深刻そうに、神妙に、ラファエルのパトロンとメガネの懸念に同意を示した。
ハーレム勇者の日頃の行いよ。
この件については、私もさすがに反省している。
いや、この件と言うか、ラファエルに対する偏見ありきの態度とか。
なんかそれっぽいこといっぱい言ってぐいぐいくる感じをうさんくさいと決め付けて、相手を知らず勝手に心の距離を作ってしまった。
たもっちゃんもガン見ののちに「マジで慈善しかしてないっぽい」と言っていたので、ラファエルのさわやかすぎて逆にただよういかがわしさはあくまで雰囲気だけなのだ。別にフォローになってないなこれ。
人を偏見でディスってしまった。反省している。
害がないと解ってきたから言える部分はあるのだが、じゃあ反省せんでええかっちゅうと、そうやないと思うんですわ。と私の中で、関西のお嬢様かおっさんが訴えるのだ。
また、私が無意識に持った偏見は恐らく、それだけではなかった。
あれよ。自ら各地に足を運んで病を癒す聖なる力をおしまず使い人々を救うご婦人て、聖女って言うじゃないですか? 多分。
すでに男装で旅する理由を語るついでに本人もそう明言しているのだが、聖女じゃん。
男だと思ってたからいまいちピンとこなかったけど、やってることは聖女じゃん。
もしかすると聖女と同じ内容で活動する男性についても定義する語彙がどっかにあるのかも知れないが、あいにく私はそれを知らない。聖女ですらもなんとなく、どっかで聞いたことがあったくらいの認識ってくらいだ。
クマの村でお泊りして翌日。
私は村を囲む森の外側に作られた、木工所の一画でせっせと忙しげに準備を整えるメガネの背中へ一方的に反省を述べた。
「私もねえ、思いましたね。自分の中でなんとなく知ってて言葉として定義できるものは大体の感じであーあれね。って単純に信じちゃうのに、自分が知らないってだけで全部怪しいとか嘘とかって決め付けちゃうのよくないなって。これはあれですね。ジェンダーロールの罠ですね。反省ですよ。反省」
すると、たもっちゃんが少し手を止め振り返る。
「いや……ジェンダーは関係なくない? 俺ら、あれじゃん。いきなりぐいぐいこられるとそれだけで心閉じるじゃん。最初から女子って解ってたとしても、結局は心の距離できてたんじゃない?」
「せやろか」
「あと徳の高い男子の事は多分だけど聖人って言うと思う」
「ヨアヒムやんけ」
砂漠の賭博都市シュピレンで出会った貧乏くじを引きがちの、ぐう聖ホームレスのこと思い出すやないかい。
元気かなあ、ヨアヒム。
もう今は異世界タコ焼きの屋台を担当したりしてるのでホームレスではなくなっているようだが、この前会った時はなんか、塩の借金完済したのに新しい借金を作り出されそうになってしまった我々になけなしの貯金をそっと渡そうとしてくれたりしていた。心配だ。また別の困った知り合いとかに、なけなしのお金をあげちゃって自分が困ったりしていないだろうか。
ヨアヒム、人はいいんだが、人がよすぎて聖人にもほどがあるのだ。
それと、私ちょっと気が付いちゃったんですけど、この流れでヨアヒムが思い浮かぶってことは多分普通に知ってましたね。聖女的な活動をする男性を表す語彙として、聖人を。
おかしいな……こうなると、ラファエルが過剰な慈愛でかもし出す空気をセミナー感と決め付けたのは聖人って発想がなかったせい、などの、言い訳に統合性が取れなくなってきてしまう。なぜなのか。なにかの間違いってことにならないだろうか。
まあ、ねっ。聖人とか、聖女とか、どう考えてもサブカル的ななにかで聞きかじっただけですもんね。現実にはなかなかね。なかなか。この話、ちょっともうやめない?
私は自分で振った話題にそっとフタをして、俺はなんも言ってないんだわ。と正論しか言わないメガネと共に作業へと戻った。




