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536 砂漠のオアシス

 結局、若君との面談は怒れるおっさんに先を譲って我々はおとなしく待つことにした。

 まあ、その間に湖水の村を観光してもいい訳ですし。交通の要所となっている砂漠のオアシスってなんかわくわくしちゃいますし。

 いや決して、観光したいから順序を譲った訳ではなくてですね。決して。

 商人のおっさんもさあ。

 若君になんの用かは知らないが、ぎゃんぎゃんと常に怒鳴るみたいに話すからさあ……。

 もしかすると本人はそれで普通なのかも知れんけど、聞いてるこっちは嫌じゃない?

 体格としては大柄と言う訳でもないのだが、まるで上から押さえ付けるみたいに大きな声を浴びせられてしまうと、やっぱりふええとなっちゃうって言うか。引いてるよ私は。

 それでもう、用があるなら先に話してもらえばよくない? と、一緒にふええとしているはずのメガネのほうを見てみると、やはり恐いしもういいんじゃないかと思ったのだろう。

 たもっちゃんは同意を示すかのようにこくりと私にうなずいて、それから商人と若君に「いいですよ」と答えた。

 わかる。そうよね。

 ここで変にもめるより、外出て時間潰すほうがいいもんね。

 と、私は同じ思いを共有するメガネが戦略的撤退に踏み切ったのを内心でほめていたのだが、なんかこれは都合のいい誤解だった。

 その認識違いが判明したのは少しあと。

 じゃーちょっとお外散歩して、適当に戻ってくるかんね。と、族長宅を抜け出して湖水の村を守るように張り出した白い岩盤の屋根の下、砂岩のブロックを組み合わせたみたいにぽこぽこ並んだ家々の間をふらふらと歩いている時だった。

 なお、不用意なアルコールの摂取によって色々と不安がありすぎるミスカと、静かにぐでぐでのミスカを放っておくとロクなことがない気がするとめちゃくちゃ苦い顔で申告したシピは族長宅のネコたちも入れるお部屋でゆっくり休息してもらっている。

 私もそちらにまざっていたい気持ちはあるが、おめーが残るとネコが休まらないだろとメガネに連れ出されてしまった。

 こっちも根が素直なもので、そんなことないもんとは反論できずおとなしく散策に加わっている。嘘だ。出掛けに柱にしがみ付くなどの反抗はちょっとだけした。

 砂漠に囲まれた湖水の村の、岩盤の屋根に守られて広く日陰になった集落。その遥か頭上に差し掛かる白い岩のふちからはとめどなく、豊富な水が雨のように落ちている。

 ざあざあと止まらないノイズのようなその水音を聞きながら、たもっちゃんは集落のあちらこちらで旅人向けに商売している屋台の一つで串を刺して焼いてあるはちゃめちゃにカラフルな魚を手に入れて、それを全員に配りながらに「いやいや」と首を横に振る。

「隠密が潜入してるくらいだし、何かやべえ事あんのかなと思って。だとしたらさ、仕事の邪魔したら駄目じゃない? 素行とか、犯罪とか、調べてるんだったら商人のしたいように泳がせといたほうがいいかと思って」

「嘘やろメガネ」

 怒れる商人とケンカせず、撤退したことに私が「わかる」と同意を示すとこれである。

 お前あれか。そんなことまで考えておっさんに順番譲ってたのか。

 以心伝心かと思ったらなに一つ違った。

「ええ……たもっちゃん……。そんな……たもっちゃんにそんな察しのいいことできんの……? あのおっさんのパワハラムーブでふえんふえんしちゃっただけじゃねえのかよ……」

 初対面でよく知らないから大体の感じでハラスメントと決め付けちゃうけども。

 我々、空気はなに一つ読めない割にそう言う圧力高めのムーブメントにはふええと敏感な訳じゃない? 肌に合わないと言う意味で。

 それに屈したんなら解るんだよ、ものすごく。なぜなら私がそうだから。

 でもなんか、なんかさあ……。そんなちょっとした賢さと察しのよさ、そしてその上に成り立つ空気を読む能力を急に発揮されてしまうとさ……。

 長年の付き合いで自分とどっこいどっこいでダメな奴だとよく知っている、はずの、幼馴染がまるで知らない常識人のようだ。

 なぜだろう。引いちゃう。やだあ。置いて行かないで。

「やだあ……たもっちゃんだけ一人で大人にならないで……。やだあ……こう、なんて言うの? なんとなく相手がしつこくてめんどくせえから逃げたって素直に言ったっていいのよメガネ……」

