549 王都のギルド
そもそもさあ。
冒険者ギルドのノルマ日数つらくない?
ちょっとあっちこっちうろうろしたら、すぐじゃない? 日数。
ほかの冒険者どうやってやりくりしてんの? それとも罰則ノルマありきなの? やじゃない?
なんか知らんけど自動的にぬるっとDランクになった時にはノルマ日数に少し余裕ができたのでありがてえなと思ったが、今となってはもうちょっと長くなるか思い切って撤廃にならないものかと願ってしまう。
なんかもう、ムリじゃない?
もはやそんな所感しかないのだが、これは我々の生態がまあまあ特殊なせいもあったのだ。
王都の冒険者ギルドで窓口にギルド発行の身分証を提示して、あっ、と言う顔をした若げな男性職員に「こちらでお待ちください」と押し込まれた別室。
「待って待って待って恐い恐い恐い」
そそくさと去ろうとする男性に「なんすかなんすか」と取りすがり、どうにか聞き出せたのは「ノルマ日数について、ちょっと」と歯切れの悪い言葉だけだった。
しかし、我々にはそれだけで解った。
多分またやっちゃったなって。
正直身に覚えしかないので。
それで、ノルマ日数つらくない? と、たもっちゃんと私がぶちぶち言い合うことになるのだが、これにAランク冒険者様たるテオが言う。
「普通、Dランク程度の冒険者は拠点とした土地をそうそう離れないものなんだ」
だからギルドにも小まめに顔を出せるし、ランクが低ければ低いだけノルマ日数を超過するほど遠出をする用もない。
「そんなばかな」
信じられない表情で、メガネがテオに問い掛ける。
「じゃーどうすんの。世界にはまだ見ぬダンジョンとか魔獣とかエルフとかがいるんだぜ。どうすんの。冒険は? 冒険者とは?」
「まずは人脈と経験を作り、ランクを上げてからだな」
「やぁだぁ!」
まず、ここで一回たもっちゃんの心が折れた。
せっかく異世界にきたからには満喫しなくては逆に失礼。みたいな理屈でやたらとうろうろしているメガネには、信じがたい現実だったようだ。
異世界もすでに二、三……数年目であることを思うと、現実にぶちあたるまでに時間が掛かりすぎている気はするが。
ではなぜいままでこれを知らずにいられたかと言えば、恐らく常識人のテオとかが夢を壊さずにいてくれたからっぽかった。甘やかしである。
続いて心が折れる二回目は、王都のギルドのえらい人が出てきてからになる。
ただそれまでに少し待たされて、空いた時間にギルドの人がお茶やお菓子を出しにきてくれた。大人にまざっておりこうにビシッとソファに座ったじゅげむが「ありがとうございますっ」とお礼を言えててえらかった。
ひたすらに虚無のレベルでそこにいるだけのレイニーや好奇心と食欲の旺盛なフェネさんや金ちゃんがお菓子を奪い合っているところへ、部下と共にどこかのんびり現れたのはふさふさの眉毛も腰まで届きそうに伸ばしたヒゲも真っ白な、大魔法使いか野に下った仙人めいたおじいちゃんである。
なんか見たことあるなと思ったら、あれだ。
割と最近お城へ連れて行かれた時に、関係各所の担当者からまとめて色々言われた現場に同席していたブルーメの冒険者ギルドで一番えらい王都のギルド長の人だ。
そう自力で思い出した瞬間の、「あっ……」みたいな気持ち。
我々は、身をもってうっすら知っているのだ。
なんかえらい人が出てくる時は、それなりの理由がある。ってことが、まあまあ多いと言うことを。なんかいるだけのパターンもあるので、確定ではない。ないのだが、今回はなんかあるような気がする。
わざわざ別室に通されていることもあり、大体の感じで「ふええ」とした我々にブルーメ国内の冒険者ギルドで一番えらいおじいちゃんは言う。
「よろしくありませんな」
あっ、これダメなやつですね。
やっぱりね。ふええ。
大魔法使いのような、仙人のような。
なんとなく徳の高そうなおじいちゃんの話はおっとりとしていてていねいで、つまり非常に長かった。
それをまとめると大体はこうだ。
そちら――つまり我々には現在、罰則ノルマがいくつか課される状態である。
これは大変よろしくない。
