561 王城の方針
「私もね、頑張ったんだよ」
静かに、けれども強く主張するように、そう語るのは公爵家の居間のソファに腰掛けてテオから借りた自慢の毛皮で白い毛玉みたいなフェネさんをもっふもっふともみしだき、ストレスの軽減を試みているアーダルベルト公爵だ。
公爵はここのところ連日の勢いで王城に通い、色々な話し合いに参加してくれていたらしい。
それらの話に共通するものがあるなら、議題が我々ってことだろう。
公爵は宝石みたいな淡紅の瞳に思慮深い輝きを灯らせて、少し視線を伏せるようにしながらに両手でフェネさんを執拗になで回し言葉をつむぐ。
「王はね、君達に爵位を与えようと考えておいでだ。しかし、今回の反乱もまさに動機がそれだろう? 実際行動を起こしはしなくても、王が平民を重用し過ぎると考える貴族は一定数いる。このタイミングで爵位を与えては君達への反感も強く、潜在的な反乱分子を煽り過ぎる。……と、言う論調を作り出してね、君達の叙爵をない話にしておいた」
「助かりますぅ」
たもっちゃんはちょっと食い気味にお礼を言うし、私も完全に同じ気持ちでぶんぶんと首をタテに振る。
貴族ってなんかね。恐いですからね。あれでしょ? 社交界とかあるんでしょ? 社交。この言葉だけでも恐いですね。コミュ力がないと渡って行けない世界って感じがしますね。マジで。恐いね。
それを思うと貴族への成り上がりをない話にしてくれた公爵には心の底から感謝してしまうし、公爵も、「叙爵が決まってから何となく面倒で嫌だって理由で断る君達を想像したら、先に手を打っておくほうが何倍も気が楽だった」などと、どこか退廃的な、それか疲れすぎてもう嫌だけど逆になんか笑っちゃう。みたいなほほ笑みで言うので、お互いにうぃんうぃんと言うやつなのだろう。そうだね。違うような気もするね。
公爵の手の中で「つまあ、もうやだあ」と小さな声で弱音を吐くフェネさんをこね、公爵は「ただし」と言葉を継いだ。
「反乱の動機が貴族に取り立てられる平民への反感だ。そのために平民への褒美をなくすのも、王が反乱を恐れて折れた様に見えてしまう。そこで叙爵をなしとする代わりに、叙勲で落としどころとする事になった」
「じょくん」
「じょくん」
耳慣れない言葉に、とりあえず音だけくり返してみるメガネと私。
その様に、テオがなんだか不安げに、確かめるように顔を覗き込んで言う。
「タモツ、リコ。一応言うが、叙勲とは勲章を与えられると言う事で……」
「あっ、はい」
「はいはい、それね。あー、はいはい」
ちょっとそうかなとは思ってましたの空気を出して、たもっちゃんと私はうなずいた。
はいはい。勲章ね。勲章。知ってます。あくまでも知識としてだけは。
ただ自分の人生で、勲章をもらうことがあるなどと、つゆほども思わず。なにこれ。
公爵は白い毛玉をなでながら「爵位に比べれば、勲章ならまぁ。まだね」と、がんばって妥協を導き出した感を出している。
大貴族である公爵がそう言うのならそうなのかなみたいなうっすらとした雰囲気はあるものの、ほんまにせやろかと小市民たる私の本能が疑問を叫ぶ。
これ助かってる? 本当に? これはこれでややこしくない? と、たもっちゃんと私をじわじわパニックにおとしいれながら、この件はなんかそう言うことに落ち着いた。落ち着きとは?
