578 祝! 叙勲!
その道具は手の平よりもいくらか大きな、真四角の鉄板に長いハンドルの付いたもの。鉄板はフチがめくれ上がって湾曲し、形としては四角い皿っぽいつくりだ。
その鉄板は二つで一つの道具であり、ハンドルが溶接されているのとは逆側に二つの鉄板を組み合わせるため、蝶番の役割を果たす金具が付いている。
一対になった鉄板と鉄板の間に生まれる空間に、ふかふかの食パンとお好みの具と、またパンを重ねてぐいっと閉じてじゅうじゅう焼けば、そう、ホットサンドのできあがりなのだ!
「知ってた」
このタイプの直火式ホットサンドメーカー。私知ってる。むしろよく見る。たもっちゃんが使ってる時とかに。
しかし――いや、そしてと言うべきか。
このホットサンドメーカーこそがメガネが数日掛けて企画して、商機を逃さないペーガー商会に吸い上げられた地球製品の開発などで何度も世話になったことのある鍛冶屋に飛び込み、ムリを言って量産してもらった叙勲祝いの返礼品だった。
正直、がっかりしてしまう自分がいる。
なんかそれ、もう前に作ったことあるやつじゃんと。
いや、ホットサンドはよいものだし、それを作るためのホットサンドメーカーもよい道具だと思う。
それに、お礼に目新しさはいらないのかも知れない。
でもさー、なんかさー。たもっちゃんが十日以上も姿を消して、どや、とばかりに帰ってきたからさー。期待がね。期待のハードルがね。高くなりすぎてましたね。ごめんね。逆に。
私が期待しすぎちゃってたんだね、みたいな。勝手にがっかりした、盛り上がらない空気を感じたのだろう。
帰ってくるなり「見て!」と新作ホットサンドメーカーを高々と掲げ、実際に焼いて見せたメガネがあわてたように焼き上がったホットサンドをぐいぐい押し付け見せてくる。
「いやいやでもね、リコとかはもう慣れちゃってるかも知れないけどね、ホットサンド。まだ王都でも浸透はしてないし、見て。これね、特別。お祝いもらったお返しだから。焼くとね、表にこっちの文字で、祝! 叙勲! と、裏には俺が一生懸命考えたマークが焼き付く様にしてみました! 凄い!」
確かに。
細かくギミック仕込んでみましたと主張するメガネに言われて見てみれば、今目の前で焼き上がったホットサンドにはこんがりと「祝! 叙勲!」の文字がある。
まあそれはいい。
センスはともかくとして。
しかしマークも見てとうながされ、焼けたパンをひっくり返すとでかでかと丸の中に三つ葉のクローバー的なマークがあった。
一生懸命考えたとはなんだったのか。
「たもっちゃん。これ。たもっちゃん。なにを。なにを考えたと言うの。たもっちゃん。トクガワじゃん。完全に将軍家の息吹きしか感じないじゃんこのマーク」
私もそんな興味を持って深掘りするつもりはなかったのだが、でもお前。これはお前。
数々の時代劇を履修してきた私には解る。
諸国漫遊する某水戸藩の御隠居よろしくどう見ても、トクガワしか思い出せないこのマーク。ひどい。
それでついぼろぼろと、わき上がる疑問をそのまま次々と浴びせてしまう。
オマージュですらないじゃん。
もはやアレンジの入り込むすきすらもないじゃん。
たもっちゃんは引き気味に戸惑う私に対し、製作者として深い苦悩を思わせるような、もしくは自分からその雰囲気をチラつかせる感じでぼそぼそと語った。
「だってチームミトコーモンだから……」
俺もそのままはよくないかなと思って、どうにか別のデザインを考えてみたけどムリだった。どうしてもイメージに引きずられ、もうこれしか出てこなかった。努力はした。
避けようがなかったみたいな感じで言い訳に言い訳を重ねるメガネは、もうパブリックドメインだから大丈夫だもん! とも主張した。
この返礼用に作られた、祝! 叙勲! エセ家紋入りホットサンドメーカーは文字や絵が入るのが新しいと言う一点でじゅげむから「たもつおじさん、すごい」とピュアな絶賛を受けると同時に、そこそこ数のあるお祝いの品へのお返しとしてすでに量産済みだったこともかんがみてこのまま返礼品として採用される運びとなった。
まあ……品物はいいので……。
