562 小銭を稼ぐ
その依頼を見付けたのはメガネだ。
王都にある大きな建物の、冒険者ギルドの窓口で自らの怠惰を急に打ち明けた我々。
このことにどことなく混乱しているような、同時になんか引いてるようなベテランめいた風格の女性職員がそれでもしっかり職務を果たし、この辺りはどうかと用意してくれた罰則用の依頼の中にそれはまぎれ込んでいた。
そして紙一枚の依頼書をなにげなく手にして、たもっちゃんが「リコ、これどう?」と見せてきたのだ。
内容は庭の草むしり。雑草が多く、ゴミもあるのでとにかく根こそぎ綺麗にしてもらえればいいと言うものだ。
清掃が目的のため造園などのスキルはいらず、なるほどこれなら私にもできるかも知れないと思わせる。
ただちょっと引っ掛かるのは、報酬が悪くないと言うことである。
「なんでこれ罰則用の依頼なの?」
依頼書によれば、草とゴミを片付けて報酬は銀貨三枚らしい。
微妙な違いはあるかとは思うが、銀貨は私の感覚で一枚一万円ほどだと考えている。
それが三枚。草をむしるだけでだ。
悪くない気がする。悪くないのに、罰則用の依頼に分類されている。なぜだ。
「庭がえげつなく広いとか? 集めるの大変なゴミがあるとか? くっそ重たいゴミとか? なんかないとこうはならんやろ」
「リコ、落ち着いて」
冒険者ギルド一階に設けられた窓口で、職員の待機するカウンターの向こうへずるりぬるりと体を乗り出し詰めよる私をメガネがステイと引きずり戻す。解るよ。止めるよね、これは。頭ではメガネの気持ちも解る。
でもお前。銀貨三枚やぞお前。
日々ちまちまと草をむしって小銭を稼ぐ私からすると、雑草をむしって銀貨三枚はあまりにも話がうますぎる。
たまには草が銀貨やワンチャン金貨になることもあるにはあるが、それは私がメガネにくっ付いて大森林で高い草をむしってこれたりした時だ。
それに大森林は誰でも行ける訳ではないので。そして行けたとしても無事に済むとは限らないので。
私だって知ってるんだからな。草で高い報酬を得るには、それなりのリスクがどうたらこうたらでうんたらかんたらと。
――と、言うような、最後の辺りでふわっとしてきた私の主張に、ギルド窓口の職員は困った顔を少し近付け小さくひそめた声で言う。
「ここだけの話ですが……」
「お、いいね。言って言ってどんどん言って」
秘められた真相を教えてくれるらしき職員の、小さな声を聞くためにこちらもカウンター越しに体をよせる。
と、声をひそめた言い難そうな空気に反し、口調は割ときっぱりとベテランふうのご婦人が告げる。
「こちら、貴族の邸宅になるのですが奥様が平民の出だそうで。気に入らないほかの貴族が庭師は元より雑用を請け負う冒険者にも手を回し、嫌がらせを」
「たもっちゃん、たもっちゃん。えぐい。この人なんか内緒っぽい空気でえぐい話ぶっ込んできた」
やだあ。と私が思わず助けを求めて振り返ってみると、思ったより至近距離にいた。どうやらメガネもカウンター越しに体をよせて、一緒に話を聞いていたようだ。
そして私のすぐ隣でひそひそと「解る。何となく思ってたよりえぐかった」と、たもっちゃんはたもっちゃんで引いていた。
まあ、それで。
私は結局、そのえぐい事情を秘めている草むしり案件を選んだ。
ややこしいことになっていて困ってんじゃないかなと察するものがないではないが、しかし引き受ける気になったのはならば助けてあげなきゃなどと意識の高い理由ではない。
先に気付いたメガネによると、依頼主が知り合いだったのだ。
それはキミ。ちょっと話が変わってくるやないかい。
たもっちゃんやテオと手分けして、それぞれ依頼をこなすためレイニーと私は二人だけで王都を移動。どうにか目的地へとたどり着く。道にはちょっと迷った。
目的の邸宅は焼しめたパンみたいに茶色く固い、レンガづくりの家だった。
大通りから少し離れた住宅街で、馬車がどうにか入るかどうかの通りに面して直接建物や玄関の扉が見えている。
庭の手入れを依頼に出すくらいだ。もっとどーんと大きな家かと思ったら、間口いっぱいが建物の割と普通の民家っぽかった。
二階建てのその家を見上げ、ここでまず、我々は困った。
