547 基づいた事実
ほうれんそうの意味とは?
――と、公爵のきらきらしい顔面を暗澹とさせているものを、もしかすると絶望と呼ぶべきなのかも知れない。
よくない。よくないね。
しかし、絶望されている側の我々に、できることは多くない。
と言うか、ひたすら謝罪の一択である。
だって絶望はよくないものなので……。
「何か……、すいませんでした」
「何かじゃなくてね……」
「すいませんでした……?」
「うん……。丸く収まった様だから、良いんだけどね……こちらの心配もね……もう少しね……」
「いやホントに、すいませんでした」
公爵はいついかなる時も優雅で輝いてはいるのだが、今、どことなくめそめそとしたその様はなんとなく心労のピークを思わせる。
しかも見て。テオから受け取ったフェネさんをソファに座った膝に乗せ、ほとんど無意識のようにしてただそれだけのために作られたマシーンめいた単調な動作でなでている。
そこにただよう得体の知れぬ機械的な虚無さ。これはね。やばいですね。
フェネさんが膝の上で丸めた体で頭だけをそっと上げ、「つま、なんかこのにんげん恐い」と弱音を吐くのをテオと我々がよってたかってがんばれとはげまし、とにかくアーダルベルト公爵の精神面での回復に努めた。
別のところにしわよせが行っている気はしてる。フェネさんとか。がんばれ。
そうして自称神ご自慢の毛皮にふっかふっかと少しずつ気力を取り戻し、ぽそぽそ語る公爵の話をまとめるとこうだ。
まず、公爵も砂漠の文化には詳しくなくて今回の件であとから知ったと前置きが付く。
その上で、砂漠の外では湖水の村が砂漠の民の代表――つまり総領としてとらえられているとのことだ。
我々はハイスヴュステの知己を得て、以前から砂漠の村に出入りしている。そのこともあり、公爵は今回のお呼ばれもそれと似たものだろうと判断していた。
それが実は民族を代表する村で、呼び出したのはその族長筋である。と、あとから知ったのだ。
あいつら、マジ。
と、言うような腹の底からぐつぐつ煮えたぎる感情を持ったとしても、我々は公爵を責めようとは思わない。
むしろ、まあまあまあ、それは、もう。ね。みたいな、納得に近いなにかが胸いっぱいに広がりすらする。逆にね。公爵、忍耐強すぎるみたいな意識すらある。
「しかも君達、総領の村でも大暴れしてくれたそうじゃないか。私はね、国際問題って言葉が頭に浮かんで浮かんで……」
「いや……ごめんて……」
暴れたか暴れてないかで判断すると暴れてないとは口が裂けても言えないが、そこまでひどかったかな……と内心で首をひねりつつ、我々はとりあえず謝っておいた。我ながら、ずいぶん大人になったと思う。大人とは?
そしてここまで話を聞いて、ふと。違和感を感じた点が二つある。
確かに、ハイスヴュステの湖水の村は位置的にも砂漠における交通の要所で、砂漠の民の集落としては特に栄えた土地である。
その立地もあって便宜上、そして対外的に砂漠の民の代表のような役割をになうこともある。みたいな話を、我々もうっすら聞いた気がなんとなくしてなくもない。
だがそれはあくまで「のような」で、別に特定のどこかの村がほかの村を傘下に置いているって訳ではなかったはずだ。
どうもその辺のニュアンスが、砂漠の外へと話が遠く伝わる内に微妙に変わってしまっているようだった。
つまり湖水の村をハイスヴュステの総領とするのは多分ちょっと違うんじゃねえか、と言うのが一つ。
もう一つは単純に、なぜ公爵は我々がドアのスキルや船で飛びしれっと帰ってくるより先に、砂漠での我々の所業を知ることができたのかと言う点だ。
公爵、爵位と共に受け継いだ恩寵スキルで嘘が解るだけでなく、千里眼まで実装されてない? ――と、恐怖に近い想像をしたが、これは普通に違ってた。よかった。
どうやら湖水の村で再会してしまった隠密が、なんらかの手段で仲間に首尾を報告する際に我々のことも伝えていたようなのだ。
そしてその仲間から、公爵宛てに書状が届けられていた。
「君達に妙な所で会って、肝を冷やしたと。以後は何とかしてくれ、とも書いてあったかな。まぁ、大体はそんな内容だったよ」
