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538 楽しくごはん

 いやでもね、我々がまたなんかやったとは限らなくないですか?

 ほら、誰でもは泊めてくれない湖水の村の族長宅で宿泊になったの、ここまで連れてきてくれたシピがネコ村の族長筋だからそのついでって可能性もね。なくはないじゃない?

 あー、これはねー。無実ですね。無実。多分。無実。

 たもっちゃんと私は口々にそんな言い訳をつらつら並べ、なのになんかしたって決め付けるのマジひどくない? と、被害者っぽい空気をかもしてうなずきあった。

 まあ多分、若君の雑なノリって言うか、めんどくさい商人を追い払うのに使われたのだろう。特別に許された宿泊や食事は、あくまでもそのついでってだけで。

 我々――と言っても主にメガネと私だが、この路線で行くと心に固く決め、利用されてかわいそう。やだー、かわいそう。我々、かわいそうー! と言い張った。

 シピやテオだけでなく人に興味のないレイニーまでもが「お前たちはこれまでの自分をなにも覚えていないのか?」みたいな視線を投げ掛けてくるが、たもっちゃんと私は「心当たりはなにもない」と言う強い気持ちでやたらとキリッと表情を作った。

 ところでこの話とは全く、一切関係ないのだが、気持ちは気持ちでしかなくてそうだったらいいなと言う希望的な側面もあり、場合によっては事実とは限らないこともあります。


 そうこうする内に夕食のお迎えがきて、我々は黒い民族衣装に身を包む族長宅にお勤めの使用人らしき人物にくっ付き移動する。

 メンツとしては、じゅげむと金ちゃんとフェネさんを含めた我々と、シピだ。本当ならミスカも入れるべきではあるが、なんかあいつ、だいぶん休んだはずなのにまだ解りにくくアルコールにやられたままだった。

 一見しっかりしているようでいてその実ぐでぐでの状態のミスカは、びっくりするほど余計な話しかしない。それでおめーはもうおとなしく寝てろと、長椅子に沈めてネコと一緒に置いてきた。

 人間が弱っている時は動物の本能で「今だ」とでも思うのか、シピとミスカの連れてきた二匹の巨大なネコたちが寝ているミスカに伸し掛かりずっしり密集していたが、あれは一種のご褒美だと思う。うらやましい。私もネコといちゃいちゃしたい。

 なぜ私はいまいちネコ的なものに好かれないのかと深い悲しみを誰にも相手にされないままに一方的に振りまきながら、案内のあとにくっ付いて廊下を何度か折れ曲がりたどり着いたのはやたらといい感じにムーディーな部屋だ。

 照明は少なくやわらかで、出入り口の面を除いた三方の壁に装飾としての謎の柱や天蓋の設えられた一段高い席がある。

 加えて天井のあちらこちらから薄布がしゃらりしゃらりと垂らされて、どこもかしこも全力のアラビアンナイト感をかもし出していた。

 部屋に入って真正面の席には四角や丸や背もたれの役割も果たす円筒状のクッションに囲まれて、べたっと横になった若君がお付きの使用人に膝枕させた格好で待っていた。

 そして我々を見るなり急に、膝枕された姿ではきはきと言った。

「もう嫌だ!」

「いきなりそんなことあります?」

 さすがに。

 さすがに今はまだなにもしてないとメガネと私はざわつくが、若君の急な不満は我々由来のものではなかった。

 ではなにがもう嫌なのかと言えば、当然と言うか、怒れる商人のことである。

「あの商人、ブルーメからきたそうだが。ゲーゲンを……この村で騎馬としている魔獣だな。あれを十も二十もよこせと言って譲らない。対価は払うからいい話だろうと。しかし、いい訳がない。ゲーゲンは湖水の民でも一人に一頭、我が身と引き換えにしてようよう飼い慣らせるものだ。ゲーゲンだけ渡しても構いはしないが、あれも魔獣だ。早晩食い殺されるのがオチだろうな。だがそう教えたところで、では飼い慣らした者ごと寄越せと言う始末。あれはなんだ。ブルーメの民はみなあの様に話が通じないのか」

 話をしながら色々と思い出したのか、イライラし始めた若君が「話が通じない」と言った辺りでテオとレイニーとシピがやたらと真っ直ぐにこっちを見たような気がしたが、じゅげむまでもが金ちゃんの陰からそっと心配そうに顔を覗かせているのはなぜだろう。

