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544 もち

 砂漠の砂に身をひそめ、風の均したすべらかな地表にぼこぼこと軌跡を描いて近付くなにか。

 ハイスヴュステの民たちが重たく、ザンザンと砂を踏み鳴らす音に誘われたように。

 まるで海の巨大生物が、気まぐれに水面へ顔を出すかのように。

 泳ぐみたいにざばりざばりと少しずつ、けれどもぐんぐんと前方に進みながらに砂を割って現れたそれ。

 色合い淡くベルベットめいたなめらかな毛皮におおわれた、その全身は丸っこかった。けれども同時に平たくて、なんとも言えない弾力があるように思われる。

 ちょっとしたベーア族くらいの大きさのその生物は、やわらかそうな全身をもっちもっちと動かして砂漠の砂を懸命に泳ぐ。

 砂から飛び出たまろい体に月の光をぴかりと浴びて、つき立てを丸めたばかりの新鮮なもちのように輝くその様に、たもっちゃんが我知らずと言った感じで呟いた。

「あっ、わらび餅食べたい」

 わかる。

 もちもちの、きなこにまみれたわらびもち食べたい。


 まあそんな、まあまあの質量を持ったもちもちとした生物は、きなこにまみれたおもちのような質感で我々の前に現れた。

 一方、これは自分でもちょっとびっくりしたのだが、大きさの例えにベーア族ってなんなの。いや、実際にベーア族の大人くらいの大きさではあるのだが。

 でもそれを言うたら普通にクマでええんとちゃうんかみたいな感覚もある。でもほら。クマはあんま近くで見たことないから。大きさがよく解んないって言うか。仕方ない。つい出ちゃった。ベーア族。

 しかし細かい砂漠の砂にまみれて出現したその生物は、見れば見るほどきなこを浴びたもちである。

 我々は、なんだこれ。としか出てこない気持ちでその生物をじっと見た。

「いやマジでなんだあれ」

「何って言うか、あれじゃない? 多分迷いモグラってやつ」

「もぐら? あれ、もぐら?」

「砂漠のモグラは初めて見るな……」

 我々と言うか、主に世間知らずの私やメガネやじゅげむに加え、砂漠にはあんまり慣れてないテオなどだ。レイニーの気持ちは知らないが、見た感じはいつも通り、無である。

 周囲を囲むハイスヴュステの民たちは、老いも若きも民族衣装の黒い裾が乱れるのも構わずザンザンと砂地の地面を踏み鳴らしている。

 その勢いになんとなく押され、我々の話す声もめちゃくちゃに小さい。

 ゲーゲンに乗った若君もサプライズ大成功とばかりに満足そうにしているだけで全然説明してくれないし、なに一つ解らない我々はとにかくひたすら戸惑っている。

 けれども、戸惑っていたのは迷子のモグラもそうだったかも知れない。

 なにせ向こうは迷っているのだ。もしかしたら我々よりも戸惑いは深い可能性まである。つらいよね、迷子。不安、解るよ……。

 これは、そうして深く同情しつつ困惑している我々に、若君ではなくその辺の湖水の村の住人が教えてくれた知識だが、迷ったり迷わなかったりする砂漠のモグラは気性としてはおとなしく、自分から人類を襲ったりはしないとのことだ。

 食べるのは自分より小さなサソリや虫などだそうで、それなら、まあ。みたいな感じでちょっと大きめのウサギでも見るような気分になり掛けてしまう。

 しかしこのモグラ、サイズがベーア族である。

 それはなんか、結構大きな魔獣とかでもチャンスがあれば食べている気がする。例え相手を選ぶとしても、この異世界のサソリをもりもり食べてる時点でなかなかアグレッシブな肉食と言える。おいしいよね。わかる。

 だからこそと言うか、多分だが、丸っこくもちもちとした見た目に対していだきそうになる、おとなしい草食動物を見るような気持ちは捨てたほうがいいみたいだ。

 そう言った事情もあってのことか、ハイスヴュステの人々もこの生物を極力人里に近付けはしない。

 しかし同時に、小型――と言っても、これは恐らく砂漠の魔獣を全体で比較した話で、実際は結構大きめの家畜適度の大きさの魔獣も含まれている感じはあるのだが。

 とにかくあくまで比較的、小さな魔獣を食べて減らしてくれるのは人の側にも益がある。

 そのためモグラに関してはなるべく狩らずに住み分けて、迷って集落に近付いた時にはこうして村人総出でおどかして追い払うのが習慣になっていると言う。

 なるほど……。

 謎の儀式、ちゃんと意味あったのか……。

 もちもちと肥えたクマほどもあるモグラと、激しく砂を踏み鳴らす砂漠に生きるハイスヴュステの民。

 両者の駆け引きとも言うべきそれは、もはや若干の盆踊りにも見えてきた。

 砂漠のさらさら細かい砂は音を吸ってしまうので、この不思議に響き渡る音を出すのはかなり体力を消耗するはずだ。見た感じの祭り感とは裏腹に、めちゃくちゃ大変そうなのになんでそんなにがんばるのかと思ってはいた。なるほどね……。

