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神の詫び石 ~日常系の異世界は変態メガネを道連れに思えば遠くで草むしり~  作者: みくも
草にまみれてケンカして、悪を断つのは他力編
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571 ばちぼこ

 リボンとレースで輝かんばかりに飾られた数々のプレゼントにまぎれ、やはりきらきらしい包装をまとい違和感なく、まるでお花か宝飾品のようなおもむきで隠れていたあまりにワイルドな骨付きかたまり肉。

 なんらかの動物の大腿部分を思わせるそれは、正確には肉は肉でも高級生ハムと言うものだったようだ。

 生ハムが嫌いではないらしいアーダルベルト公爵と食材に執着心を持ち気味のメガネが「あぁ~」と悲しげな声を上げ、「こっちのお肉と交換しない? これもおいしいよ!」とか言って、骨付き生ハムをにぎりしめた金ちゃんとなにやら必死に交渉していた。

 さすがの金ちゃんも水分を失い旨味成分でぎゅっとした肉は噛み切れず、くっきりと歯形が付いただけで救出された生ハムがこれからどうなるのか私は知らない。

 自分の所有ではないものの割と好ましく思う生ハムがトロールの食欲を前にして本来のポテンシャルを発揮もできずただの固い肉みたいに扱われる姿に胸を痛める公爵はともかく、たもっちゃんは歯形だけ削って普通に使いそうな予感はしている。その時はなるべく私に解らないようにして欲しい。食べるのは食べる。

 まあそれはともかくとして、天衣無縫の金ちゃんが素早くお肉をかじったことにもう一人、もしかすると最も深刻にショックを受ける者がいた。じゅげむだ。

 彼はまだまだ小さな体で金ちゃんの腰布にしがみ付き、たもっちゃんが交渉のためたっぷり持たせた別のお肉をわんぱくに頬張る堂々とした体躯を誇るトロールをなんだか泣きそうな表情で見上げた。

「きんちゃん。まだたもつおじさんのじゃないおにくは、かってにたべちゃだめなんだよ……」

 こっちも悲しそうだった。

 贈り物が大量に届きなんだなんだと玄関ホールに集まった中には、メガネと私、だけでなくレイニーやテオやフェネさんも含む。これだけ大人がいながらに、金ちゃんを止められなかったことに誰よりも責任を感じているのが子供と言う事実。

 我々が悪いと反省するべきか、いやでも金ちゃんは止めるのムリだよと言い訳していいのか判断に迷う。十中八九我々が悪い。


 こうして高級な骨付き生ハムが返却できない状態になり、だからと言って一部だけを受け取ってほかは返すと言うのも感じが悪すぎてやめたほうがいいとのことだ。貴族的ルールか、一般常識なのかは知らない。

 正直困る。しかし、こうなっては仕方ない。

 貴族オブ貴族たる公爵とあれこれ相談し、もらいすぎと言う意味でかえって申し訳ないむねと例の件はひとえに私が秒でケンカを始めてしまいああなっただけで結果なんとかなりそうでよかったけれどもそうはならずにもっと状況が悪くなる可能性もあったのでむしろすいません。あとそろそろギフト的なものの時期なのでまたマダム・フレイヤの館におジャマさせていただいても構わないでしょうか。と言う、用件をなにもかも詰め込んだお手紙をしたため届けることにした。

 これにはまたすぐにていねいなお返事をちょうだいし、お待ちしていますとのお言葉に甘えてしばらくのちにヴァルター卿ともそちらで再会を果たすことになる。

 まあ……、そこで改めて「自分が甘かった。申し訳なかった。本当に感謝しています」と、どことなくしおれてしょげている老紳士から何度も謝罪とお礼を言われてしまい、恐らくアーダルベルト公爵の考察した通り新米貴婦人の不利にならぬよう世間体を考慮して慎重に耐えていたっぽい人に頭を下げさせたことに勢いとなりゆきでそうなった以上にはなにもない我々――主に私を心底あわてさせたりしたが、それはそれなのだ。忍びない。

 ただし、このヴァルター卿との再会はまだ少し先の話だ。

 それより前に、もっと迅速に。

 金ちゃん生ハム強奪事件、同日。

 アポなしでの訪問はほとんど不可能であるはずの、アーダルベルト公爵家にひょいひょいと「遠乗りのついでに!」みたいな感じの気軽さで颯爽と現れたのは僕らの武者姫その人である。どうして。