王城の方針か決定したことで、これからの我々がどうなるか。
とりあえず目先の話をすると、晴れて自由の身となった。
別に収監されていた訳ではないのだが、実際に勲章をもらうのは少し先になると言う。
さすがにそれまで我々を軟禁するのはムリがあるとの判断で、アーダルベルト公爵から言い渡されていた外出禁止令が解除となったのだ。
公爵的にはできれば軟禁したかったとか言ってた。
そのことを踏まえ、公爵家の裏にある鍛錬場に勝手に出してキャンプ地とした持ち運び式エルフの古民家で、じゅげむや金ちゃんやフェネさんが寝静まった夜。囲炉裏端に大人を集めてメガネが言った。
「では第一回、公爵さんからの拘束解けて自由になったけど別に急ぎの用事はなくて逆に自由を持て余してる件についての緊急会議を始めたいと思います!」
「たもっちゃん、会議って付ければなんでもそれっぽくなるってもんでもないからな」
「とりあえずさー、やっぱそろそろ仕事しないとやべぇかなとは思っててー」
「たもっちゃん、シカトはよくない。たもっちゃん」
会話はキャッチボールよと。
自分もそんなに得意ではない人とのコミュニケーションについて、私がやいやい言っている横から会話に参加してくるのはテオだ。
「賛成だ。おれも、そろそろ自分が冒険者だと忘れそうになっててな……」
ただし、賛同するのは仕事についてのことだった。食い付いても特に広がりのない我々の、雑談をスルーすると言う技を常識人は身に着けているのだ。
雑なメガネと雑な私の雑なところを横に置き、テオは本当によくないとちょっと深刻そうに首を振る。
「おれも同調してしまった。だから責める意図はない。それは解ってくれ。その上で、やはり考えなくてはならないと思う」
「テオ……テオ、そんな深刻な空気で……」
「なにを? なにを考えるの? 私ちょっと恐いんですけど」
お手やわらかにお願いしますと我知らず、のけ反るように体を引き気味のメガネと私にテオは言う。
「罰則ノルマについてだ。ギルドが通知を止めていた期間は、あちらも諦めているだろう。だが、夏、エルフの里に雲隠れしていた間のものは、やはり贖って然るべきだと思う」
「あっ……」
「あっ、はい……」
それかあ。
たもっちゃんと私はのけ反った体を静かに戻し、むしろちょっと背中を丸めてテオのド正論に「なるほどね」とうなずく。
同時に、会議には別に参加してないものの囲炉裏のそばに一応いたレイニーも「それは、まぁ。確かに」と、夜食として配布されている栗の入ったおしるこを食べる手を止めて、どことなく神妙な顔はした。
冒険者は自由裁量ではあるものの、ギルドに所属しているからには最初から、そして継続的にギルドから提示されている最低限の義務は守る必要がある。ような気がする。
だから先方都合で通知のなかった期間はともかく……いや、ともかくって言うか。それも我々がもうちょっと、ノルマのことに気を付けてればそもそも問題にはなり得なかった。
しかし通常そうである通り、ギルドに顔を出した時にでもその都度ノルマぶっちぎってるよの通知があれば、少なくとも多重的な負債はかかえずに済んだのではないか。そんな思いも捨て切れずにいる。
人にはあるのだ。都合のいいように信じたい心が。
こうして、納得と説得力しかないテオの、常識と良識に裏打ちされた反省にマジでそれとしか言えなくなった我々はあんまり大きな声では言いたくないがなんとなく譲りたくない心の機微をすり合わせ、あくまでもギルド都合で通知のなかった期間はともかく。
ふてくされ自主的にお休みしていた約一ヶ月。この間にためてしまった罰則ノルマはまた話が違うので、ここは正直に誤りを認め、ギルドで罰則用の依頼からいくつか選んでこなして行こうと言う話でまとまった。
異世界の秋深まる一ノ月。
我々は冒険者ギルドで諸事情あって報酬が渋く、なかなか受け手がいないことから罰則用とされた依頼をいくつか厳選し、王都の中でそれぞれ手分けしてこなすこととした。
一人で? え? 一人で行動するつもり? と、公爵からはらはら心配されてもヘーキヘーキで押し切るメガネに、自分の依頼をなるべく早く片付けてメガネに合流しようと決意するテオ。
あとなんか、私だけは本当に一人は勘弁してくれと我らが保護者会、公爵とテオに説得されてレイニーと二人で行動と言うことになった。なんでや。
じゅげむに金ちゃんを、金ちゃんにじゅげむを任せる形でアーダルベルト公爵の屋敷で留守番してもらったが、フェネさんだけはテオにひしと張り付いてどうしてもはがれず連れて行ってもらうことに成功していた。
いてもいなくても変わんないんだよなとの印象しかないレイニーと共に、よく考えたら自力で移動したことのないような気がする王都の道を役に立たないはずだったレイニーに「リコさん、あちらでは?」とナビされて、どうにか目的地へたどり着くことができた。
どうしても釈然としない自分の無力さに、押しつぶされそうな所感はあるが助かった。
そうして、自分に振り分けられた依頼をこなすため、訪れたのは一軒の邸宅である。




