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58 奴隷市場

 小さな檻が並ぶ広場は、奴隷市場と呼ばれるようだ。

 市場にはいくつもの奴隷商が入り乱れ、それぞれ店を開いているらしい。

 私に声を掛けた小太りの男は、別の店から奴隷をぞろぞろ連れてきたうちのメガネに目を丸くした。

 それから、しまったそっちだったかみたいな顔をしてせっせと自分の店の商品を売り込むなどした。商魂である。

 そんな奴隷商のセールストークを聞き流し、たもっちゃんは私のほうへ手の平を見せる。それで解った。と言うか察した。

 この男がドン引きの人だかりをかき分けて、戻ってきたのは理由があってのことだったのだ。手持ちのお金が足りないとかの。

 たもっちゃんは、てへぺろと語った。

「ここの奴隷は底値だって言うんだけどさー、やっぱ九人もいると結構するわ」

 大森林の間際の街では、奴隷の値段は一人当たり金貨一枚に少し足りない。

 たもっちゃんが「一人五万もしないんだよな」と呟いて、なにそれやっすいとおどろいた。日本円にされると、急激にえぐい。

「こっからここまではね、選民の街の人なの。見付けちゃったの。買わないとすぐ死んじゃいそうだったの。しょうがないの」

 説明するメガネによって、ここからここまで、と区切られた奴隷は八人の人族。

 たもっちゃんがこの奴隷市場で見付けてきたのは、選民の街から追い出され元はスラムで暮らしていた人たちだそうだ。

 あの街のスラムでは、食事ができるだけマシだと言って自分から奴隷になる人がいっぱいいたと聞いたような覚えがあった。

 だけど、選民の街の代表的なおっさんが追い出した住人売り飛ばして奴隷商から賄賂もらってたって話も、同じ頃に聞いたような気がする。

 どちらのパターンで奴隷になったのかは知らないが、ここにいる彼らはろくでもない所へ売り払われてしまった人たちのようだ。

 勝手に売り飛ばされたケースはもちろん、自分から奴隷になった場合も原因をたどれば選民の街の悪政に行き着く。

 これ多分、国の調査入ったらなんか救済措置があると思うんだよね。と、たもっちゃんは言った。

 だからそれまで生きててくれれば、あとは国がなんとかしてくれるはず。と。

 そうやって説明されると、さすがに解る。

 これはしょうがないやつなのだと。

 我々は、奴隷を購入した。

 代金を支払い、奴隷を所有するために必要な書類を受け取る。そして売買契約が成立すると、奴隷商たちはじゃらじゃらと重たげな鍵の束を取り出した。

 首輪は奴隷である限り外すことは許されないが、足の鎖は取ってしまって構わないそうだ。奴隷の所有者が許せば、の話だが。

 奴隷たちは足元だけ自由になると、とりあえずレイニーの魔法でめちゃくちゃ洗浄されることになった。

 汚さが許せないレベルだったのだろう。

 洗浄力が強すぎて浄化に近いこの感じ、知ってる。クマの村で黒い怪物討伐後、生ぐさいぶよぶよにまみれた奴はみんなやられた。

 原っぱに連れ出され、魔法によって丸洗いされる奴隷のかたまり。それを私は遠巻きに、広場の端にしゃがみ込んで眺めた。

 すぐ近くではうちのメガネも同じように屈み込み、背中を少し丸めた姿勢で折り畳んだ自分の足に両方の肘を置いている。

 わー、すごい洗われてるねー。みたいなことを言ったりしているその横で、ふと、思い付いたことをそのまま考えずに口に出す。

「もしもだけどさ、たもっちゃん。私らが、ここにいる奴隷を買えるだけ買ったらどうなんの?」

 私はしゃがんだ格好で、原っぱのほうを見ながらにたずねた。たもっちゃんはそれに、一緒になって原っぱを見ながら「んー」と少し考えるような声を出す。

「多分、変わんないんじゃない? ここの奴隷をもしも全部買ったとしても、すぐにほかの所から補充されるだけだと思う」

「ああ、そう言うもんか」

「買いたいの?」

「さあ……どうだろ。わかんない」

 正直まだ、奴隷と言う存在自体があまりピンときていない。人が入るには小さな四角い檻に押し込められて、家畜みたいに売られているのはなんかひでーなって思うくらいだ。

 このもやもやと胸にどろつく感覚が、なんなのか自分でもちょっとよく解らない。

 知ったのは、もう少しあとになってから。

 大森林の間際の町は、大森林に分け入るための装備を整える最後の場所だ。装備の種類は多岐に渡るが、底値の奴隷もその一つ。彼らは、主に使い捨ての囮役として使われる。