 お供のメンズや覇者馬をずらずら連れてどかどかと、若武者のような空気をかもす一国の姫がドヤ顔の愛馬を操って公爵家の玄関先へと乗り付けた。

 そして身軽に馬から下りて、「えぇー……」と遠い目をする公爵に「アーダルベルト! じゃまをする!」と軽く挨拶してから我々のほうを向いて言う。

「あれはダメだ! 貴族の品位も騎士の誇りもなにもない! ダメだ! 処分しよう!」

 多分だが、これは私が茨に巻いてテオのお兄さんたちにより王城へ運ばれ、ばちぼこに調査を受ける中年騎士のことだったようだ。

 あのあと、張り切って聴取に立ち会っていたらしい武者姫は、元気いっぱいに憤っていた。

「ダメだ! なにもかもダメだ! 私的な理由で部下を飛ばすのもダメだし、その留守中に押しかけて妻を愛人にしようとするのもダメだ! 確かに貴族には婚姻関係のほかに公然と恋人を持つ者もある! しかし権力を笠に着て強要はダメだ! あれはダメだ! 度しがたい! そうだろう?」

 武者姫はぷりぷり憤慨しながらに、それでいて凛々しく溌溂としていた。まだ若く、子供のように真っ直ぐな心がそうさせているのかも知れない。

 と同時に、姫本人は馬に乗ってやってきたのになぜか一番最後に馬車がいるなと思ったらそこから侍女や侍従がささっと出てきて乗馬で乱れた主人の髪や服を整えて、その背後でうろうろしている姫の愛馬が「もう終わり? もっと走ろ!」と言った感じで整えたばかりの姫に向かってぐいぐい鼻先を押し付け――ようとするのをお付きのメンズが全身で止め、代わりに髪や服を馬の歯並びのいい口ではみはみ毛づくろいされてぐっしゃぐしゃになっていた。

 もうなんか、情報量が多い。


 ――と、そう言うことがあってから数日後。

 我々はブルーメの隣国であるザイデシュラーフェンの、さらに隣のエーシュヴィッヘルと接する国境に位置する砦を訪れていた。

 空飛ぶ船でぱらりらと押し掛け、地上におり立つやいなやメガネが言った。

「きちゃった!」

 残る我々、私や真顔のレイニーや戸惑い気味のじゅげむもブイサインを作った片手を横向きに、自分の片目のそばへくっ付けて「きちゃった」と言うポーズをしておいた。付き合いである。

 その様にドン引いているのはブルーメの城から正式な辞令を届けるために、ここまで船で同行してきたテオのお兄さんの部下であり隠れ甘党のヴェルナーだ。テオもいるはいるのだが、引いていると言うよりもなにかをあきらめたような顔なので別枠とする。

 先日、姫が公爵家へとやってきたのは憤慨を発散するためだけではなかった。それも多分ちょっとある。

 けれども肝心の本題は茨に巻いて王城まで運んだ中年騎士を絶対処分すると言う決意と、その騎士が立場を利用して国外へ飛ばした部下のほうの騎士を早急に戻すと決まったことを教えにきてくれたのだ。

 あとなんか、これは私にもマジでなんでか解らないのだが、姫は公爵家はくる前にぱっからぱっから馬で王都を駆け抜けて、某新米貴婦人の家の前で馬を止めると「大変だったな! 臣下がすまぬ! なにか困ったことがあれば言うといい!」と大声で叫んで、新米貴婦人を戸惑うだけ戸惑わせ再び颯爽と走り去っていたらしい。

 本当に嵐のようだったと聞いてます、と後日、ヴァルター卿から教えてもらった。

 お陰で、あの家は王族が気に掛けているっぽいとそこら中に伝わって、新米貴婦人を困らせていた裏庭に謎の土偶や草がいつの間にか増える現象はとりあえずなくなりそうとのことだ。姫がどこまで考えていたかは知らないが、さす姫だった。パワー。

 まあそれで、王城からの辞令はすぐに出たのだがブルーメからザイデシュラーフェンは遠かった。それに、もうすぐ冬になる。

 ザイデシュラーフェンは雪深い国だ。特産品の絹製品も冬の間は生産に注力し、輸出は春を待つほどと聞く。

 そのため秋の間にどうにか辞令を届けられたとして、くだんの騎士を実際に国へ帰らせるのは冬が終わってからになりそうだ。

 ――と、言う感じになっているみたいなことを耳にして、俺、いい船持ってますけどと自分から言い出したのはメガネだった。

 それで間違いなく正式な辞令であると強調するため王城の騎士であり我々や空飛ぶ船について承知しているヴェルナーが使者に選ばれて、行きは船と見せ掛けてこれもヴェルナーご承知のドアのスキルで大幅に旅程を短縮し、砦の騎士はザイデシュラーフェンの要請でブルーメから派遣された格好なので一応そちらの王城に立ちより、諸般の事情で人員に変更ありと報告し砦へ向かい現在にいたる。

 そうして急に帰れることになったと知らされて、当事者であり別にベーア族でもないのにたたずまいがクマっぽいその騎士は、戸惑い、しかし引き継ぎも必要だしすぐには行けないと責任感を全開に遠慮して、砦で共にすごしてきた同僚や部下から新婚がなに言ってんだとわあわあ騒がれほとんど追い払うみたいに勢いよく送り出された。

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