565 職業倫理の
こうして、草をむしりにきたはずが胸倉をつかまれ身動き取れなくなっていた私の――ではなく。
新米貴婦人にウザ絡みしていた中年騎士の悪事については、王城の騎士として職を同じくするテオのお兄さんやヴェルナーの、ある意味での身内ゆえ逆に容赦のない迅速かつ徹底的な追求により割と洗いざらいが白日のもとにさらされることとなる。
騎士は互いに背中を預けかばい合う側面ももちろんあるが、それだけに信頼を裏切り騎士の看板に泥を塗るような者はそれはもうボッコボコにするらしい。職業倫理の鬼である。
詳しい調査や裏取りはこれからにはなるのだが、まがりなりにも王城に籍を置く騎士が、身分と職権を振りかざし部下を僻地へ送った上にその妻を愛人にと迫ったこの件は思いのほか話が大きくなってしまったようだ。
まあそれも当然。大変助かる。
それでこの日は民間人たる私をつかまえ、今にも殴ろうとしている体勢で茨に巻かれて止まった男を荷物のように運び、服。服伸びちゃう。大事な格言Tシャツが伸びちゃう。と、つかまれた服を心配しあわわわ付いて行く私もろとも王城へと運ばれた。
同時に、新婚でありながら夫と引き離された貴婦人の切々とした証言をヴェルナーが書面としたものを、公的な告発としてアレクサンドルが提出。
その上で、冒険者ながらに戦闘力も魔力もほぼほぼ村人の私に対する暴力を視覚的に提示して、くだんの騎士の問題を象徴するものとして訴えた。
……いや、私もね。なんでだろうとは思ってたんですよ。お兄さんとかが、茨はほどかずにそのままにしとけって言うから。
それがまさかこんな。王城で、告発を聞いたえらい人からその辺を通り掛かった関係ない人まで入れ代わり立ち代わり見物にきて、こちらがその現場になりますと見せられるためとは思わないじゃないですか? なにこれ。
せめてもの救いは、今日のTシャツがレミに頼んで書いてもらった達筆の格言Tシャツの新作でちょっと自慢できるやつだったことくらいだ。見て。今日のシャツ。いいやつ。なんかありがたい言葉らしいです。
そうして私が胸倉をつかまれた格好で「なにあれ」みたいな注目を一身に浴び、人の多さに最初はそわそわしていたもののなんか段々慣れて飽きてきた辺りのことである。
めずらしいものが見れるとでも思ってか、それはなんだかふらふらと誘われるようにやってきた。
それでいて見物人の波にまぎれてこそこそと、または壁や柱の陰に隠れるようにしてカサコソ移動し少しずつ近付いてくるのは黒いローブの人影である。その黒い人影はほどほどの距離に近付いた所でそこにいるのが我々と解ると、「ファッ?」とたじろぎ背中を向けて急ぎ足でどこかへ消えた。
そしてぞろぞろ増殖したような、仲間の黒ローブを連れて戻った。
「茨だ」
「あの茨だ」
「巨大魔獣を固めたやつか」
「人も固まるのか……」
「永遠に? 永遠にこのままか?」
みなさんご存知、錬金術師の集団である。
彼らには以前、偶然茨で巻いた魔獣をそこそこの代価と引き換えにお譲りしたことがある。その茨と今回の茨が同じものであると見破って、研究者として十割の好奇心で集まってきたようだった。
「永遠にはこのままにしないですう……もうすぐほどきますう……多分」
黒くうごめく錬金術師の熱量に若干気圧されながらに答えたが、自分でそう言いながらホンマにせやろかとふと心配になる。
えっ、ほどくよね? このまま放置とかじゃないよね?
