559 続きの始まり
大森林での冒険に胸いっぱいの期待をふくらませていた武者姫が、実はあやういところだったと知ったのはすでに帰ってきてからだ。
反乱分子の手の者が待ち構えていたと言う大森林内部の休息地にはそもそも立ちよってすらおらず、帰りの転移魔法陣でも魔法使いに変装し足止めしようとしていたらしいのを急いでっからとわあわあ言って押し通ったので……。
不思議だね。これ、反乱も罠も知らない段階だから、ただただ相手の話聞いてないだけなんだぜ。
さすがにちょっと思っちゃいますね。我々、大人としてどうかなと。
でも、よく考えたら反乱分子がすでに転移魔法陣を制圧していたのなら、わざわざ魔法使いに変装してなくてもよかったような気がする。
我々には気の短いレイニーがいたのでゴリ押しで、魔法陣の内側から転移を発動させることができた。だが転移魔法陣は本来、外から魔力を送り込まねば起動しないはずなので。
王都から離れた土地で転移魔法陣を押さえられてしまったら、孤立状態の姫たちにはどうしようもなかったって気がする。
なんでなのかなあと思っていたら、後日、なにかの話をしていたついでにテオが戦略だろうと教えてくれた。
「大森林で姫様の狩りを見ただろう? 姫様は武芸に秀でておられるし、周りの者も腕が立つ。油断させ、完全に包囲してから抑え込もうとしたんじゃないか」
それは恐らく有効だったし、我々は実際なにも疑わず魔法使いに囲まれた転移魔法陣にほいほいと乗ってしまっている。もはや、なるほどねの一言しかない。
だからまあ、とにかく。
主に夕飯の時間が遅れるのを危惧したレイニーが力業で転移魔法陣を起動して、我々はわあわあ帰ってきただけだ。
なので別に姫を守ろうとした訳ではなくて、たまたま無事だっただけなんす。
と、我々は正直に申告し、公爵を「えぇ……」と困惑させて、まるで助けを求めるみたいにその淡紅の瞳を向けられたテオが「えぇ……」と歯切れ悪く肯定し、またさらに公爵を「えぇ……」と困惑の渦に落とし込むなどした。
ええー……と消え入る呟きのような、なんとも言えない雰囲気でいっぱいになった豪華な居間で、まあ、なんか。うん。思った感じと違ったなあ、と。
公爵は全身でソファにもたれたままで一度天井をぼんやり見上げ、しばらくしてからそっと顔を戻しつつあんまりどこにも焦点の合ってなさそうな、宝石めいた淡紅の瞳をあちらこちらにさ迷わせるみたいにして言った。
「今日はもう遅いし、休もうか……」
なんかもう、考えるのが嫌になっちゃったんだろうな。
瞬間的に私はそんな直感を覚えたが、正しいかどうかは解らない。
でも睡眠は大事だし、年を重ねるとムリはなんかよくないと聞く。
それに現実を拒否し始めた公爵にどうやら心底の同情をよせているテオも、眠くなってしまったじゅげむとフェネさんを両腕にぐんにゃり抱きかかえソファに座った状態で、さらにはお腹いっぱいでまったりくつろぐ金ちゃんになぜかのっしりと枕代わりとでも言うように全身でより掛かられている。
信頼が重いと物理的にも重くなるのか。小さき命と大いなる筋肉に頼られて、テオは大変そうだった。
そのこともあり今日はもう解散と言うことに異議は出ず、有能なる公爵家の使用人たちがささっと整えてくれた客室でお泊りさせてもらった。
明けて翌日。
だからと言って別になにもなかったことになってはいない、昨日の続きの始まりである。
朝早くからお城に出掛けていた公爵が、一体なにを話し合ってきたのか帰るなり「もう逆に一生懸命姫を守ったって事にしない?」と提案してきたり、我々の嘘はすぐバレるからダメだとメガネと私がそれぞれ断ったり、でも姫本人も素早く無事に帰ってこれたのは我々のお陰だと言っているとかで、ならば褒美を出さねばならないし褒美を出すなら出すで話をすり合わせておかねばならないし、どうせだったら今後を考えてこの機に爵位でももらっておいてはどうかと色々な事情を全部まぜた話を切々とされたりした。
「爵位かあ。もらったら、メガネ男爵とか呼ばれちゃうのかなあ」
夏の間にせっせと干してお茶とした草を、公爵家の優雅なテラスで携帯型の燃料コンロで煮詰めながらに私は貴族になったメガネを思い浮かべて呟いた。
なかなか味わいがあるかも知れない。じわじわとした方向に。
その、半笑いのような気持ちが伝わったのだろう。
