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576 御祝い

 勲章に似たエンブレムはそれぞれ、姫が自ら渡してくれた。

 じゅげむにはしっかりとしたチェーンを通しペンダントとしたものを「息災と健勝を願う」と言って頭の上からかぶせるように首に掛け、ついでにぎゅっと抱きしめる。私には解る。張り裂けそうなよろこびにぴっかぴかの顔で見上げられ、じゅげむへの愛おしさが止まらなくなってしまったのだろう。解るよ。

 また、キーホルダーのような、カラビナめいた金具の付けられたものは金ちゃんの首に常時装備されている魔道具の首輪に引っ掛けられるつくりのようだ。これも姫が手ずから付けてくれたついでに、おまえはいつ見てもよい筋肉をしている! とか言って、冬の装いで毛皮を巻き付けた金ちゃんの肉体をはじはじと叩いた。絶賛である。

 そして最後はフェネさんの番だが、これは少し念入りだった。

「このな、ベルトをな、毛を巻き込まないよう特別にあつらえさせてな」

「我の毛皮、いいやつだもんね!」

 わかる! 我! とくべつ!

 と、勢いしかない自称神の合いの手に、武者姫は神妙な顔でうなずき、続ける。

「うん。それでな、この。ここがな、こう開くようになっていて、少しだけだが、物が入るようになっている。ここにな、毛を……な。前もって入れておけば、以前のように思わぬ時に変化がとけても触媒となる毛が飛びちらずにすむかと思ってな……」

「ひ……姫え!」

 そこまで考えてくれとったんか姫え!

 それってあれでしょ。ドラゴンさんの宴会目的で大森林に行った時、ドラゴンさんの魔力の波動でフェネさんが「ぴえ」と毛に戻ってしまいみんなで必死に拾い集めた時のこと覚えてて、なんとかしてくれようとしたんでしょ。

 あれ……びっくりしたもんね……。ごめんね……。

 私も最初にフェネさんが毛に戻ってしまった時はもしや消滅と思ってひゅんとなったし、大森林でフェネさんが消し飛ぶところを目撃し一生懸命に毛を探してくれたメンズらが今も姫のサロンの壁際に待機している状態でなんとも言えない遠い目をしている。

 武者姫のこの、実体験からくる気遣いと善意にフェネ毛に関してはなんとなく忸怩とした思い出しか残っていない我々は心の底からひどく感激してしまった。

 それでつい、じゅげむと金ちゃんの手を引いてひしっと姫に抱き付くと見せ掛けまあまあの重さの伴う体当たりなどをしてしまう。よく考えたら両手がふさがっちゃってたから……。

「ありがとうねえ!」

 勢いはありすぎたものの、いっぱい気を配ってくれたことへのストレートな感謝は、姫にも一応伝わったようだ。

 若武者めいて溌溂と、「大したことではない」と答える姫様しかし、少し恥ずかしそうにほほ笑んでいた。

 女子への接触には恐れに近い気を使うメガネと人間に対してドライな天使も「ナイス気遣い」みたいな感じでびしりと親指を立てる動作で武者姫への感謝を示し、ちょうどフェネさん用の首輪的エンブレムの細工について説明している時だったので自称神たる白く小さなキツネのことを膝に乗せて保定するテオが異世界的常識人として自国の姫との近すぎる距離感に困り果てていたが、最終的にはフェネさんをそっと顔の前まで持ち上げて「感謝いたします」と腹話術みたいな感謝の述べかたをした。最近のテオ、困った時に割とフェネさんを頼っている気がする。


 姫もなかなか忙しく、がんばって時間を作ってくれていたようだ。サロンへの招待はトータルしても三十分ほどで終わった。

 ありがとうねえ。体とか気を付けてねえ。

 つって、じゅげむと金ちゃんとフェネさんへのプレゼントのお礼になにか、と思ったが、一国の姫がよろこびそうな品物が解らず。めずらしくはないかも知れんけど、とにかく体にはいいからと健康を付与したお茶だけもりもりお渡ししておいた。武者は体が資本かと思った。

 身分ある人への食品類の差し入れは保安の観点からすると迷惑なのかも知れないが、そこはなんか武者姫の周りのちゃんした人が鑑定とかで安全確保するやろ多分。

 この、若い子にかっさかさに乾いた草を押し付けると言う私によって行われた所業に、なにやら衝撃を受けたようにはっとしたじゅげむがメガネの腕をあわてて引いてサロンの隅まで引っ張って行き、なんかこそこそしてると思ったら大森林でいつの間にか拾い集めて今では完璧な乾燥処理によりただぴかぴかしているでっかいどんぐりと、夏の間に立ちよったハイスヴュステの湖水の村で思い出と共にせっせと集めた砂漠でもめずらしい石をうんうん悩んで厳選し、しかし選び切れなかったらしく小さな両手で持てるだけ持って「あのね、これね、ぼくがひろってきたんだよ」と言って差し出した。じゅげむは悲しきバーサーカーなので、さすがの姫も抵抗すらできずウッと撃ち抜かれていた。精神的に。胸の辺りを。

