555 いんせき
大森林のキャンプ地を離れた我々は、たもっちゃんの空飛ぶ船をレイニー先生に魔法で隠匿してもらい、大森林と外界の境界近くに移動した。
そこから徒歩で森を踏み分け間際の町へと一日ぶりに戻ってみると、冒険者ギルドの職員が常駐している出入り口近く。
特にはなにもない場所に、イスと酒を持ちよってわいわいと酒盛りついでにドワーフが集団で待ち構えていた。
熱い炉にあぶられ、汗と酒にまみれた小柄ながらにむきむきとしたおっさんたちが姫を見付けてわらわら囲む。そうして轟くような大声で、口々に問うのは剣はどうだ盾はどうだ役に立ったかと大森林に入る前、彼らが預けた武器の使用感である。
そのために待っていた、と見せ掛けてただ酒を飲んでいたようにしか見えないが、一言おかえりとかあってもいいのよ。
勢いのすごいおっさんたちに、姫もまた「すごかった!」「よかった!」「よい仕事だ!」と勢いしかない絶賛を返し、その内に各種ギルドのえらい人たちが駆け付ける。
大森林の間際の町でそれなりの地位にある人々は、自分の国の王族を危険の多い大森林へ送り出してから生きた心地がしてなかったのかも知れない。武者姫の無事の戻りを確認し、呼吸の仕方を今思い出したと言った様子でめちゃくちゃ長い息を吐いていた。
ほっと胸をなで下ろすとは、きっとああ言うことなのだろう。
この時点で辺りはすでに夕暮れである。
魔法の馬車がカボチャに戻ってしまう訳ではないが、姫はどうやら今日中に城まで戻らなくてはならないらしい。ミオドラグのラーメンがチラッと頭をよぎったが、今回はそれどころではないのだ。
挨拶もそこそこに間際の町をあとにして、帰りの移動に手配した簡素な馬車では間に合わないと隠匿魔法で強めに包んだ船で飛び、大森林に一番近い転移魔法陣のある場所へ。
魔法陣を起動するため待っていたと思われる魔法使いらしき集団がなんかわあわあ言ってたが、我々は王都を守る防壁の門が閉められる前に姫を帰すと言う使命があった。
よそのお嬢様を予定通りの一泊はともかく、もっと早く送り届けるべきものを遅くまで連れ回した引責を恐れるあまり我々は、ほぼほぼパニック状態で「うるせえ! 通せ!」と暴言を吐きつつ魔法陣の上に乗り、まだなんか言ってて全然魔力を練ってくれない魔法使いの集団に早く帰って夕飯にしたいレイニーが切れ、勝手に魔法陣を起動した。
本来であれば転移させる側の外側で魔法使いが魔法陣に魔力を込めなければならないとのことだが、夕食の時間を守らんとするキレやすい天使の前に矮小なるニンゲンの道理など無意味なのだ。
そうして無事に強引に王都近くの魔法陣へと転移して、すっかり日の暮れた暗い中、昨日大森林へ行く前に姫らが預けた愛馬を引き取り船に乗せ、ぱらりらと魔法で光らせると同時に隠匿魔法で包んだ上で急げ急げと王都を目指す。
そもそも防壁のない小さな町や村は別にして、大体の大規模な都市は日暮れと共に門扉を閉ざす。これは治安維持のためであり、昼より警備の難しい夜に魔獣の襲撃を避けるためもあると言う。
だから一度閉ざした防壁の門は滅多なことでは朝まで開くことがなく、そして我々はこの閉門に間に合わなかった。
「あぁ~」
「ああ~引責~」
姫、門限間に合わず。
馬や人を船からおろし、王都を守る大きな石材を積み上げたぶ厚い壁とぴしりと閉じた立派な門をなす術もなくただただ見上げるメガネと私の口からは、思わずうめくような声が出た。
暗いのではぐれないように、しっかり金ちゃんにしがみ付いたじゅげむが「いんせき?」と、あどけなくまねて呟き首をかしげる。意味はともかく別に悪い言葉ではないのだが、今は我々の失態に直結してていたたまれないのでできればすぐに忘れて欲しい。
大森林で最後の最後にわっちゃわちゃの混乱を生み出して「もう野生動物を軽率に拾ったりしません」と書かれた札を首から吊るしてお仕置き中のフェネさんを、しっかり小脇にかかえたテオが苦々しげに眉をぎゅっとぐねらせる。
「どうする。姫だぞ。王都とは言え、防壁の外で野宿は……」
この心配は常識人でなくとも解る。
だって姫は姫なのだしと、たもっちゃんと私もぼそぼそとした同意を示す。
