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577 積み上がる箱

 勲章てなんかよく解んなかったけど、こうして人からよかったねと言ってもらうとよかったのかなって気になってくる。

 武者姫にも気を使ってもらったし、ウルリッヒだってわざわざ足を運んで待っていてくれた。こう言うのはきっと、ありがたいってことなのだと思う。

 また、それとは全然関係ない話になるのだが、ウルリッヒはなんだか砦に迎えに行った時よりも小ざっぱりとしているように思われた。なぜだろう。パリッとした騎士服やしゅっと整えられた髪型などに、そこはかとない新婚夫婦のイチャつきを感じる。

 クマなのに……クマじゃないけど。クマなのに……。

 仲のいい夫婦が一緒に暮らせるようになってよかったよねと言う素直な気持ちと、我々のお陰だと言う恩着せがましい気持ちと、うらやましくなんかないんだからね! と強がりつつも、ありふれた、しかし大切な幸せへのド直球の羨望がどんどろと心の中で渦巻いてしまう。完全なるひがみ。我々は弱い。

 こうして、ウルリッヒやその妻が悪い訳では決してないのだが、勝手にそわっとしてしまい時間が経過するのと共に心にスリップダメージを食らい続けた我々は、まあまあ、解る解る。と雑な共感を見せるアーダルベルト公爵に連れられ、とりあえず王城をあとにした。

