表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
537/800

537 無限に続く

 砂漠の民たるハイスヴュステの集落で、湖水の村は恐らく最も栄えていると言っていい。

 それは灼熱の砂が無限に続く環境下、束の間の安息を与えるオアシスであり、砂漠を渡る旅人たちの交通の要所となっているからだ。

 このために湖水の村には数多くの旅人が集い、商人が訪れ、活発に人の出入りがくり返される。

 だからこそ、と言うべきなのだろう。

 この砂漠には貴重な湖で、ワイルドに生息する魚を獲ることは地元に暮らすハイスヴュステだけの特権となっているそうだ。

 我々がこの事実を知らされたのはあとから。

 金ちゃんがばっしゃばっしゃと湖に入り、魚を追い掛け存分に遊び回ってからである。

「嘘やん」

 思わずそんな声が出た。

 いや言われてみればそりゃそうだの気持ちしかないが、なんかこう、嘘やん。

 我々はあせった。

 金ちゃんをさんざん自由にさせてからそれを言った現地のおっさんたちにできれば先に教えて欲しさはものすごくあったが、たもっちゃんと私はホントすいませんでしたと躊躇なく体をきっちり九十度に折り曲げた。

 これまでも数々の謝罪をくり広げてきた私には解る。こう言う時は先手を取らないとダメだと。

 ただ村のおっさんたちも騙し討ちみたいなつもりはなくて、「だから俺らがいない時に勝手に獲っちゃダメだよ」と、注意するように言いたかっただけだったようだ。

 荒ぶる金ちゃんはサケを獲るクマ的にダイナミックすぎて、銛を外してばかりいたので問題にはならなかったのだろう。助かった。人族の道具で魚に挑むトロールがおっさんたちにバカウケしていたのが功を奏した。

 そうする内になんだかんだと時間はすぎて、空もほんのり夕暮れ色に染まりつつある。

 結構経った感じもするし、さすがに商人の怒りと話も終わったやろと我々は族長の家へと戻ることにした。

 水の中に入るためハイスヴュステの黒衣を脱いで褐色の肌を多めにさらしたおっさんたちに今度は網でも貸してやるよと言われながらに見送られ、じゅげむやフェネさんは水辺で大人を手伝っていた地元の子供に手や尻尾をぶんぶん振って元気に別れた。

 どうやら金ちゃんがヒャッハーとしている間に地元の子供にせっせとまざり、魚の種類を教わって仕分けを手伝ってみたり、なにこれなにこれとジャマする内にいくらか打ち解けていたようだ。

 いっぱい覚えた! と報告するじゅげむに、また会えるといいねえとか言いながら、手をつないでのんびり歩く。

 ぽこぽこ置かれたブロックみたいに似たような家ばっかりの湖水の村で若干道に迷いはしたが、どうにか族長宅へたどり着きこの集落ではめずらしい大きく立派な門扉をくぐる。

 と、すぐさませかせかとものすごい早足で現れたのは若君だった。

 仮面から服から全身白の若君は、ハイスヴュステの黒い服を身に着けた何人もの使用人に囲まれて一人だけ文字通り異彩を放つ。

 そして待ち構えていたのかと言うほどの素早さで恐らく実際に待ち構えていた若君は、門を入ってすぐの所で逃げ遅れたメガネをがっちり捕まえ上半分が仮面に隠れた顔で言う。

「戻ったか! もう遅い、今日は泊まって行くだろう? 泊まるよな? そうか、泊まるか! それがいい! 俺を見捨てて逃げたんだ、そうしろ!」

 若君はマジでがっちりと片手でメガネの手をつかみ逆の手を肩に回してホールドし、急激に距離を詰めている。

 最後の辺りでなんかじっとり恨み言が聞こえたような気もするが、捕まえられた本人はもうそれどころではなかったようだ。

「えぇー……何これ……」

 たもっちゃんはなすがまま肩を組まれた状態でめちゃくちゃ暗い顔をする。あれはあれだ。ドン引きの時の顔だぞ多分。

 気持ちは解る。我々、コミュニケーション能力にバグをかかえた身の上で距離感が逆にバカな時もあるのだが、向こうからぐいぐいこられると「あっ、ムリです」と一瞬にして心が閉じる。ものすごく解る。

 しかし若君も初対面――と言っても、数時間前の話だが。

 最初に顔を合わせた時は腹と距離感を探り合い、ミスカに聞いて勝手にイメージしていたよりは傍若無人さが弱かった。

 それが急に若君っぽさを出してくるじゃんと思っていたら、その若君の後ろから例の商人がぎゃんぎゃんと「話は終わっていませんぞ!」と、やはり早足で現れた。

 私は思った。マジかよと。

 おっさんまだ全然元気なの?