なんか不安を覚えてしまいそばに控えてお触りはご遠慮くださいと見物人の整理をしているヴェルナーを見ると、彼からは「その内」となにも確約しない返事があった。
完全に予定の見えないあいまいさだったが、好奇心に浮かされた錬金術師の集団にはそれすら追加の燃料になった。
「解くのか……見たいな」
「見たい」
「見る」
「いつだ?」
「待つぞ」
「長丁場だ。誰か携帯口糧を調達して……」
「錬金術師こう言う時だけ元気すぎない?」
めっちゃ待機に備えようとするじゃん。
すげー期待が重いからなんとなくプレッシャーですらある。
一応そんなおもしろいもんでもないぞと予防線を張るなどしたが、彼らに取っては未解明の事象を自分の目で観測するのが肝要らしい。期待が重い。
すごいじゃんパンダみたいじゃんなどと好き勝手言って、見世物状態の私からさり気なく距離を取ろうとしてたメガネをがっちり逃がさず巻き込んで、錬金術師の集団に先日じゅげむが渡した木の実は王城の安全を管理する謎の組織に取り上げられてカラッカラに処理されたものを戻されたみたいな話を聞いている間に、不祥事のあげく茨で巻かれた騎士の話題は順調に王城の中で巡り巡ってひったひたにしみ渡ったようだ。
これはテオの兄である、アレクサンドルの作戦でもあった。
貴族であり騎士の肩書きを持つ者の、理不尽な振る舞いをできるだけ多くの人間に目撃させればそのぶん話が早くなる。そんな計算あってのものらしい。
だから見物人が多いのも話が城の隅々にまで広がることも、望むところではあった。私はえっさほいさと運ばれて、目玉の展示物としてここに設置されただけなので望んでないし納得も全然してないが。
まあそれで、このよく解らない展示の話題が城内の隅々にまでしみ渡るとどうなるか。
ブルーメの首都、その都市の中心でもあるこの城に国家の主として住まう王族の耳にまで届き、結果として颯爽と武者姫が現れる。
お城における鍛錬場みたいな開けた場所に据え置かれ、いまだ見物人の絶えない私の前にばーんと現れ武者姫は言った。
「戦う術すら持たぬ民に手を上げるとは! ブルーメ騎士の名折れ! 恥を知るがよい!」
もうダメだ。収拾が付かない。
力を持たぬ民により添い、ガチギレてくれる姫は優しい。それに助かる。
貴き身分の王族がやわらかな心で、弱い立場を気に掛けてくれるのはなんだかそれだけで救われる気持ちすらしてしまう。
溌溂として若武者めいた、姫にはこう言うとこがある。憎めないし、そこにいるだけでぴかぴかと暗い影を吹き飛ばしてくれそうな気がするの。
ただその颯爽とした登場で、現場はしっちゃかめっちゃかになった。
「民をしいたげる者を騎士とは呼べない。処分しよう」
「姫。姫。落ち着いて」
「その処分てあれかい? 首と胴体がデュラハンみたいになっちゃうやつかい?」
姫は、城内だけではあるもののあちらこちらから次々集まる見物人を整理して正義は我にありとアピールしていたヴェルナーに命じ、事情をざっと説明させた。
そして力なき民により添うあまり、はちゃめちゃな封建ムーブで性急に判断をくだした。
打ち首? 打ち首を想定されてます?
姫。姫。真顔やめよ。真顔。
我々もこの件を絶対に許すつもりはないのだが、主に新米貴婦人への迷惑行為とか。
しかしこの武者姫の、ノリと勢いしか感じない権力の波動にはドン引きである。我々、こう見えて現代っ子なので。地球の。
そのため穏便にと言うか、できれば法にのっとって合法の範囲でボコボコにしましょとメガネと私は説得に回った。この世界の法律がどうなってるのかは知らない。
ぐだぐだながらに我々なりにちょっとがんばったこの件は、各所への根回しに駆け回っていたアレクサンドルが荒ぶる姫の登場をあとから知って戻った時に「お前達にそんな良心があったのか……」といたく感動するほどだった。感動ではなかったかも知れない。
けれども、性急で極端な側面はあったが、こうして姫が弱きにより添い心を砕きブチギレたお陰でこのあとの流れが決まった。
この異世界は封建的な構造をしている。
そして封建社会と言うものは、往々にして生まれや身分で重さが決まるものらしい。命や、罪に関しても。
全てがそうとは限らないかも知れないが、貴族の中には「平民に手を上げたとして、なんだ?」と、そもそもそれは罪ではないとゴリゴリの身分制度にどっぷりの意見もあると言う。
自分には不都合ないと思ってそんな寝言をしゃーしゃーと言えるような人間は私に全然関係ないところでなんかひどい目にあえばいいと思うが、まあそれはいい。いや、嘘。よくはない。なんらかの罪に定義されて欲しい。
とにかく、そんな風潮が根強い貴族社会の真ん中で、誠実な心根でガチギレの姫が「これはいけない」とはっきり示した。
このことで、利にさとく日和見な貴族たちの身の振りかたが決まった。
王の子であり次代の王座に最も近い姫の意向に追従し、非戦闘員である平民に手を上げた騎士は悪と言うことになったのだ。
封建的な理不尽をおもっくそ封建社会の権力でぶん殴った格好になるが、今は助かる。