「ねえ、ノックしていいの? いきなり? 怒られない? 先にお手紙出したりしなくていいのかな。貴族ってあれでしょ? そう言うローカルルールあるんでしょ? やだあ。冷たくあしらわれたらどうしよう。泣いちゃう。私、多分泣いちゃう」
「リコさん、落ち着いて下さい。挙動不審で兵を呼ばれますよ」
我々と言うか困っているのは私だが、見ず知らずの貴族のお宅に気おくれし扉を叩いてみるより先にふええと逃げ道を探してしまう。その怯懦さはレイニーが真っ当に指摘し、首を横に振るほどだ。それは困りますね。
「でもよく考えたら初めてのお家に自分からばーんと飛び込むのムリじゃない? コミュ力待ったなしの所業じゃない? マジで」
まあそれでも往生際悪く、まだうじうじ言ってレイニーに聞いてもらっていたのだが、その声が聞こえてしまっていたらしい。
玄関扉の目線の高さに小さく切った、格子の付いたひし形の窓――これが覗き窓であることを私はその小さな木戸が内側からかぱっと開かれて知ったが、そこにふっと影が差し、誰かがそこに現れたと解った。
そして扉越しに問う。
「当家に何か?」
「怪しい者じゃないんですう!」
私は、怪しい自覚を持っている人間にしか吐けないセリフをとっさに吐いた。怪しい自覚がありすぎたのだ。
それから、あわててギルドで発行してくれた依頼の受諾を証明する書類をなんか必死に小さなのぞき窓に押し付けた。なんとか読めるといいかなと思った。
よく考えたら一回ちゃんと説明し、それから普通に渡せばよかった。
リコさん、落ち着いて。と言うだけで特にはあわててないレイニーがマジで見守るだけの中、私の根拠のない熱意が伝わったのか、それかのぞき窓に押し付けた書類が奇跡的に読めたのか、ほどなく玄関の扉が開かれた。
出てきたのは五十前後の年頃の、小ざっぱりとした普段着の平民らしき男性だった。
その人はちょっとぐしゃっとなってしまったギルドの書類を改めて受け取り、確認しながら家の中へ声を掛け、玄関へ出てきたご婦人に「奥様にこれを」と指示を出す。
そのご婦人も五十前後の年頃で、二人は夫婦で住み込む使用人だそうだ。
ご婦人が我々の訪問を主人に知らせに行っている間に挨拶されて、挨拶を返し、この流れなら言えると「草むしりって聞いたんですけど、お庭どんな感じですかー」とか聞いて、端的に「酷い」と不安しかない返事を聞いているところへその人はきた。
「あっ、どうして。本当に? 本当にいる……どうして?」
あわてて見にきたと言った様子で姿を現したその人は、混乱と戸惑いをぼろぼろと切れ端の言葉として唇からこぼした。
身を包むのは上等な、けれども貴族としては少しラフにも思えるすんなりとしたドレス。
豊かな髪はやわらかに編んでまとめ上げ、メイクも薄く簡単に粉をはたいて紅を差した程度のようだ。
どこか今にも泣き出しそうな、しかし間違いなく笑顔を、胸いっぱいの感情で内側から破裂しそうと言うように浮かべる姿は、自ら発光するかのような輝きがあった。
「あなたたちがきてくださるなんて!」
「覚えててもらってたみたいでよかったですうー!」
なんかすげー歓迎してくれるじゃんと感じつつ、私としてはそこに一番ほっとしてしまった。ほら、こっちは知り合いのつもりでいても相手はどうか解らないから……ほら……。
その少々ラフな貴婦人はしかし、私のほの暗い心配をよそに全身から好意をあふれさせ、はちゃめちゃに接待してくれた。
親しみいっぱいにぎゅっとハグしてきたと思えば、はわわとどぎまぎしている私からさっと離れて手をつなぎ、自分の家の使用人夫婦に興奮気味の説明を始める。
「ね、前に話したわね? 旦那様のいる場所が、戦争になるかもってところを助けてくだすったのがこの人たちなのよ!」
本当に説明になっているのか怪しいが、その口ぶりから察するに予備知識があったのだろう。このざっくりとした紹介に使用人夫婦が「おやまあ!」と大げさにおどろいて、気が付けばリビングらしき部屋に通されあったかいお茶でもてなしを受けていた。
私もちょっと初めてのお宅で緊張していたこともあり、やだありがとうございますう。とか言ってよぼよぼお茶をいただいて、今日は遊びにきたんじゃなくて仕事だったと言うことを思い出すまでがっつり落ち着き結構長いことのんびりしてしまった。