それで張り切りメガネがいそいそと、なにはともあれルディ=ケビンと主張してわあわあ言って王都に暮らすエルフの兄と妹の家へと突撃するのを止め――……られはしなかったものの、あっ、これはホットサンドに使ってもらおうと思って持ってきたパンっす。と、ホットサンドメーカ―に六枚切りの食パンを添えて差し出して、じゃあ実演してみましょうねと家に上がり込もうとするメガネを抑えてお祝いありがとねとお礼を言って可能な限り短時間で切り上げた点では割と我々がんばったと思う。
私とか、テオとか。おやつと言う名の交渉により、やだやだルディ=ケビンにもっと構ってもらうとやかましいメガネを担ぎ上げのしのし帰ってくれた金ちゃんとかが。助かる。
そんな感じで、と言うとメガネの勢いに差がありすぎて正しくはないが、我々はお祝いを届けてくれた人たちにこのような訳の解らない経緯での叙勲にまでお気遣いいただきましてとお礼を言って駆け回り三ノ月をすごした。
それから、渡ノ月を越えて四ノ月。
我々はローバストから比較的近い、と言えなくもないシュラム荒野のダンジョンにいた。
厳密にはダンジョンそのものではなく、シュラム荒野のダンジョンやその中に潜る冒険者、そして産出品の面倒を見るため作られた冒険者ギルドに用があったからだ。
「色々ありがとねえ!」
シュラム荒野の冒険者ギルドに押し掛けて、一番えらい人がいる部屋をばーんと開いて我々は直近の感謝を雑に浴びせた。
すると、この地でギルド長を務めるその人物は後ろで結んだ赤っぽい金髪を揺らしながらに顔を上げ、薄茶色の目をこちら向ける。
そしてなんらかの書類とペンを手にした格好で、ええ……? と迷惑そうにした。
「今は白い砂糖も間に合ってるんだけど……」
「顔を見るなり労働力にしか換算しないこの感じ」
グードルンまじいついかなる時もグードルン。ちょっとほっとする気持ちすらある。
この人と最初に会ったのはシュラム荒野にダンジョンが生まれ、けれどもまだまだギルドも街もなかった頃だ。
以来ちょくちょく色々あったりなかったりしてきたが、そうだった。こう言う奴だった。
今やちょっとした街となっているこのシュラム荒野の一画の、地下に広がるダンジョンは諸事情あって産出品がとにかく甘いものに特化していた。
しかしその甘味ダンジョンにおいても白い砂糖は特別で、深めの階層でモンスターを倒さないと手に入らない。そのために産出量が安定しない時期があり、以前、たもっちゃんを先頭にごりごりと私欲のままに探索を進めた我々がそこそこ大量の白い砂糖を持ち帰った時にはなんでやと逆ギレされたこともある。
それがどうだ。今はもう間に合っていると、この余裕。
商人ギルドにマウントを取るため我々を馬車馬のように働かすことをいとわないグードルンが言うなら、本当に大丈夫なのだろう。
シュラム荒野を拠点とし、活動している冒険者たちもダンジョン攻略の対策を練り、実力を付けているのだ。感慨。我々、彼らの成長には多分なにも関係ないのだが、よかったわねえと感慨深い気持ちがしちゃう。
そうして勝手にしみじみしつつ、やはり勝手にグードルンの部屋に置かれた来客用のソファセットに落ち着いて、大人の膝ほどの高さのテーブルに各種のおみやげを積んでると部屋の主もデスクからこちらに移動してきた。
彼は席を空けろと言うように、たもっちゃんをぐいぐい押して隣に座る。
「それで、今日は?」
「あ、それはテオから。どうぞ」
たもっちゃんはずれて席を作ってあげながら、そして逆隣にいる私のスペースを圧迫しつつ、テーブルをはさんで正面のテオにささっと祝! 叙勲! ホットサンドメーカーの持ち手を差し出しうながした。
「あぁ……。以前、この街で縁を得た依頼主や冒険者から祝いが届いた、驚いたが、叙勲の件を知らせたり、祝いの手配してくれたのはあなただと聞いた。礼を言わせて欲しい」
このシュラム荒野を基点に活動する商人や冒険者が、王都の情報を、それも素早くどうやって知ったか不思議だった。しかしその問題は通信魔道具を所有する冒険者ギルドの、長であるグードルンが解決していたらしい。
彼は、それか、と得心にうなずく。
「彼等は君達に恩を感じていたし、ここで活動する冒険者や取り引きの多い商人に恩を売って損はないからね」
「歯に衣……」
この親切はグードルンとしても、打算があってのことだったらしい。なるほどね。でも着せて。もうちょっと、きぬ……。




