552 冒険の季節
自分たちのいない間になんだか色々心配してくれて、全体的にげっそりしている公爵にせめて栄養付けてくれよなと大森林でつい先日捕まえてきたうなぎ的なおいしいやつを差し出した我々。
元気を出すにはまずカロリーかと思った。
この行動はなけなしの良心と善意からではあるのだが、そのせいで勘のよすぎる公爵に「やっぱりエルフの里に行ってたでしょ……」とすぐさまバレて、改めて美しき貴人の悲しみと嘆きを深めてしまうことになる。
どうすれば正解だったのか、私にはもう解らない。
公爵をね、泣かせたい訳では全然ないの。
ただなんか、うっかりそう言う流れになっちゃうだけで。
軽率に立ちよる実家のような公爵家。
長期休みに訪れる親の田舎みたいなエルフの里。
どちらも違ってみんなよいのでと必死にフォローしたものの、あれってなんか浮気の言い訳みたいだったな。と、あとからぼんやり思ってじわじわとしている。
そんなこんなで我々は、大きさはうなぎ的でありながらビジュアルが土の中でうごめき暮らす細長い生物に似すぎててひんひん泣いて下処理するメガネと、それを見かねて手を貸してくれた公爵家のシェフにより繊細にふっくら焼かれた異世界ウナギをみんなでわいわいいただくなどし、年内最後の渡ノ月を溶かした。
そして明けて一ノ月。
異世界では秋。冒険の季節だ。
時は夕暮れ。
場所は森。
大森林の中にある少し開けた原っぱで、姫や姫のお付きのメンズ、王城の騎士が警備と準備の二手に分かれてわあわあ言って忙しそうに駆け回る。
ただし彼らが手に手に持ってあちらこちらへ運んでいるのは適度に切って鍋に放り込んだ食材や、串に刺した肉などだ。
あまりにも炊き出し。
あまりにも見慣れた宴会の準備。
「冒険て、なんだっけ?」
ついそんな、素朴な疑問が私の口からぽろっと出たのも仕方のないことだったと思う。
冒険を夢見る武闘派の姫の張り切った望みで、万全の警備とお世話係で構成された集団が王都から秋の大森林へとやってきたのは数時間前のことである。
やはり姫は姫なので、リスクとタイトなスケジュールを管理するために王都近郊に敷設された転移魔法陣を使い、大森林近くまで飛んできた。
今回は文系の錬金術師と彼らが持参した使うのか使わないのかも解らない大きな荷物がなかったことと、移動用の馬車が用意されていたので転移先の魔法陣から大森林の間際の町へ到着したのは思ったより早い時間のことだ。
この移動の馬車はまあまあ簡素で結構ガタゴトしていたのだが、ふええ、おしりの感覚がどっか行っちゃったよう。と、地味なダメージの蓄積に泣きながら馬車から下りた私をよそに、誰より貴人でありながら誰より元気いっぱいだったのは姫だ。さすが武芸に秀でた雰囲気すごい姫である。本当に秀でているのかは知らない。
尻にダメージを受けた私のことはじゅげむが心配してくれるほかには捨て置かれ、姫を始めとした王都からの客たちは大森林の間際の町の入り口辺りでずらりと並ぶ冒険者ギルド関係者や町の人々に「世話になる!」と溌溂とした勢いのある声を掛けていた。コミュ力である。
今回は先に連絡が行っていたらしく、服の下にチラリと見えるビキニアーマーがチャームポイントのギルド長もさすがに、「王族はダメでしょうが」とは言わず神妙な面持ちで頭を下げて礼を取る。
王族相手と言うものは、やはりどうしてもプレッシャーがあるのだろうか。
ギルド長を含めた出迎える側の平民たちは姫がなんか言うたびに「アッ……アッ……ハイ……」などと、圧倒的光属性に焼かれる日陰の生物みたいになっていた。かわいそう。
でもほら。冒険者ギルドの関係者と言うのも、我々から見ると光の住人と思えなくもないから。筋肉の辺りとか。
どうにか耐えてがんばって欲しいと声にも態度にも特には出さず、心の中で思っているだけのなんの役にも立たない我々にただ見守られながらにややぎこちなく、町の人々は貴き姫らに歓迎を示した。
姫もまた「うむ! 感謝する!」と言い、ピカッ輝く閃光めいた真っ直ぐな謝意を返して回る。
そして、ふと。
溌溂とした表情に気遣わしさをいくらかまぜて、姫は「ドラゴンの素材でトラブルなどにはなっていないか?」と問い掛けた。
