57 買ってしまった
たもっちゃんが奴隷を買った。
「なぜなのか」
「いや、リコ。違うの。しょうがなかった。これはしょうがなかったやつ」
たもっちゃんは真顔で首を横に振ったが、説得力はなにもなかった。
大森林である。
正確には、王都から伸びる長い街道の終着点。大森林の間際の町に我々はいる。
その町は、雑多な活気でいっぱいだった。
暑い季節の生き生きと色濃い森を背景に、雨風がしのげればいいとばかりに愛想のない建物が建ち並ぶ。
せま苦しい町並みの折れ曲がった道は人であふれて、それは大半が冒険者に見えた。大森林の素材を求めて、これから行くか戻ってきたかのどちらかだろう。
彼らとは少し様子の違う旅人は、素材を買い付ける商人たちのようだった。何人もの護衛や荷物持ちを引き連れているのは、そこそこ裕福な店の主人なのかも知れない。
そんな活気ある町の様子を、私たちは外から見ていた。そして、すでに嫌になっていた。なんだこれはと。
町の中は人が多くてむさ苦しいし、かと言って外は大森林があるほかはろくな木陰もない原っぱだ。
とりあえず、あっつい。
いや、夏なのは知っていた。
休憩の時には馬車から下りて、夜は外で野宿もしたのだ。でもそう言う時には風の通る木陰など、涼しそうな場所を選んだ。
久しぶりに無防備に、思いっ切り浴びた直射日光は容赦なかった。日差しの中に立ってるだけで、頭のてっぺんがこげてきそうだ。
じーわじーわと夏の太陽にあぶられて、私はすっかりやる気をなくした。
完全に、これまでの移動中エアコン魔法につかり切っていたツケがきている。
元気なのはうちのメガネだけだった。
「森に入ればもうちょっと涼しいって! 多分! それより草あるよ! 草!」
めずらしいよ! 高く売れるよ!
そんなことを言いながら落ち着きなくきょろきょろする顔が、夏休みの子供のようだった。大森林! ゲームで見た! みたいな声が輝く顔面から聞こえてきそうだ。
それに対してレイニーと私は、町の手前の原っぱでじっとり無気力に溶けていた。
ドラゴン馬車の影に入ってしゃがみ込み、ささくれた心で手近な草をぷちぷちちぎる。
ノラはえらいなー。こんな炎天下に馬車を走らせて。えらいけど、もっと休ませなきゃいけなかったなー。
雑草を無益にちぎりつつ、反省を深める。
暑いから、ムリせず多めに休んでゆっくり行こうぜ。みたいなことは一応話した。
だが、彼女はあまりに実直だった。日差しの強い時間帯に長めの休憩を取るほかは、ひたすら馬車を爆走させた。
王都から大森林までの道のりは、謎馬車ならば二十日と少し。ドラゴン馬車は、それを九日ほどで走り切ってみせた。それも、回り道やより道をした上で。
あまりに速度的な差がありすぎて、ドラゴンも速いが謎馬車が遅すぎ疑惑が浮上した。
その爆速のドラゴン馬車は、ノラとドラゴンがあやつって走る。当たり前だが、そのことをもっと早くちゃんと考えるべきだった。
「ごめん。そうだよね。暑いよね。ごめん」
「わたくし、精進致します。屋外でも空気を冷やせる様に、魔法を極めます」
人間をディスりがちなうちの天使も、さすがに申し訳なさそうだ。
我々は客車でレイニーのエアコン魔法をガンガンに効かせてすごしたが、御者席は外だ。彼女と彼女のドラゴンは、移動の間ずっと厳しい日差しを浴びていたのだ。
しおしおと反省した私がミルクの中にハチミツを垂らし、しおしおと反省したレイニーの魔法で思い切り冷やしてノラに差し出す。
大きな帽子の僕っ子は平気ですと遠慮をしたが、この際本人の意思は関係なかった。熱中症は恐いんだぞと、ぐいぐいカップを押し付ける。今さらすぎると言う気はしてる。
ついでに覇者馬よりも一回り大きなピンクのドラゴンにも冷やしたミルクを与えていると、気付けばメガネがいなかった。
「どこ行った?」
「さぁ」
レイニーと二人、首をかしげる。するとミルクのカップを両手で大事に持ちながら、ノラが「あ」と小さく言った。
大きな帽子に見え隠れする視線を追うと、飛びはねるみたいに楽しげに、原っぱを駆ける背中があった。たもっちゃんである。
なにやってんだ、と思った途端にその姿を見失う。弾むようなメガネの背中は、あっと言う間に人ごみにまぎれて見えなくなった。