 こうして、困ったことがあれば言いにくるとよい。なにもなくてもくればよい。今日は泊まるか? それとも住むか? などと言い出した武者姫を、これはいけないとささっと飛び出してきたお付きのメンズが自分の体を壁にして押しとどめる間に、我々はじゅげむをかかえ上げるようにして辞去した。勢いとしては離脱に近い。

 あわただしくほどんど逃げるおもむきで、何回かお呼ばれしたくらいではお城の中で迷わない自信のない我々のため、メンズが一人案内に立ち城壁やその門の近く、馬車だまりのある場所まで送ってくれた。

 すると、そこで待っていたのはアーダルベルト公爵である。

「姫がお呼びだと聞いたけど、思ったより早かったね」

 正確には公爵が王城のだだっ広い玄関口で待っていた訳ではなくて、王城の騎士の若いのが公爵の意を受けて直立不動で待っていた。いつから……。

 めちゃくちゃキリッとした顔で待機していた若者は、こちらの外見を把握していたようだ。メンズに連れられた我々をまあまあの距離から見付けると、すぐに接近と確認ののち公爵がお待ちですとメンズから身柄を引き取って割とていねいに案内してくれた。

 そうして通されたのは王城に呼ばれた貴人のための待機部屋らしく、ちょっとしたいいホテルの喫茶室的ななにかっぽいおもむきの場所だ。

 きんきらに華美ではないけども家具や壁や柱や天井の飾りなど、ちょっとしたところにしつらえのよさがうかがえるその一室で、本日二度目にご尊顔を拝した公爵はやはり一段ときらきらしかった。フォーマルの威力。

 近くで見ると今日マジ輝いてんじゃんとまぶしさで心の目を若干やられている我々に、公爵は前置きもそこそこに自分と同じテーブルに着くもう一人の人物を引き合わす。

「君達の知人だから、私が紹介する必要はないね。式典のあとで、君達に祝いを言いたくて探しているのを見掛けてね。聞けば、件の騎士だと言うじゃないか。話には聞いていたから始めて会った気がしないし、君達が姫に誘われたのは知っていたから、戻るまで話し相手をさせてしまった」

 アーダルベルト公爵の説明はざっくりとはしていたが、なんとなくそれで充分だった。なんかね、恐縮して遠慮する騎士を公爵がまあまあいいじゃないかとか言って付き合わせる姿が目に浮かぶ。

「……ご配慮、痛み入ります」

 その騎士は筋肉的の大きな体で、決して小さすぎる訳ではないのに小さく見えるテーブルとイスの間にはさまれ窮屈そうに、そして公爵の位にある人を前にして緊張なのかどことなく全身ガチガチで頭を下げた。

 この、別にベーア族でもないのに全体的にクマ感のある男性を確かに我々は知っている。

 この人も王城の騎士であり、最近やっとザイデシュラーフェンの砦から帰国を果たしたばかり。

 そう、例の。マダム・フレイヤのもとから嫁ぎ、新米貴婦人となったかの人の夫だ。

 彼の名前はウルリッヒ。諸事情あってこの前の秋、「帰ろうぜ!」つって砦まで迎えに行ったのが我々なのでさすがに名前もまだ解るのだ。よかった。

 彼はわざわざ席を立ち、改まった様子でこう語る。

「叙勲と聞いて、いても立ってもいられず。どうしても一言、と……。御祝いを申し上げる。御身が当然の様に与える献身や慈しみがこうして認められた事、本当に嬉しい。認めた王に仕える我が身まで誇らしいほどだ」

「お……おぉ……」

「これは、その、妻、から。今日は遠慮したが、また会えれば嬉しいと言っていた」

「あ、あざす」

 重い。

 いや、妻からと言って渡されたのはずっとテーブルに置いていたバスケットにこんもり入った冬には値の張るお花だが、重いのはそれではなくてなんかこう、祝う言葉が。

「献身……」

「いつくしみ……」

 たもっちゃんと私は、まるで初めて知った言葉みたいに自分の口でくり返す。なぜなのか。あまりにしっくりこないのにもほどがあり、逆にじわじわとした味わいがある。

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