546 コミュニケーション不全
品のいい、そばに置かれたソファの座面とほとんど同じ高さのテーブルに、砂漠みやげを積み上げながらにメガネが語る。
「それでね、それでね、最後の最後に解ったんですけど、若君の目のとこだけの仮面。あれ、仮面じゃなくて特別仕様の眼鏡だったらしいです。俺、もーびっくりしちゃって。こっちきてから眼鏡の人に会うの初めてでー。いや俺の眼鏡とはだいぶん違うんですけど、何か砂漠だとレンズの素材が手に入らないからとにかく頑丈にって発注したら仮面っぽくなったって言っててー。もうちょっと早く解ってたら若君とももっと仲よくなれた気がするってゆーか」
場所はブルーメ。
王都近くの農園をしれっとドアのスキルで経由して、防壁の門をくぐって訪れたアーダルベルト公爵家の居間だ。
だが語ると言うには眼鏡の話は早口すぎて、とにかく声に出したいだけでもしかすると相手にちゃんと伝わるかどうかはあんまり重要ではないのかも知れない。
そんなコミュニケーション不全をどんどん振りまいていながらに、たもっちゃんの話は止まらない。
「それでー、そーゆーつもりで作ったんじゃないけど結果的に遠隔で水を呼び出す魔道具になったやつも魔法術式を精霊魔法に対応させて村の呪術師にも使える様にしてきたんでー、あとはあっちで何とかできるってそれも凄いお礼言われたんですけど、あっ、そう言えばね、砂漠の石って半透明のガラスっぽいのがほとんどでそれも結構いい値段で売れるらしいんですけどたまに本気で高い宝石っぽいのがまざってて、村の人が金ちゃんにってそう言うのいっぱいくれたからもらい過ぎちゃったなって思ってー、何か悪いから霧吹きの化粧水をお返しに若君に渡したんですね。そしたらね、若君とあんまり仲のよくない義理の母って人がなぜか出てきてそーゆーものは自分に渡せっつってー、……すげーもめましたよね……」
それでつい、なんか恐いし用件も終わったことですしと逃げて、シピとミスカをアルットゥの所まで送るついでにシュピレンで日用品を調達するのに付き合ったりして現在にいたる。
水源の村は砂漠の中でも特に辺境と言えるので、お買い物のチャンスは逃せないのだ。
こうしてかなりごったごたのわっちゃわちゃに湖水の村を離れることになった訳だが、これは正直、ギフト用の霧吹きがお中元の残りだったのでそんなに手持ちに数がなく、渡せたのが何個かだけだったのがよくなかった気がする。多分その配分でもめてたんじゃねえのか。
で、結果、親子としては年の近すぎる感じがとてもする義理の母を扉の向こうにどうにか押しやった若君に、ここはいいからもう行けと逃がしてもらわなければならなくなったのだ。なんらかのゾンビが出てくる映画みたいだった。
たもっちゃんはその時の、自らを盾に我々を逃がした若君の、異世界におけるメガネ仲間の最後の姿でも思い出しているかのようにほんの少し遠い目をした。
「あっ、そうだ。ね、寿限無。寿限無もね、公爵さんに渡そうと思って一番いい石取ってあるんだよね?」
それから気を取り直すように話題を変える。
ムリして空元気を出しているような、なんとなく涙で鼻の奥がつんとなっているような、まるで若君になにかあったみたいな空気をメガネはかもす。
だが、実際相手にしてたのはゾンビではなく保湿に目のくらんだ義理の母なので、若君は多分元気だと思う。家庭内の雰囲気は最悪になっていそうな気はする。罪深い。私の優秀すぎる保湿用品が。
たもっちゃんにうながされ、じゅげむが自分で見付けた砂漠の石を小さな両手で大事に包みもじもじと「あのね、これね、これ。いちばんおっきくていちばんぴかぴかしてるやつです」と、恥ずかしそうに、小さい声でぽそぽそ言って差し出した。
受け取るのは当然、じゅげむに推されじゅげむを推す男、うるわしきアーダルベルト公爵だ。
思えば、以前も砂漠で拾った小さな石をじゅげむから公爵に贈ったことはある。
でもあの時は我々のほかのおみやげに、そっとまぜる方式でお渡ししていたような気がした。
そのためか、ソファに腰掛ける公爵の前でじゅげむは受け取ってもらえるかなとドキドキと、高い所から飛び下りるみたいにぎゅっと思い切った顔である。
緊張でそのまま倒れるんじゃないか。