 我々は普通に、これで勲章のあれやこれやは終わったんだなと思っていたのだが、厳密にはまだだったようだ。

 公爵に「しばらく滞在しなさいね」と言われて、よく解らんまま一応その通りにしていると続々と、叙勲のお祝いが各所から公爵家へ届き始めたからだ。

 それはもう。

 翌日の昼には祝いの品が山となり、いや山は大げさだけども。

 ちょっとだけのつもりで置かせてもらってた、公爵家の広い玄関ホールでもまあまあのスペースを圧迫しまうほどだ。

「ふぁー」

「リコ、口開けてないで仕分けるの手伝って」

 それらの品々を前にして、たもっちゃんはいくつも箱をかかえつつなんだか忙しそうにしていた。なんだかと言うか荷物を片付けているのだが、これがなかなか難しい。

「でもさ、たもっちゃん。私には解らないよ。もらっていいやつと、返さなきゃいけないやつの見分けが」

「うん。正直俺も」

「お前もなのかよ……」

 たもっちゃんに解んなかったら私にはマジで解んないからそれはもうしょうがないですね。

 こんな感じで我々が、どんどん届き積み上がる箱に翻弄されるのには訳がある。

 いや、話の流れで棚ぼた的に我々が勲章をもらったことが広まって各所から祝いの品が届いているのが主な理由だ。どこからどうやってどこまで広まっているのかは知らない。

 ただなんと言うか、その量が多い。ものすごく。

 まだ解るのはよく気を回してくれるヴァルター卿や、テオの身内であるその兄アレクサンドルなどの知り合いからの品である。

 では解らないのはなにかと言うと、全然知らない人から届けられた謎の箱とかだ。

 なるほどね。私もね、多いと思ってはいたんすよ。王都には知り合いとかそんないないのに。知らない人からも届いていたなら納得ですね。なぜなのかは解らないけども。

 しかしこの疑問には、我々が勝手にくつろぐこの屋敷の家主たるアーダルベルト公爵が答えた。

「恐らく、君達が目的じゃないんだろうね。この家は人付き合いをしないから、君達の祝いにかこつけて公爵家と縁を繋ごうとしたんだと思う」

「やだー、利用されちゃった」

 たもっちゃんは積み上がるいくつもの箱をもらうのと返すのとで分けながら、公爵の話になるほどねとうなずき軽口を叩く。

 私の見た感じでは本当に気にしてなさそうで、そう言うこともあるのかってくらいのものだった。

 しかし、公爵は気にした。申し訳なさそうに「ごめんね」と、すっかりしょんぼりしてしまっている。

 キミたちの叙勲は曇りなく祝われるべきなのに、公爵の身分がジャマをして変な横槍を入れさせてしまった。

 そんなことをもそもそ言って公爵は、じんわりと自分を責めているようだ。

 そのことに、我々は引いた。

 ぽろっと軽口を叩いてしまい公爵の自責の念に塩を塗り込んでしまったメガネもそうだし、箱の仕分けめんどくせえなとぶつぶつ文句を言っちゃってた私もだ。

「公爵さん……元気出して……。大丈夫。俺ら、何で祝われてるかもよく解ってないから……自分がまず曇ってるから……」

「そう、元気出して。横槍っつうか箱が余分に届いただけだし、勲章もほら。マジで話の流れで棚ぼただから……」

 たもっちゃんと私はおろおろと、正直な気持ちを明かして公爵を元気付けようとした。

 よかれと思ってのことではあるが、これはこれで別に正解ではなかったらしい。

 公爵はしょんぼりしたままでいながらに、ちょっと冷静になって言う。

「君達はもうちょっと叙勲をありがたがって……」

 はい。


 これらの、祝いと見せ掛けてアーダルベルト公爵へのアピールだったらしき大量の箱は、しれっとまざってたペーガー商会からのお祝いやルディ=ケビンが送ってくれたものを発見したメガネが「お祝い返し! 張り切らなきゃ!」と大騒ぎしつつせっせと仕分けた。

 私は無力だ。箱に付いた差出人の名前を見てもマジで誰が誰か解らないのでレイニーやじゅげむやテオなどと箱を持ってメガネの前に並び、これはこっち、それはあっちと指示されるまま箱を運ぶマシーンになるくらいしかできない。

 自責の念でめためたになっている公爵が一緒に箱を持って並ぼうとして、さすがにいかんと危機感を持った使用人らが率先して手伝ってくれて割と作業は早く終わった。

 そうしてみると我々としては印象の薄い、しかし無関係でもない人からの贈り物ものも結構まざっていることが解った。

 それらの送り主は王都ではなくブルーメの地方、または他国に属する商人や一部の冒険者などが多く、たもっちゃんのガン見によると以前、テオが奴隷落ちすることになった事件の時に彼が助けた面々だそうだ。

 これはどう考えてもテオに宛てたものだろう。義理堅い。

 しかしそれでも知らない人からの、受け取るとややこしいことになりそうな箱が一番多かった。困る。だがこれは公爵からの申し出で、返却の手配を引き受けてくれることになる。

 だが、それには少し気掛かりもあった。

 先方は、公爵との縁が欲しくて興味もない我々に贈り物を届けてきたのだ。その公爵が対応してしまうと、向こうの思う壺ではないのだろうか。

 それはなんかよくないのかなと、我々も一応、気を使う。

「いやいや、任せてくださいよ公爵さん。見せてやりますよ、世界に。俺達の社交性のなさってやつを」

「そうですよ公爵さん。向こうがあわよくばと都合よく期待してる縁を、再生不可能なレベルで細切れに引きちぎってやろうじゃないですか」

 我々の空気の読めなさが火をふく時がきたのだとメガネと私がそわそわアップを始める様子に、公爵は言った。

「やめて」

 はい。


 不安しかないと言う納得の理由で我々の気遣いは却下され、マジで知らない人からの箱についてはやっぱり公爵にお任せすることになった。

 それらの数と比べると、我々がお返しを考えるべき品々は多くない。まあまあはある。

 地方や他国ではきっと手に入れるのが難しい王都の情報を素早く得、いい感じに間に合うようにお祝いを届けてくれたテオに恩義を感じる人々もそうだし、たもっちゃんや私に縁あって贈り物を用意してくれた人にもそれなりのお返しを考えなくてはならない。

 なによりも、王城勤めの錬金術師でありながら黒ずくめの集団にはまざらないエルフ、ルディ=ケビンからも祝いの箱が届いたことでうちのメガネが張り切った。それはもう、引くほど。

 ああでもないこうでもないと時間を掛けてうんうん悩み、なぜかどんどんぼさぼさになり目も血走ってやばい空気を出し始めたと思ったら屋敷を飛び出すようにしてどっかに出掛け、そのまま何日も戻らなかった。

 こちらは公爵家に泊めてもらってたので別に困ることもないのだが、一応ちょっと心配になりメガネと共有されているアイテムボックスの新着通知を利用して今なにしてんだよと確認してみたところ、「頑張ってる」みたいなクソ雑な返事があるだけだった。心配してるのにこの仕打ち。もう知らん。

 公爵家のごはんの仕込みにひたすら豆を鞘から出す作業を手伝わせてもらったりして、約十日。たもっちゃんはがんばって作った便利道具をたずさえて戻った。

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