 まだまだ知らない色んなことがいっぱいあるなあ、などと思いつつ。

 完全に場の空気に飲まれた我々はその光景をぼんやりと、時間の経過と共にじわじわ出てくる「早く終わんないかな」みたいな気持ちをこっそりいだきながらに眺めた。

 いや、さすがに見てるだけでは飽きるので……。


 そうして、激しめの異世界盆踊りに付き合うことしばらく。

 月の明りを吸い込んで、白っぽくほのかに輝くみたいな砂漠の夜に出会ったモグラはよく見るとなかなか愛嬌があった。

 ずんぐりもちもちとした胴体にちょこんとくっ付く短い両手はちんまりとして、鼻先はふにっとやわらかそうだ。そしてその頭も全体的になめらかな短い毛皮におおわれて、目らしきものはどこにあるかも解らない。まさかのメカクレキャラである。かわいい。

 そんなことを思い、ふと。

 そう言えば、モグラはこうして無害に近いから追い払うだけで済んでるが、もっとばりばり頭から食べようとしてくる魔獣の場合はどうなのだろうと疑問が浮かぶ。

 いや、なんかね。思ってたんですよ。

 ハイスヴュステの集落は砂漠の中に突然あって、周りには柵も塀もない。

 これ、大丈夫なのかなって。人間を襲うタイプの魔獣がきたら、大変じゃないかなって。

 しかしこの私の心配は、普通にいらないやつだった。

 急に「ねー、大丈夫なの?」とそわそわ不安を訴える私に、ほとんど子供なだめるような調子でゲーゲンに乗った若君が答える。

「ハイスヴュステの集落は水辺にあるだろう? そう言った土地は、足元に水を逃がさない硬い岩盤があるものだ。なればこそ砂に潜む大きな魔獣は近付けず、小さなものならハイスヴュステの戦士が退ける」

 だから問題はないのだと。

 若君は、まさかそんな心配をされるとは。と、どことなくあきれて、それか、なんだか気が抜けたと言った様子をうっすらと見せた。

 恐らく私の質問が少しばかりマヌケで、今ではなかったかなと思わなくもないタイミングだったせいだろう。私もね。だいぶん前からアルットゥのとことかネコの村とかに遊びに行ったりしてるのに、ちょっと気付くの遅かったかなって。思ってはいます。

 でも、そうか。大丈夫なのか。大丈夫ならよかったよね。なによりじゃない? やだー。

 ――などと私が無意味な鳴き声を上げ、若君やお付きの召使いたちやシピやミスカを含めたハイスヴュステの男子らの、「何を言ってるんだこいつは」みたいな引き気味の視線をうまいことかわしていた時である。本当にかわせていたかは解らない。

 が、とにかく。事件は、我々の位置から少し離れた場所で起こった。

 それはちょうど、大きなモグラと砂漠の民の集団がにらみ合う境界でのことだった。

 人里近くに迷い込み、どことはなしにおろおろと困り果てているように見えるおとなしい魔獣。対して、カゴやボウルを手にして集まり、息を合わせて砂漠の砂を踏み鳴らしここから先へは一歩も行かせぬと強い意志を見せる湖水の村の住人ら。

 この両者の間には、ゲーゲンにまたがるハイスヴュステの戦士が何人もいて、自らを同胞と魔獣を隔てる壁としていた。

 その黒衣の戦士と魔獣との、間に作られた数メートルの空白地帯に唐突に。ころり、とつまづくようにして一人の子供がまろび出たのはきっと予想できない事故だった。

 一瞬にして、空気が緊張にひび割れる。

 じゅげむではない。うちの子は、フェネさんを片手で苦労し確保するテオに、もう一方の腕でしっかり保護されていた。

 その子は黒い衣装を身に着けていた。

 子供と同じく黒衣の女性が声にならない悲鳴と共に集団を飛び出し、自分よりも小さな体を全身でかばい抱きしめる。

 それから、ゲーゲンの戦士や大きな人影が、魔獣に向かって殺到したのはほとんど同時の、一瞬に起こったことだった。

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