579 刻まれ続ける
冒険者ギルドとして管理するダンジョンの探索、産出される素材の確保の必要や、ケンカの意味で商人ギルドが絡まない時のグードルンは非常にドライだった。
しかしテオに恩義を感じる人々が祝いの機会を逃さないよう叙勲の情報を教えたり、シュラム荒野から産出される甘いものを王都へ送る転移魔法陣を少しだけ、便宜を図って使えるように許可を出し彼らからの贈り物がいい感じに間に合うように手配してくれたのもまた事実だ。
「打算はあったか知らんけど、とにかくありがとね」
「そう、ありがとね。あとこれ。お祝いのお返しに作ったやつなんだけど、どこに届けたらいいか解んないからグードルンから配ってもらえたりしない?」
「礼はいいけど……人を都合よく使うのは君達も同類って自覚はあるのかな?」
それはまあ。まあまあまあ、それはね。
気を使ってくれてありがとねと感謝していると見せ掛けて、お祝い返しのホットサンドメーカ―をグードルンに渡して任せてしまおうとしていたメガネと私は「ん? なんだって?」とか言って、あまりにも正しすぎるツッコミにめちゃくちゃムダにキリッとした顔を作っておいた。
「いいけどね。どうせまた会うから」
グードルンはそう言って結局はお返しの品々を預かってくれて、商人はあいにく街を出ているものの冒険者たちなら多分いるから酒場を覗いてみろと言う。
それで冒険者ギルド一階の食堂をかねた酒場に行くと、こちらが探そうとするより前に向こうがテオを発見したようだ。ガタガタあわててイスを押しのけ倒し、こけつまろびつと言った様子で駆けよってきた。
「テオさん! テオさんじゃないか!」
人って、思わぬ人を見掛けると、ホントにこう言うセリフが出てくるんだな。
我々が完全なるひとごととして素朴なリアクションを味わう内に、ご指名を受けたテオ本人はむさ苦しいおっさんたちにあっと言う間に囲まれていた。
テオもおどろき戸惑ってはいたが、しかし囲むおっさんからは敬意や親しみがにじみ出る。その全面的に絶賛する空気を感じてか、テオの肩ではフェネさんがつんと鼻を高く上げ、「そうでしょ。凄いでしょ。我のつま。我の」と、なぜか自慢げだ。
あと、ははは、この恩人め。と、ひとごとと思って油断してテオを眺めていた我々もついでに囲まれてしまい、改めてお祝いを言われたり「あんた達、チームジキサンじゃなくてチームミトコーモンなんだってね?」などと、生きている限り新しく刻まれ続ける黒歴史の割と最近のやつをえぐられたりした。
どうせその場限りだと思ってクソ雑にコンビ名を名乗るのと、笑いどころのない微妙なネタを漫才的に披露するのってよくないなと思いました。手遅れながらに。
ただ、ついでではあるが我々までもがちやほやとした空気を出したいかつい大人に囲まれて、めずらしく手放しでほめられているのを金ちゃんによじのぼってはわわとしたじゅげむが「よくわからないけどすごい」とぴかぴかした顔で見てくるのはよかった。
じゅげむ、よく見るのよ。我々のイメージ、多分今がピークよ。
やはりと言うか案の定、おこぼれながらに急にちやほやされてテンパったメガネが勧められるままアルコールを摂取して訳が解らなくなった辺りで誰かが、チーム直参のネタが見たいと言い出した。誰だ。鬼なの?
