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545 大活躍の大暴れ

 このモグラはおとなしい、

 私たちはそう教えられていたし、あくまでも魔獣の枠組みの中でなら確かに、比較的、事実と言っていいのかも知れない。

 けれどもそれで納得できるのは、安全が確保されている時だけだ。

 虫やサソリを食べるってだけでもすでに肉食って感じがするし、今、我々の前にいるモグラはどんなにおっとり見えるとしても人間からすればかなりの巨漢だ。

 悪気なくうっかり倒れ込んだだけだとしても、下敷きにでもされてしまえばこちらはどうなるか解らない。

 ゲーゲンにまたがり警戒に当たっていたハイスヴュステの戦士らが、集団からまろび出てしまった女性と子供の元へと急いで駆けたのもそのためだろう。

 彼らは、魔獣の前に飛び出してしまった同胞を背にかばうようにして、ゲーゲンをあやつり素早く両者の間に割って入った。

 黒衣の戦士は特徴的に湾曲した短剣を常から腰のベルトにはさんで持つが、現在は魔獣への備えに大剣や槍を携えている。そうして備えた男らが、大きく有能なクモに乗りそこら中に待機していた。

 だから、もしかするとそれだけで充分だったかも知れない。

 けれどもその場にはもう一人、颯爽と現れた人影があった。

 それは人族の成人男性よりも大柄で、どしどしと、けれどもおどろくほど俊敏に駆け付けたトロールだった。

 隻腕のトロールはむきむき太い右腕をためらいなく突き出し、もっちりとした大きなモグラとがっぷり組むと渾身の力でぐいぐいと押す。その大きな両足が、互いに押し合いぶつかる力で砂地にずぶずぶ沈むのが少し離れた場所からも解る。

 我々は、まるでハイスヴュステの女性と子供を背後にかばい魔獣を押し返しているような、その男の名前を思わず叫んだ。

「金ちゃあん!」

 お前、お前、男やでえ!

 例えそこにめずらしい魔獣がちょうどいたから格闘チャンスを逃さない本能的なアレが動機だとしても、おめー今すげー輝いてるよー!

 そこだ、うっちゃれ! と急にテンションをぶち上げてやいやい騒ぐメガネや私に「おいあれはいいのか」とテオが金ちゃんを心配し、その片腕にかかえられたフェネさんが「我も我も! 我もモグラ食べてみたい! モグラ!」などと、そんな話はなに一つ出てない方向に騒ぎ、もう片方の腕ではじゅげむが「きんちゃん! がんばって!」と、金ちゃんの活躍にぴかぴか輝くような、それか感激でうるうるしたみたいに声援を送る。その気持ち、めちゃくちゃちょっとよく解る。

 弱き者を背中にかばい戦う男の生き様に、大人である我々も感極まって金ちゃんの名を何度も叫んでフィーバーである。両手もぶんぶん思い切り振っちゃう。

 心の隅ではうっすらと、暴れたかっただけなんだろうなあと冷静に思う自分はいるのだが、それはそれなのだ。

 そうして矮小なるニンゲンが勝手にわあわあ騒いでいる内に、金ちゃんは一気に勝負を仕掛けた。

 足首までもが砂に埋まった両足をぐっとさらに踏ん張って、もちもちしたモグラの寸胴を筋骨隆々とした右腕と肩でしめ上げる。

 そして全身の筋肉と言う筋肉を余さず使い、おダシを吸ってふくらんだはんぺんみたいなモグラの体をどすこいと投げた。

 なんと言う躍動。なんと言う決まり手。

 やわらかく重たいモグラを力任せに投げたので、投げた側の金ちゃんもその反動で背中から後ろに向かってもんどり打って倒れたほどだ。

 ちなみに金ちゃんの背後には魔獣からかばわれたように見えなくもない女性と子供がいたのだが、これはハイスヴュステの男らが素早く避難させていてケガなどはなかった。

 ただ若君を含めて全体的に、「えぇ……」と金ちゃんの雄姿に圧倒されて訳が解らない顔をしていただけだ。

 解るよ。そう言う顔になっちゃう気持ち。やっぱりね、結局最後は筋肉ってゆーか。

 金ちゃんはトロールなのでそもそも人間ではないのだが、人間離れした圧倒的筋肉を前にして、人は無力感を噛みしめることしかできぬのだ。解る。

 一方、この騒動の原因である魔獣のモグラがどうなったかと言うと、金ちゃんにもっちり投げ飛ばされてもちっもちっと砂地の上を弾みながらに遠ざかり、吹っ飛ばされた勢いそのままあっと言う間に砂に潜って消えてしまった。水に沈んで行くかのように、消えるのめっちゃ早かった。多分あいつ泣いてたと思う。