 効く。なにも言われていないのになぜかそれはものすごく効く。

 身から出たサビによりウッと良心に流れ弾を受け、たもっちゃんと私は話の中心を若君に戻すべくむやみに強い同情をよせた。

「よく解んないですけど大変でしたね。甘いものでも食べますか? ご飯の前だけど」

「よかったら疲れにいいお茶とかありますよ。大変でしたね。つらいときはつらいって言っていいんだぜ」

 我々は若君を気遣うように見せ掛けて、自分たちに向けられた話が通じないやらかし代表みたいな空気をどうにか薄めようと腐心した。この程度で薄まるものではないような気もする。

 ところで若君が言ってたゲーゲンってなんなのかなと思ったら、湖水の村で乗り物として飼い慣らすでっかいクモのことらしい。

 それでやっと気が付いた。

「あっ、ここは軍曹の村でしたか」

 なんかそれ、多分すごい前に見たような気がする。

 でっかいクモを軍曹と呼ぶのは恐らくこの世界ではメガネと私だけの文化だが、このインターネットに毒された呼称はなぜだか若君に好意的に刺さった。

「外の者もなかなか解った事を言う。ゲーゲンはいいぞ。厳しく鍛えて深く愛せば忠実に応え、そして何より勇猛だ。賢く、人や仲間と連携も取る。軍曹。いいな。ぴったりだ」

「意外にハマッてびっくりしてます」

 なぜ我々は軍曹を愛してしまうのか。

 根拠や理由を考えてみるとそんなには思い当たらないのだが、軍曹の愛称からはでっかいクモへの敬意的なものがにじみ出しているのかも知れない。

 お陰で、自らも愛馬ならぬ愛ゲーゲンを持つと言う若君の機嫌と姿勢も次第にどんどんよくなって行った。

 なんかちょっとほっとした。

 もうずっとこのまま、どことなく優雅な召使いのかたに膝枕してもらった若君と話し続けなきゃいけないのかと思った。

 我々は夕食に招いた側である若君にうながされ、適当な二組に分かれるとホストを上座にした格好で左右の壁にそれぞれ一段高く作られたムーディーな席に収まった。

 そうして、次々と運ばれてくる砂漠のお肉や魚や食物繊維など貴重な食材をふんだんに使ったお料理をふええといただいている。

 クモの話題で気分の浮上した若君も意外に気を配ると言うか、軽めのトークを回してくれるのでとても接待のおもむきがある。

「でも、ああ言うクモってこの村にしかいないって訳じゃないですよね」

 もはやおぼろげではあるのだが、人を乗せた軍曹の記憶を掘り起こしてみると見掛けたのはシュピレンだった気がするし、乗っていたのもハイスヴュステと言う印象がない。もうかなりあやふやで自信とかはないが。

 この私の問い掛けに、体を起こして円筒状のクッションにもたれ掛かった若君が、ざらりとした質感の半透明のグラスを軽く持ち上げるようにして答える。

「その通り。ハイスヴュステの民でなくともゲーゲンを騎馬とする者はある。数は少ないだろうがな。あの商人も、そちらに話を持って行ってくれれば互いに苦労せずに済んだが……。外のゲーゲンは湖水の村で鍛えたほどには懐かない。どうしてもうちのゲーゲンでなければと言うのも、解らなくはない」

「あっ、自慢だ」

「最後するっと自慢された」

 軍曹のことには若君全然謙遜しねーなと、たもっちゃんと私は離れて座ったそれぞれの席からやいやい言って突っ込んでしまう。

 ゲーゲンの話になるとなぜか急にバカになるじゃんと一瞬思ったが、よく考えたら若君そもそも謙遜とかしなさそうだったわ。

 まあそれで、意外と楽しくごはんを食べさせてもらっていたのだが、この夕食は本当に夕食だけで終わった。

 いや、ふわっとではあるものの、我々に用があって向こうから呼び出された格好なのだ。

 そしてその肝心の話は、あらゆる面でやかましい商人に面談の順序を譲ったためにまだ手付かずになっている。

 ビジネスディナーみたいな感じでその話もここで済ませるのかなと思っていたが、なんかそれは「今日は疲れた。明日だ、明日!」と、若君にしっしと手を振られめんどくさげに横へ押しやられてしまった。

 まるで我々がごねているかのような言われよう。理不尽。

 話あるんはそっちちゃうんかいと思わなくもないが、若君も粘り強さしかない商人とやり合っているのだ。色々削り取られてしまい、もうなにもかもムリって気分でいるのかも知れない。それはちょっと同情しちゃう。

 なんか元気出してくれよなと。体にいいお茶やおやつを安全だと思ったら摂取してねともりもりお渡しし、食事を終えて客室に引き上げ、寝る準備をしていた時になる。

 我々の前にじっとりと、思わぬ侵入者が現れたのは。

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