 それを聞いて、私は変に感心した。

 そりゃそうだ。どうせすぐに死なせるものに、わざわざコスト掛けたりしねえわな、と。

 だから値段と用途の問題で、ここに集まるのはほとんどが犯罪奴隷であるとも聞いた。

 なるほどなーと思いはしたが、だからいいかと言われるとそれはまた別の話って気がする。

 そもそもこの奴隷市場には、だまされたか売り飛ばされた選民スラムの元住人がちらほらといたのだ。犯罪奴隷だから使い捨てていいと言う理論は、その時点で破綻していた。

 うまく言葉にできないがなんとなくむなくそ悪いので、夜中にでも奴隷市場に忍び込み奴隷の檻を片っ端から叩き壊して回ろうかと思った。でも、それは普通に止められた。

 我が家の常識人であるテオに。

 我が家って言うか、パーティだが。

 テオと再会することになったのもまた、この奴隷市場でのことだった。

 私はその時、原っぱで洗浄したりされたりのレイニーと奴隷たちをぼんやりと見ていた。

 屈めた膝に頬杖を突いて、なんか納得行かねえなーとか考え込んだりしていた時だ。

 がしりと、肩をつかまれた。

 私のすぐ隣では、たもっちゃんも同じく大きな手に肩をつかまれている。

「何をしているんだ、お前達は」

 そしてそんな男の声がして、振り返ればそこにいた。

 研ぎ澄ました剣のようにきらめく髪や、理知的な灰色の瞳を持つ凄腕剣士のイケメンAランク冒険者。

 そしてなぜだか我々と同行し、なぜだか我々の世話を焼く男。

 お兄さんからの指名依頼を断り切れず、雨季の荒野で泥にまみれて遠い目をしていた男。

 それでこりていたはずなのに我々のためにお兄さんからの依頼を受けて実家への手紙を預かってしまい、しぶしぶ親のいる家に戻ってみれば監禁されてしまった上に見ず知らずの婚約者が待ち構えていたらしい災難の男。

 テオである。

「うわー……」

 たもっちゃんは体をよじり、背後の男を見上げてうめいた。

 テオは全身でおおいかぶさるようにして、我々を捕らえた。そして灰色の瞳をどんよりとにごらせ、こちらを重たく見下ろしていた。

 我々は、悟った。

 多分だけど、なんかやべえと。

「おお、会えるものだな」

「どうやって見付けるのかと思ったら」

「あいつらがいれば絶対騒ぎになると言ってはいたが、本当にこんな騒ぎになるとは」

 声は、私たちの背後にいるテオの、そのさらに後ろから聞こえた。

 そこには逆に感心したみたいな顔をして、三人の騎士が立っている。彼らが身に着けたかっちりした騎士服は、アーダルベルト公爵家の紋章が入ったものだった。

 公爵からの命を受け、テオを運んできた騎士たちだろう。しかも運ぶだけでなく、出会うことなく追い越した我々と合流するまで見届けるようと一緒に行動していたらしい。

 さすが騎士様。アフターケアが手厚い。

 かじり掛けの串肉が三人の手にあるせいで、余暇を満喫しているようにしか見えないが。

「覚えているか?」

 全身からどろどろした空気をかもし出し、テオが低くひそめた声で言う。

「お前達が、おれを忘れて置いて行くのは……これで二度目だ」

 王都で王様夫妻に会った時、お城の入り口に置いてきたのが一回。恐ろしい実家で足止めされる彼を置き、旅立ってしまった今回ので二回め。テオの悲しみが、さらに深い。

 置き手紙くらいはできたのではないかと自分でも思うが、正直王都を出る時点ではテオのことまで頭が回っていなかった。ごめん。

 さすがに、怒られても仕方ないような気がする。

 でも、できることなら怒られたくない。

 我々はその一心で、なけなしのコミュ力を振りしぼった。

「すごーい! 会えたね!」

「やだー! 元気ー? いい天気だね!」

 その結果がこれ。出てきた言葉がこれ。

 しみじみ思う。

 もっとなんかなかったのかと。

 これでもなんとか精一杯の、社交辞令的世間話をしようとしたのだ。しかし我々の社交性は死んでいる。そもそも生まれてすらいないのかも知れない。

 まあ当然と言うべきか。ごまかし十割で一ミリの内容もない言葉では、実家で傷を負った男の心は溶かせるものではなかったようだ。

 テオはせっかくの整った顔面をじとじと陰らせ、たもっちゃんと私の良心を恨みがましくつつき回した。

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