なぜなら我が国の王子の寵愛を受け、姫君からも関心をよせられこれから共に大森林へ向かう約束もあると聞く。
無頼の冒険者とはいえど、姫君のおそば近くに控える者にはそれなりの品格が問われるもの。
これがギルドの規約をたびたび破り、罰則を受ける手合いとあっては周囲の目とて厳しくなろう。ひいては冒険者全体の評判にも関わる。
つまり、よろしくないのである。
おじいちゃんはまずそう語り、我々に現状を突き付けた。
解る。
なんかそう言われるとしみじみダメなのは解る。
しかしこちらにも言いぶんはあった。実際言ったのは主にメガネだが。
「いやでも俺らもギルドに寄るようにはしてたんですよ。でも今日まで何も言われてなかったし、言ってもらえれば罰則ノルマもそんな何個もため……ずに、こなして……うん。できるだけ?」
「たもっちゃん、段々自信なくならないで」
罰則ノルマ、お金にならないだけで割と細々した依頼が多いから、まあやることになったらそれはそれでね? みたいな気持ちがなかったとは言えない。だって小まめにギルドによるの、意外とめんどくさいから……。
まあしかし、罰則ノルマは割が悪くてできれば避けたい仕事ではある。そのために我々も、できる範囲で気を付けてはいたのだ。できる範囲がものすごくせまい問題はあるが。
にも関わらず、罰則ノルマが複数たまっているのだとしたらそれはここへくるまでの、どこかの段階で我々に通知されていなければおかしい。と思う。多分。知らんけど。
けれどもこの我々の指摘は、自らの長いヒゲの先っちょをしわしわの手でくるんくるんともてあそぶおじいちゃんによって、「あ、それな」とめちゃくちゃ軽く説明された。
「姫君のお供が罰則付きでは、よろしくない。ので、こちらで止めておりましたな」
そうじゃろ? と、おじいちゃんが投げた視線の先にいる、向かい合わせのソファのそばで控えたやり手の事務職感のある中年男性が、「はい」と短く肯定を返す。
「ええ……」
このやり取りに、思わず小さくうめいていたのは私だけではなかったような気がする。
おじいちゃん、なんか気を利かせたかのように言うじゃん。
でもそれ、あれじゃない?
そのせいでこっちに通知がなくて、あれ? もしかして結構大丈夫なの? と、ぽやぽや油断した我々が知らない内にどんどん罰則を積み重ねる一因になっちゃってない?
卵が先かニワトリが先かは知らないが……ただただ我々がしっかりしておけば防げた事態って感じはするが……するのだが……おじーちゃん、それ……それさあ……。
この絶妙に釈然としない、うまく言語化できない気持ち。
たもっちゃんと私は恐らくほとんど似たような心境で、「おじーちゃん……ああ、おじーちゃんおじーちゃん」とムダにおじいちゃんに呼び掛けてしまう。意味はない。なんかほかに言葉が出なかっただけだ。
そして、すでに付いてしまった傷を見た感じこれ以上広げないために、かえって傷が深くなっちゃってなくもないこの件について。
世間体に全振りしすぎた気遣いで当事者である我々を逆に引かせっ放しのおじーちゃんからはもう一つ、複数たまった罰則ノルマと罰則をうっかりためがちの我々の状況を打開するための提案がなされた。
「ランクを上げなされ」
「なされ……」
なされ……。
「いやでも試験は俺あんまり……」
Dランクまでは実績とかで勝手に上げてもらえるが、それより上へ行こうとすると集団での試験になってコミュ力が問われるみたいな話を聞いた気がする。
それはなんか、あれだよ。ムリだ。
だからなのだろう。冒険者っぽいイベントなのにメガネは非常に消極的で、ソファに座っていながらにどことはなしに逃げ腰である。
けれどもそこは、熟練のおじいちゃんギルド長。そんなこともあろとかと通常とは異なる試験を用意してくれているらしい。
具体的にはちょうどいいから秋に控えた姫の大森林行きにギルドからも人を出し、我々の仕事ぶりをなにからなにまで観察し点数付けて致命的な失点がなければうまいことランクを上げてくれるとのことだ。
まさかの姑スタイルである。