「キャンプとは違うもんねぇ……」
「シチュエーションって大事だよね……」
なんかここで朝を待ってると、新作ゲームの発売をガチで待ってる徹夜組みたいだもんな。
でも最近の子はソシャゲとかダウンロード版とかだから、ソフトの発売日にわくわくしながら並ぶなんてことはないのかも知れない。文明の進歩によって、徹夜組は一掃されたのだ。新しいスマホやゲーム機が出る時は例外とする。
まあそれはともかくとして。
王族、王都のすぐ外で野宿ダメ。
我々にすらさすがにまずさが身に染みるこの危機に、たもっちゃんと私はこうなったらしょうがねえから閉じた門をガンガン叩き門番的な人に泣き付いてどうにか開けてもらおうぜなどと相談し、武者姫のお付きのメンズや騎士に「待て。開く。姫がいると言えば開く。落ち着け」と、やんわり肩をつかまれ取り押さえられるなどした。そうか。開くか。
肝心の武者姫自体は野宿の響きに無頼なものを感じるらしく「やぶさかではない」みたいな顔でやたらとキリッとしていたのだが、お付きのメンズや騎士たちが姫の期待がこれ以上ふくらんでしまう前にと迅速にてきぱき話をまとめてドンドコ強めに王都の門を叩いた。
不思議だ。我々も似たようなことをしようとしてたはずなのに、人がごりごりにルールを無視して迷惑行為をしていると引く。今は高貴なる姫がいるので正当な理由があるってゆーか、迷惑行為とは違うような気もする。
そうして使命感と危機感と責任感が国家権力の服を着たみたいな、姫を取り巻くお供のメンズらの活躍により夜間には開かぬはずの王都の門は開かれた。
――と、私は思っていたのだがこれは正しい認識ではなかったらしい。
その辺の、詳しいところを我々に知らされたのは少しのちのことである。
まず、武者姫の供が門番に開門を求めて実際に門扉が開かれるまで、少し時間が必要だった。
まあ、ムリ言ってるのこっちだし。あちらも、上司に相談とかあるだろう。色々。
我々はそんな気持ちでのんびりと門番からの返事を待つが、しばらく経って王都のぶ厚い防壁の重たい門扉が開いたと思えばそこにいたのはピリピリとものすごい顔をした王城の騎士や兵たちだった。
「ええ……」
困惑に、思わず口から声が出る。
そんなに? なんかそんな、見るからにむんむんとガチギレの感じで?
遅れたからかい? 姫の帰りが、遅くなったからなのかい?
たもっちゃんや私やじゅげむや空気をよく読むテオなどは、騎士や兵のただならぬ様子に訳が解らず身構えた。ふええ。
そうする間にこのいかつい一団は「とにかく、こちらへ」と姫やメンズや我々を素早く門の中へ入れ、待たせた馬車に押し込むとかなりの速度で走らせた。
次に馬車が止められたのは、王の居城でのことである。
このお城にはこれまでも何度か呼ばれたり、うっかり押し掛けてしまったこともあった。
けれどもこんな、ピリピリとものものしい雰囲気は初めてだ。
いつもと違うお城の中を夜の暗さを振り払ういくつもの魔石のランプとそれを持つ侍従や騎士に先導されて、姫だけでなく我々までもが「さあお早く」と急き立てられて奥まった部屋へと案内された。
そうしてたどり着いた一室で、きっと、戸惑ってはいるもののいつも通りの姫の姿を見たからだろう。
明らかにほっとしたと言うように、声を掛けるのはその父でありブルーメの王である人だ。
「無事か」
この一言に、どれだけの重さがあったのか我々はすぐに知ることになる。
王様は、ふんわり輝く象牙色の髪の毛と同じく輝く口ヒゲをどことはなしにしんなりさせて濃紅の瞳を細めながらに伏せて言う。
「反乱があった」
「やだぁ」
反射的に素直な声を上げたのはメガネだ。
不敬である。えらい人の話をさえぎると、えらい人の周りの人がキレるのだ。
しかし私も似たような気持ちではあったので、たもっちゃんが私がなにか口走るより一瞬早く犠牲になってくれたことは忘れない。
だが、王様は「そうだな。嫌だ」と意外にもメガネの不敬をやわらかに許した。ホンマそれ、と言わんばかりにうなずいてすらいる。
反乱である。おだやかではない。
王の喉元に剣の先を突き付けるような、その事件が表面化したのは今日の日暮れのことだったそうだ。