 湖水の村の若君にハイスヴュステの戦士が報告するのを横から聞くと、モグラは金ちゃんに背中を向けて逃げたから湖水の村とは逆方向へ行っただろうとのことだった。

 おっとりとした脅威は去って、めでたく一件落着である。

 さすが金ちゃん。大活躍の大暴れだった。

 さー、それじゃーいまだにあきらめ悪くモグラが潜って消えた辺りの地面を掘って、砂の下まで追い掛けようとしてるみたいな金ちゃんをなだめて回収して帰りましょうかね。

 と、我々は思っていたのだが、これは「待て待て待て」となんかあわてた若君たちに止められてしまった。

「お楽しみはこれからだ!」

 なんか急に若君が、まあまあのピンチをやっと脱してこれから盛り上がりそうなことを言った。


 夜だし、モグラも見たし、散歩はもういいかな。みたいな、もう帰りたい気持ちを全身からかもし出す我々を、ゲーゲンからさっとおりた若君とその召使いたちが取り囲む。

 そしてじりじり包囲網をせばめつつ、まあまあまあまあとなだめすかすようにしてざっくざっくと砂を掘りまだモグラを探している金ちゃんのいる辺りへと引っ張って行った。

 若君は一人だけ純白の民族衣装に砂が付くのも構わず屈み、いいか、見ろ。と、両手で砂をざばざばと探る。

 そうしてほどなく次々に、召使いも一緒になってコロコロと砂から拾い上げたのはサイズや形は様々ながらに指先でつまめる程度の小石のようななにかだ。

 若君は月の光と召使いのかざすランプで数個の石を手に集め、我々に向けてずいと出す。

「これだ」

 白い仮面に目元の隠れた姿でも解る。若君が、なんかすげえ自信まんまんに小石を見せ付けてきていると。

 ただ非常に残念なことに、我々には本当にその意味が解らない。

「若君、落ち着こ」

「ホントに一回ちょっと落ち着こ」

 その小石がなんなのかは知らないが、あなたきっと疲れてるのよとばかりにメガネと私が「大丈夫。大丈夫だからね」と変な優しさといたわりを見せ、いや待て違うと若君をなんだか狼狽させた。

 恐らく若君の感覚としては、その石を見せれば我々もやだなにすごいとひれ伏し話が通じるはずだったのだろう。

 そもそも夜の散歩に連れ出されたところから説明不足ではあるのだが、若君は我々の理解力をなめすぎている気がする。ないほうの意味で。理解力。

 さすがに我々の逆にかわいそうみたいな空気を感じてか、若君はやっと、「いいから聞け!」とほぼほぼガチギレで説明を始めた。

「確かに、迷いモグラでも見せれば子供が喜ぶかとは思った。しかしそれはついでだ。いいか、肝心なのはこの石だ。これは砂漠でだけ産出される特別なもの。だが普段は地中深くに隠されていて、こうして魔獣が砂をかきまぜ顔を出した折に見付かる事が多い。そしていいか、よく聞け。この石は、売れる」

「あっ、ありがとうございます!」

 ええっ、そんな貴重な? よいものを? 我々も拾わせてもらっていいんですか!

 やだー、気を使ってもらっちゃったみたいですいませえん! と、我々は手の平をクルックルさせる勢いで、別にいいとも言われていないのに大体の感じで感謝を述べた。

 まあ若君も若君で、たもっちゃんが雑に書き換え雑に開いた魔法術式とそのカルチャー教室になにか謝礼が必要で、しかし冒険者は現金を受け取らないのでどうしたものかと思案していたところへちょうど迷いモグラが現れて、せや、あの石好きなだけ拾わせて報酬にしたろ。と完全な思い付きで我々をここへ連れてきていたらしく、結果としては間違ってもなかった。フライングなだけで。

 なお本来は、ハイスヴュステの集落の近くで出た石はハイスヴュステしか拾うべきではない、と言うことになっているそうだ。

「今回は謝礼として、特別だからな」

 若君はやっと話が通じたとほっとしたように、そしてぐったり疲れた感じでそう言った。

「やだあ、ありがとうございますう!」

 特別に許された我々は、金ちゃん大活躍の辺りから「なんだこれ……」と、どことなく首をひねり気味に釈然としてない砂漠の民にいそいそまざってその辺に散らばり、恐らくこのために持たされていたカゴやボウルにせっせと小石を拾って集めた。しかしなんかやたらと容器の中身が増えて行くなと思ったら、湖水の村の人たちが私やメガネのすきをうかがいざらざら石を増やしてくれていた。

 これであのトロールにうまいもんでも。とのことだ。さすが金ちゃん。さす金だった。

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