そんな心配をしてしまうレベルで血色のいい、そしてなんとなくはーはーぐらぐらしている子供を公爵は数秒言葉もなく見詰めた。
なんだか少し泣いているように思えるほどの、無防備な表情を一瞬見せたその人は、それから宝石めいた淡紅の瞳でとろけそうに優しく笑んだ。
「ありがとう。離れた場所でも私を思ってくれる人がいて、とても嬉しい」
ファンサのバーサーカーである。
ええ話や。
推しの光を間近で浴びてじゅげむの情緒がパンッと破裂はしていたものの、供給過多で記憶が真っ白になってしまうのも推し活の醍醐味みたいなとこがある。諸説あります。
我々はそんなアーダルベルト公爵とじゅげむの様子を完全に対岸の火事でも眺める気持ちで見守っていたが、それからまあまあほどなくのことだ。
じゅげむが公爵家で仲よくなった有能執事のところの末っ子におみやげを渡そうと、金ちゃんと席を外した途端に、である。
公爵が、急にお説教がある時の校長先生感を出してきた。
「何か、私に言う事があるよね?」
そう言われると不思議なもので、一瞬前までなにも思っていなかった心当たりがぼろぼろと出てきてしまうのはなぜなのか。本当に不思議だ。
あれかなあ。
レイニーの天使属性を忘れてた以外には我々に罪はあんまり、あんまりね。ないのだが、砂漠でレイニーがうっかり祈って祝福的な現象を起こして割と広範囲で観測されたのがバレたのか。でもあれはなんか、防ぎようがなかったしな。
それともこれか。
湖水の村でお仕事中の隠密を見付けてそわそわしてしまい、あやうく任務をぶち壊しするところだった話かな。あれはホント……、ダメだったなって。思ってはいます。
首をひねって考え込んだメガネの私の心の中に、色々ふわっと浮かんでは消えて行く数々の失態。
すぐ思い付く直近のことでも割とやらかした感がすごいので、もっと前も含めるともうなにも解らない。身に覚えがありすぎて、逆にね。
そう言えば以前はもうちょっとだけなけなしの配慮があったのに最近は結構軽率にドアとか船で国境超えてお出掛けするのも増えてしまった。あれもね。別によくはないよね。
ちょっと国外に行かなきゃいけないやむにやまれぬ用件があったりなかったりはするのだが、我々が不法な入出国をくり返しているのは純然たる事実だ。恐いね。
色々と思い浮かぶ心当たりにどれかなあと言った気持ちでひねった首がどんどん下がり、我々の体勢はもはやすでに謝罪に近い。
その下がり切った後ろ頭へと、降ってくるのはアーダルベルト公爵のドン引きの声だ。
「君達が思い出すのを待ってると、知りたくない事までどんどん出てきそうなのは本当に何なの……?」
どことなく疲弊し切ったような、心の底からなにかを恐れているような公爵の様子に、たもっちゃんと私は「なくもない。むしろある」みたいな気持ちでやたらと顔がキリッとしたし、すぐそばで我々や公爵と同じく豪華なソファに腰掛けて暗澹と話を聞いていたテオは普段からキリッとしている顔で神妙に、目の前の貴き人の心労をおもんばかってか白く小さな毛玉のようなフェネさんを「動物をなでると心が落ち着くと言いますので……」と差し出そうとしていた。まるでこれから絶対に心が落ち着かなくなる話が始まるかのようだった。やだあ。あと、砂漠の祈りの件があるからかいつも無であるレイニーも今ばかりはやたらとキリッとしてたので、あれは本当にしみじみまずかったんだと思う。
で、みんなでキリキリしながらに公爵の話を聞いてると、どうやら話題にしたかったのは我々が湖水の村にお呼ばれした件のようだ。
「私も、ハイスヴュステの村に呼ばれているとは聞いていたよ? それは君達もすぐに報告してくれたからね」
「そうでしょ。俺達、偉かったでしょ」
「ほうれんそうの重要性をね、私らも覚えてきたんです。ほめて」
公爵の言葉に「その点は良かった」みたいな気配を感じ、たもっちゃんと私が自分たちの成長に絶賛を要求。しかし秒で浮付いた我々の気持ちは、ぺしゃんことまでは行かずともすぐに凪いだ状態に戻された。
公爵がうなずき、淡紅の瞳を陰らせ語る。
「うん。でも、呼ばれてるのが砂漠の民を代表する総領の村だって事も教えておいて欲しかったかな……。いや、事前に聞いたのに確認しない私も悪い。でも先に総領の村だと知っていれば、こんな……。解るかな……この、大事な話は結局あとから出てくる感じ……」