それでアルコールにより判断力がだいぶんなくなってたメガネが調子に乗って、野菜でも入っていたような雑な木箱をひっくり返してステージを作り、一ネタ披露するのに付き合わされてしまった。私も断ればよかったのだが、せっかく期待されてるから……。そんなことってあんまりないから……。
どうせやるなら中途半端はよくないと、うっかり全力を尽くしてしまいイメージの暴落が止まらない。じゅげむ。もういい。もう見てなくていいから、ごはんでも食べてなさい。
まあそれで、うっかりどんちゃんしてしまい、テオやメガネは冒険者のおっさんたちに一杯おごらせてくれよと言われ、それはまあいいのだが片っ端から言ってくるので結局一杯では収まらずべろべろになり、金ちゃんはなぜか当然のような感じでその辺のテーブルからお肉を次々強奪し、アルコールが入ってないと言う意味でまだ常識を残した私が謝って回り、フェネさんはテオがちやほやされるついでにこりゃあいい獣だといっぱいほめられご機嫌だった。
自称神、獣っつわれてるけどいいのかよと思ったら、ただの獣じゃなくていい獣と言うのをかなり前向きにとらえたようだ。
こうして、アルコールと肉に飲まれてしっちゃかめっちゃかに夜はふけた。
レイニーや私はじゅげむを連れて、早めにギルドの宿部分に引き上げて逃げた。
明けて朝。
一晩すごしたせまい客室を簡単に片付け、同じギルドの建物一階、食堂となっている空間へおりる。
するとそこに広がっていたのは、ただただ酒に飲まれたおっさんたちがごろりごろりとそこらに転がっている光景だった。
ギルド自体がまだ新しい建物だから、本来ならば綺麗なほうなのだと思う。でもダメ。酒と、酒に合うよう味付けされた料理のにおいが染み付いて、どこかの荒くれ冒険者でも暴れたみたいに柱や床のあちらこちらに傷がある。しかもよく解らない、しかし決して取れないシミまでも見られた。この場末感。
しかも今は、恐らく特に状況がひどい。
立ち飲み用の丸テーブルはいくつも倒れ、無事なものもあるにはあるがそれらには備え付けのイスにかろうじて腰掛け、ぐでっと潰れたおっさんたちがもたれ掛かり突っ伏しているようなあり様だ。ひでえ。
「ええー。いつまで。いつまで飲んでたの? たもっちゃん! たもっちゃん! 無事?」
「……声、大きい……大きい声……出すのやめて……」
あっ、いた。
地の底から響くようでいてカスッカスの弱々しい声のするほうを見てみれば、奥に酒瓶の棚を設けたカウンターがあった。
そしてその手前、基本土足の異世界で決して清潔ではなさそうな床に、べろべろに倒れて若干折り重なっているおっさんの山から這いずり出てくる人影がある。メガネだ。
「ゾンビじゃん。もうほぼほぼライフ尽きてんじゃん」
「尽きてないですぅ……ちょっと頭ガンガンして目もしょぼしょぼして頭ぐらんぐらんで息するだけで胃の辺りから何かが込み上げてきそうになるだけですぅ……」
それ多分、だけってことは全然ないな……。
「たもっちゃん、どうして……。どうして、こんなことになっちゃったんだろうね……」
どうしてって言うか、明らかに酒だが。
レイニーや私と一緒におりてきて、このアルコールにまみれた狂乱の残り香を目の当たりにしてしまったじゅげむが「たもつおじさん、もうだめなの……?」と心配そうに、それでいてばっさり深手を負わせる感じで呟いたりしててなかなかよかった。
ダメじゃない……ダメじゃないよ……と説得力のないカスカスの声を上げるメガネやその辺で潰れているおっさんたちに体にいいお茶を手分けして配り、似たようなことがよくあるのだろうか。頃合いを見計らってギルドの奥からわらわら出てきた職員たちが、安いポーションを売り付けて冒険者を襲う二日酔いと言う名の状態異常に対応していた。
そうする内に食堂は朝食を求める、酒にやられてない冒険者で混んでくる。
ゾンビから体調不良の人間くらいに回復してきたおっさんたちはそろそろジャマだと追い出され、仕方がないから暖を取るついでにダンジョンの浅い階層で小銭と甘いものでも稼ごっか。と言うことになる。
回復したっつってもまだ絶対ぐでぐでしてるのに、なんでそうなるのかは解らない。でも私も水あめを内包した草なんかをむしれると助かる。なので止める人間は特にはおらず、じゅげむの安全確保のためにメガネがその辺の土で特別製のゴーレムを練った。
この判断力のなにもない流れを止めるとしたら多分テオだが、テオも昨日は飲みすぎたらしくお茶と安いポーションで多少人間に復帰したおっさんの中に埋没してしまいそれどころではなかったようだ。
あと、一体なにがあったのか。金ちゃんもおっさんにまざってちょっと気持ち悪そうで、思いのほかなじんでるのがじんわりとくる。
地下へと広がるダンジョンはいつでも温度が一定らしく、暖を取ると言えるほどには温暖でもないのだが今は冬の屋外よりもいくらかすごしやすかった。
そうして産出品が甘いもので満たされたダンジョンをお散歩感覚で軽く探索している内に、おっさんたちの酒盛りにまざった中では一人だけ元気なフェネさんがダンジョンモンスターをなにこれ楽しいと噛みちぎり、ドロップする甘味をすぐさま胃袋に消して言う。
「ねえ! これ! 村に持ってく! 冬は食べる物少ないから、村長よろこぶ!」
そっかあ、それは大変ねえ。と言うことになり、せっせとダンジョンで甘いものを集めて自称神たる本体の大きなキツネのお膝元。マーモット的な獣族の暮らす山あいの村を訪ねてみたり、ちょうどいいからついでにと武者姫が作ってくれた勲章的な首輪の入れ物にフェネ毛を入れて分体を練り直してもらったりしてわいわいとすごした。