武者姫ご一行と我々が、前回間際の町へきた時になぜか巨大ペレットの状態で手に入れ、町の住人や居合わせた旅人にもばらまくことになったドラゴンさんの素材について、町の治安に影響はないかと姫は気にしていたらしい。
貴人の細やかな気遣いに。
国を治めし王族が、数え切れないほどもいる民のほんの一粒みたいな自分たちのために心を砕いていたと言うことに。
その場に居合わせた住民は、ほぼほぼてきめんに顔面をきゅるるんとときめかせていた。
わかる。
あれはもうなんか、はわわわってなる。
実際のところ、どんなに小さな素材でも高額な素材として取り引きされる高位種ドラゴンの希少な素材が小さな町のそこら中に死蔵されていることで、トラブルと治安悪化の要因になった事案はちらほらなくはないらしい。
だが町の人々は、これを「なんにもないですう!」と言い切りなかったことにした。隠蔽である。
冒険者ギルドが中心となり、素材を巡っての盗み、脅迫などのトラブルの元をぼっこぼこに摘発済みであることと、そもそも姫に事実を言っても言わんでも別に結果には影響がない、と言うことが彼らをこの行動に走らせたようだ。
事前にときめかせるなどの攻略条件はあるものの、彼らはきっと王様がパンイチでパレードしてもその真実を墓場まで持って行ってくれるに違いない。頼れる。
どうやら町で姫を出迎えたのは冒険者ギルドだけではなかったらしく、商人ギルドや職人ギルドの代表からも次々に歓迎の挨拶がなされた。
これにも姫は慣れた様子で鷹揚に、ぴかりぴかりと輝くようにそつなく返す。その姿にはなんとなく、ファンの声援に残らず答える律儀なスター選手みたいな貫禄があった。多分プロレスとかだろう。似合う。
こうしてえらい人たちの形式的なやり取りが一通り終わると、なんだかずっとそわそわしていたドワーフたちが姫に見せようとドラゴンの素材を使った剣や盾を持ちよって自慢し、姫もその一つ一つに目を輝かせ「すごい!」「いいな!」を連発し鍛冶屋のおっさんを「そうだろう!」「見る目がある!」と調子に乗せて転がしていた。
流れとしてはキャバクラなのに、姫の若武者感がそうさせるのかめちゃくちゃ健全で安心である。いや、話題の中心が武器なので本当に健全なのかは怪しいが。
それらの剣や盾のいくつかは姫の役に立つならとドワーフたちからお付きのメンズに託されて、豊かな実りをもたらしはするが危険でもある大森林で姫の安全を守って欲しいと願うと同時に帰りには使用感を教えてくれなとちゃっかりフィードバックを求めようとしていた。職人、ちょっとそう言うとこある。
職人としての下心が若干チラ見えしているものの、基本的には姫のためにと捧げられたその武器は希少なドラゴンの素材を使い鍛冶に長けたドワーフが鍛えた逸品である。
若武者の空気感あふれる姫のため、周囲を守るメンズによって大切に運ばれたそれらの希少な武器は今、大森林の割と奥地でひっそりとテーブルに立て掛けられていた。
この、どことなくただよう悲しみよ……。
思わず私も切なくなって、そのそばにより添いそっと語り掛けてしまう。
「大丈夫だからね。今はちょっと忙しいだけ。最初にね、最初にドラゴンさんに素材のお礼してから冒険しようってことになってね。だからね。忘れてる訳じゃないのよ」
冒険するために大森林にきたのにこの放置。
その気持ちはいかばかりかとさめざめ泣くようでいて、全然涙は出てない私にメガネが近くを通りすがりにドライに告げる。
「リコ、無機物に話し掛ける体裁でサボってないで手伝って」
はい。
我々がいるのは森に開けた原っぱだった。
張り切る姫を中心に、メンズや騎士や我々で構成された集団は間際の町の住人たちに見送られ、大森林へ足を踏み入れた。それでいくらか適当に歩き、人の目のない辺りからメガネの船で一気に奥地へ飛んでいる。
通常ならば、大森林の出入り口からほど近い比較的安全な休息地でまず体を慣らす。
しかし、今回は身分が身分の姫がいた。
いかに武者っぽさがあろうとも、荒くれ冒険者に姫をまぜるのはいかがなものか。
そんな配慮と事情によって、いっそのこと人がいないほうが都合がいいと、以前、我々が初めて王子と出会った現場でもある原っぱがキャンプ地として選ばれているのだ。