すぐそこでテラスに置かれたベンチに腰掛け、アイテムボックスに入れとけば劣化せず手入れの必要もないはずなのに、エルフの民芸品をわざわざ取り出しムダに磨くメガネが顔をしかめて言い返す。
「それを言ったらリコだって草刈り男爵とか呼ばれちゃうんだからね」
自分だけ逃げ切ろうったってそうは行かねえんだからなと、栄誉への道連れを作らんとするメガネに私はしかし首をかしげた。
「いや。でもさ、たもっちゃん。我々別世帯じゃない? 両方が貴族になるってことはなくない? ここはやっぱメガネだよ。たもっちゃんが貴族になってさ、めんどくせえことを一身に背負うなどしてもらってさ……」
「リコ、隠して。本心。もうちょっと隠して」
「……ねぇ、気が進まないのは解ったから……。貴族が面倒って話を私の前でするのは控えようか……?」
さすがにリアクションに困るから……、と麗しい顔面を言葉通りに困らせて、美術品めいて繊細なティーカップを手に持って遠くを見るのはアーダルベルト公爵だ。
さっきからなんか、ずっといる。
ここは公爵の家なのでいても当然ではあるのだが、貴族のティータイムにも耐え得る優雅さのイスとセットのテーブルでゆったり体を休めつつ、お屋敷のテラスを占拠したメガネや私が色々作業する姿を眺めているのだ。
ただし公爵のそばにはそろいのイスに座らせてもらい、お茶やおやつをいただいているじゅげむがいるのでもしかすると我々を眺めにきたのではなくじゅげむとお茶をしにきている可能性もある。むしろそちらのほうが高いかも知れない。
今はメガネにも私にも手伝ってもらうお仕事がないので、じゅげむは休養中なのだ。あと多分呼ばれてないのにレイニーもしっかり同席し、公爵家のメイドに給仕されお茶をいただいていた。
公爵とその周りだけ、有閑きわまれりと言ったおもむきである。もしかすると世界線が違うのかも知れない。
そんなことを考えながらに小市民代表としてせっせと草を煮ていると、ふと。
なんだか騒がしいなと公爵家の広い庭へと視線を移せば金ちゃんがお庭を飾る薄着のご婦人をかたどった美術的な石像をがぼっと土台から引っくり返し、その下に隠れた地を這う虫をわしっと集めようとして、あわてたテオと公爵家の執事ががっぷり組み付き止めようとするところだった。待って。
「つま、つま。我も? 我もまざる?」
フェネさんが小さな体で跳ねるように駆け回り、金ちゃんにしがみ付き奮闘するテオを心配するような、それでいてちょっとわくわくしてるみたいに声を弾ませる。
その跳ね回る白く小さな毛玉を蹴飛ばさないようあわわわと、金ちゃん。金ちゃん落ち着いて。お庭壊すのマジやめてと、遅れて駆け付けたメガネと私もわあわあ言ってむきむきと荒ぶる金ちゃんにどすこいとぶつかりしがみ付いてなだめた。我ながら、貫禄ある横綱にぶつかり稽古する新弟子みたいだった。
武者姫の冒険を流れで引率した件や、そんなこととは知らないままに反乱分子の魔の手をすり抜け無事に連れて戻った手柄に対してなにか褒美があるはずと、王城から沙汰があるまで王都にいてねと公爵から言われている我々はこうして、おとなしく、それなのに謎にわあわあと数日をすごした。
そうする内に、王城に先んじて連絡をよこしてきたのは冒険者ギルドだ。
連絡と言うか、彼らはまずお伺いのおたよりを出し了承の返事と都合のいい日程を受け取って、その約束の日にちと時間に早すぎもせず遅れもせずにきっちりと訪れた。
まるで貴族への面会を取り付けるかのような手順だが、我々へのアポでありながら対応はほぼほぼ実際に貴族である公爵がしてくれた。なぜなら我々が滞在してるのが公爵家なので。来客の許可は家主が出すのだ。
多分だが、我々の滞在先が王家に次ぐ大貴族的なポジションの公爵家であるために冒険者ギルドも割と困っているような気がする。
我々がギルドに行ってもよかったのだが、そしてそのほうが話が早かった気がするのだが、家主である公爵が「君達はね、おとなしくしてなさい」と言って我々を放さなかったのだ。愛である。今ちょっとご褒美と言う名の王様からの沙汰待ちで、立て込んでるからこれ以上ややこしい話をぶっ込んでくれるな。と言う、強い意志を感じる。
我々そんなちょっと出歩いただけでトラブル拾ってきたりしないですう。などと一応の反論はしたものの、正直自信とかはない。