原っぱの向こうは、大森林の間際の町だ。
町は木や石、土や漆喰でこね上げたみたいな丈夫な建物でできていた。そしてその外周は、広場のようになっている。
なんのための場所なのか、最初は全く解らなかった。
原っぱとの境界には柵もなく、ほとんど町の外みたいな場所だ。だが、広場には意外と人の姿が多かった。たもっちゃんがまぎれてしまったのはそのせいだ。
広場には建物らしい建物はなく、掘っ立て小屋がちらほら見られるだけだった。
見た目は小屋と言うより屋台のようだが、それは小屋の前面に木の棒と布で簡単にひさしが作られているせいかも知れない。
レイニーとノラ、ノラに従うドラゴンがゴトゴト引っ張る馬車を連れその場所に近付く。
原っぱの端まできてやっと、そこがただの広場ではないと解った。
屋台みたいな小屋のそばには人がいる。布で作ったひさしの下でイスに腰掛け、日差しを避けているようだ。
その小屋の周りには、大きな箱がたくさんあった。それは私の胸の高さくらいの正方形で、鉄の格子や木でできていた。
上には布が掛けられて、足を止めた人々がそれをめくって中を見る。そのすき間から、ちらりと見えたのは土色に汚れた人間だった。
「まぁ。奴隷が一杯だこと」
レイニーの声は冷たかった。さながら、気に入らないふつつかな嫁を遠回しに責める良家の姑。顔に巻いた布から覗く青い瞳が、完全に侮蔑をにじませていた。
いやホント、矮小な人間どもが不快な思いをさせてしまって申し訳ない。
これはあれだわ。ダメなやつだわ。
あれでしょ。目の前に広がるこの光景は、現代地球人の感覚としては眉をひそめて人権を訴えなきゃいけないやつでしょ。知ってる。知識としては。
でも、私はそうできなかった。
誰になにをどう言えばいいのか解らなかったのもあるし、そう思い付く前に別のところに注意がそれてしまったのもある。
「奴隷をお探しで?」
「いや、探してないです」
「それは失礼を」
我々に声を掛けたのは、近くの掘っ立て小屋からわざわざ出てきた小太りの男だ。その問い掛けに否定で返すと、男はあっさりと謝罪した。しかしそれは、うわべだけのことだ。
「これから大森林へ? でしたらやはり、ご購入をお勧めしますね。女性ばかりのパーティなら特に」
たもっちゃんがいるから一応女ばかりではないのだが、この場に奴はいなかった。いたとして、役に立つかどうかは微妙だが。
奴隷入りの四角い檻は、広場からあふれるほどにいっぱいあった。男はそのいくつかを示して、この辺がお手頃ですかねと流れるようなトークで勧める。
探してねーっつってんだろと思ったが、相手はこれが仕事のようだ。奴隷商と言うやつだろう。そうか、それなら仕方ない。
って気持ちには、まあ別にならないが。
たもっちゃんがどこからともなく戻ってきたのは、私が押し売りに対抗すべく奴隷商に精神的苦痛を与えるなどしていた頃だ。
その時の私は「人を売って食うメシはうまいか?」とか言って、小太りの奴隷商とその辺にいた客をすごくドン引きさせていた。
たもっちゃんはそんな空気を一切読まず、我々を中心にドーナツみたいな変な空間ができたところにのこのこと顔を出したのである。
そして、戻ったメガネは一人ではなかった。
すでに奴隷を連れていた。それも九人。
いきなり九人。
「なぜなのか」
違う。聞いて。しょうがなかった。これはホント、しょうがなかった。
たもっちゃんはそう言って、期間限定イベントガチャで課金せざるを得なかったと語る時みたいな顔をした。
たもっちゃんが連れてきた人々を、改めてよく見る。
ずらずら並ぶ痩せた男女は汗や土、こびり付く垢じみた汚れで全体的にどす黒かった。首には不格好な鉄の首輪がはめられて、左右の足を太い鎖でつながれている。
奴隷である。それも、見た目からして自由と尊厳を踏みにじられたタイプの。
これを買ってしまったか。
「たもっちゃん、クズなのはしょうがないけどせめて隠せって私いっつも言ってるでしょ」
「いっつもは言われてないもん……俺、クズじゃないもん……」
はっきり言われて傷付いたようだ。
たもっちゃんはすねたみたいにぶつぶつ言って、落とした肩を奴隷たちに叩かれていた。
貴様が慰められてどうする。