 そしてやっぱりぎゃんぎゃんと怒った感じで噛み付いているの? 若君とかに。

 さすがに時間も経ってるし色々終わってるかと思ったら、どうやら全くそんなことはなかった。我々の読みが甘かったのだ。マジかよ。

 悪い意味でテンションの変わらないスタミナ無尽蔵みたいな商人を目の当たりにしたことで、若君にがっちり捕まって盾として使いこなされているメガネとは別の意味で私も引いた。

 もしかすると、と言うか恐らく確実に若君、我々が逃げ出しヒマを潰していた間中ずっとこの勢いで追い掛け回されていたのではないのか。嘘でしょ。なにそれきっつ。

 さすがにそれはかわいそうすぎない? と思わず同情してしまう気持ちと、いや、だとしてもちょうどいい場所にいるってだけで他人を巻き込む理由にはイマイチならないなと言う冷静な気持ちが心の中でせめぎ合う。

 でも、若君だしな。

 会ったこともない内に話に聞いて育ててしまったイメージとしての若君は、余裕で、悪気なく、理不尽に、面倒ごとを巻き起こし人を引きずり込んでくれそうな気がする。

 それに、人間てあれじゃない? 追い詰められると誰でもいいから道連れにしたい心理もあるじゃない? あるある。……ないの? 正直私は割とある。

 なぜなのか全く解らないのだが、考えれば考えるほど若君に親近感がものすごい。どうしても他人とは思えないまである。

 しかし、これは勝手なイメージだ。

 私は若君とロクに話してもいないので、自分の中にすでにあるダメな奴のイメージに若君を当てはめているだけの可能性が高い。そして私に最も身近なダメな奴のイメージは、自分とたもっちゃんである。

 だから私の中に生まれつつある若君への変な親近感はただの錯誤だろうなと頭で思いはしながらも、それはそれとして若君にがっちり捕まったメガネと、捕まえたメガネを自らと迫りくる商人の間にはさみ盾のようにうまいこと駆使する若君を、なんとなく「がんばれ」みたいな気持ちでしっかり安全な距離を取った上で見守ってしまった。


 そうして見守っている内に、うっすらと私にも少しずつ状況が解った。

 どうやら長いこと話していた割に、若君と商人の交渉はうまく行ってないようだ。

 そうでなければ商人がまだ話し足りないとばかりに若君を追い掛け回す理由がないし、若君も、「あっ、そろそろお夕飯の時間だ!」とか言って、すたこら逃げるはずもない。

 いや、実際にお夕飯の時間と言った訳ではないが、がっちり確保したメガネを引きずって「そうかそうか、夕餉を一緒に食べたいか。こちらも待たせてしまったからな、特別に席を設けてやろう」などと言ってはいたのでニュアンスとしては間違っていない。

 我々はこうして若君の一存で族長宅に宿泊することになったが、この扱いはまあまあ特別とのことだ。

 これは「どうしてそうなった」と言う顔で「どうしてそうなった」と言いながらシピが教えてくれたことだが、湖水の村の族長が自宅に泊めるのは親類や、たまに集まる各村の長とその供くらいのものと言う。

「ハイスヴュステでなく、知己ですらなく、いきなり訪ねた異邦の者を懐に入れるとは。破格の扱いだ。お前たち、今度は何をした?」

「解る」

 夕食の席を設けるために少し時間がいるらしく、我々はネコと一緒に族長宅で休憩していたシピやミスカに合流していた。

 そして泊まることになったし夕食も若君と一緒になったと知って、シピが片手を胃の辺りに置きながらどこなく内臓の一部をキリキリさせる感じでそんなことを言った。

 いやさすがに大げさすぎない? とは思ったが、すかさず解ると力強く肯定したのはテオだった。……そうか、解るか……。

 まあ、それはそれとして。

 この村の族長宅においそれと泊まれないのは本当のようだ。そのために怒れる商人も泊まれず、集落の宿へ帰されている。

 本人は話が終わるまで帰らんとごねていたのだが、もう付き合い切れなくなったのか若君に仕える若いのがタックル的にガッと行って担ぎ上げ、さっさと運び出していた。なんだかんだで筋肉は強い。

 また戻ってくるからな、と倒された悪役っぽいセリフを残し運ばれて行く商人。それを疲れた顔で見送る人々。よく見たら商人の部下に扮した隠密もその中にまざってしまってたが、あっ、違う。あれ雇い主だった。と思い出し、あわてて若君に礼を取ってから運搬される商人を走って追い掛けていた。

 ざっくりとした感想ではあるが、あいつの仕事ちょっと大変すぎると思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