豪華なイスに優雅に座り抱いたペットをかわいがる悪役のボスみたいな格好で、公爵は淡紅の瞳を軽く伏せ「私、こんなお手紙もらったの初めて」と呟きほほ笑んだ。
多分だが、別におもしろくて笑っているのではないだろう。
私には解る。別になんの校長でもないのに雰囲気が校長すぎる公爵からの説教を、だてに何度も受けてはいない。
なるほどね。隠密か。そらそうや。
そらあの人も仕事やし、本国の仲間に連絡も入れますわ。どんな方法かは知らんけど。
ついでかわざわざかは知らないが、任務中の隠密と仲間との密な連携でメガネのスキルで我々が物理的に戻るより前に、情報を王都へと伝えることができたのだろう。
できればその有能さ、今は出さないで欲しかった。
そんな思いをうっすら心にいだきつつ、我々は我々の帰還に先んじて心労に見舞われていたらしき公爵に、キリッと顔を作って向ける。
「反省はしてます」
「でも我々、嘘とかごまかしがどうしてもド下手くそって言うか」
会っちゃったものはしょうがないし、会っちゃったら隠密だって解っちゃうし、隠密だって解っちゃったら秘密にしなきゃと気負ってしまって挙動不審になると言う、逃れようのない負の連鎖。むしろ我々がかわいそう。
この悲しみは持って生まれた性質が非常に深く関係してて、ちょっと今からは修正が難しいと思う。
我々もね、この要領の悪さが治るなら治したい気持ちはね、なくはないんですよ。まあムリだろうなって自覚がありすぎるだけで。人間て悲しい生き物だよね。
こうして、なんも思わず実家のような気軽さで公爵家へやってきた我々は自分たちの直近の所業がプロの隠密に全部密告されていると言う、なかなかの事態に直面させられていた。隠密。隠密お前って奴は。
小学校で先生をお母さんと呼んじゃったのがその日の夕方にはご近所中に知れ渡っているかのような、ちょっとした人類への絶望に近い。できればご勘弁いただきたかった。我々がしっかりしてればよかっただけと言うような気はする。
「でも、どうせあれでしょ? 隠密もさあ、事実とは違う感じで切り取って、おもしろおかしく報告してんでしょ?」
などと、若干の逆恨みとやさぐれた気持ちで私が「ははは」と笑っていると、「魔法術式を精霊魔法に対応させて書き換えていた。意味が解らない」もしくは、「迷いモグラの出現で砂漠の石拾いに誘われたはずが、トロールが迷いモグラを投げ飛ばしていた。訳が解らない」など、あることないことのあったことばかりが伝わっていた。
正確か? 報道倫理でも持っているのか隠密は?
綿密な取材に基づいた事実ばっかり伝えてんじゃねえよと逆ギレのように思う一方、綿密な内偵により正確な情報を持ち帰るのが隠密なので恐らく彼らに罪はないのも頭では解る。我々の都合に合わないだけで。
でも迷いモグラと対決し大活躍だった金ちゃんの雄姿は、すきあらば誰かに自慢したいと思っていたところだ。
我々はここぞとばかりに「金ちゃんは村でも大人気でした」とまあまあ強引に話をねじ込み気が済むまで聞いてもらったし、公爵も「それはちょっと見たかった」と残念そうにしてたので聞き手として百点満点だった。
隠密がもたらした思いもよらぬただの事実に胃の辺りを精神的にやられた公爵は、我々が帰ってくるまでに自らも詳細な情報を集めていたそうだ。
その調査範囲は湖水の村で我々と接触した相手にまで及んだとのことで、そこには砂漠の村で少しばかりの邂逅を果たし、できればもうあんまり会いたくない商人のことも含まれていた。
公爵は「永遠になでていられる」などと感想を述べ、どことなく自慢の毛皮をぼさっとさせたフェネさんをテオの腕に返しながらにざっくりと語る。
「書状によれば、その商人は君達の茶を飲むと以前と人が変わった様だとか。余りに異様で、隠密も少し探ってみた様だ。すると商人を使っていた貴族――反乱の動きありと目されていた者だね。これが法で使用を禁じられた薬を使い、人心を操っていた痕跡が確認できたと。反乱計画の証拠も集まって、すでに王からは討伐の命が出された」
「正直俺今かなり引いてます」
話を聞いてメガネは真顔でそう言うし、奇遇にも私も全く同じ気持ちだ。
いや、私もね。そんな急に性格変わるのマジなんなのとは思ってたんですよ。商人マジか。薬盛られてあれだったのか。マジか。