 今まさにしつこいのは自分だなと思わなくもないのだが、お前はもっと頼りないはずだと食い下がる私にメガネは「うん」とうなずいた。

「正直ちょっとそれもある。恐いじゃん。怒鳴られるの。嫌だよね。普通に」

 よかった。やはりお前は私の同類だ。

 ダメなのは自分だけではないのだと心の底からほっとして、少し落ち着いたのだろう。私はここで、串をにぎりしめたままでいる焼き魚の存在を思い出す。

 冷めない内にと気持ちを向ける余裕ができて、がぶりと大きく噛み付いた。おいしい。魚なのになぜかもちもちとしている。それでいてしつこくはなく、噛むほどに旨味がじゅわじゅわと出てきた。

 私やメガネは立ったまま「なにこれ」「マジ何これ」と魚について語彙力の消滅した感想を言い合っていたが、すぐ近くには砂岩めいた質感の、座るのにちょうどよさそうな横長く四角い石がある。

 恐らくベンチとして設置されているそれにレイニーが座り、かぶり付いていながらに品よく魚をいただいていた。

 その隣ではじゅげむが両手で魚の串をにぎりしめ、そのさらに隣にはやはり焼き魚を手にしたテオがいる。フェネさんはテオのすぐ横で、座面を汚さないように配慮してのことなのか、どうやらテオの着替えのシャツを広げた上へ焼き魚と共に載せられていた。

 金ちゃんは少し別枠で、もうすでに一匹目を胃袋に消し去り、なんとなく物足りない感じを出しているところだ。そんなトロールの雰囲気に、次の魚を得るために屋台を襲撃しかねないと危惧したメガネが先んじて追加の焼き魚を何匹か購入。ことなきを得る。

 そうしてしばらくカラフルな魚の焼いたやつに夢中になって、全員が食べ終え、たもっちゃんがゴミになる魚の骨や串を回収し始めた頃。

 食べ終えた串と骨の残骸をメガネに渡していたテオが、なぜだかじっとその顔を真正面から真剣に見詰めた。

 テオのこの行動に、もう見慣れてはいるけども改めてイケメンの波動を真正面から浴びせられたメガネが「えっ、えっ、何? やだ。何? 恋? 恋始まってる?」と、ムダにどぎまぎしていたが、時間としては十数秒程度のできごとだ。

 それから、なにか思い詰めたみたいに真剣で、どこか物憂げな灰色の瞳を私のほうへひたと移してテオは言う。

「……考えていたんだが、友が大人になるのを嘆くより自分も一緒に大人になろうと考えるのがより良い道ではないだろうか」

「もしかして、食べながらずっとそれ考えてました?」

 ちょっと時間が空いたから解りにくくなってるが、恐らく、さっき私がメガネに対して一人で大人にならないでくれと泣き付いた件へのコメントだろう。

 ……いや、私もね。テオすげー静かだなとは思ってたんですよ。一人静かに、どこか思い悩むかみたいに神妙な顔で、手にした魚のこんがり焼けた頭の辺りを見詰めつつやたらと真剣に食べてるなって。

 まさかそんなどうでも……いやどうでもよくはないかも知れないが。

 なんかそんな……そんな……なんかこう、言ったところで私にはできそうもないことをずっと考えていたとは……。

 魚を綺麗に食べるくらいの時間ではあるが、まあまあ長いこと考えてくれてたじゃん……。熟考じゃん……。

 ありがとね……私にはできそうもないけども。

 こうしてなんだか真剣に、人としてのありかたを真面目なテオに熟考されてしまった私だが、そのびっくりするほどの正論は「まあまあまあ、人には向き不向きがありますし。ねっ。人それぞれみたいなとこもありますし、ねっ」と、くそほどテキトーにうやむやにして横に置き、さあさあとりあえず次行きましょと湖水の村の散策に戻った。

 まあしかし、砂漠の湖畔にある村だ。広いと言っても限界がある。

 我々にもまだ成長の余地があると信じてたのに裏切られ、頭上の岩盤と湖の間に見えている青い空を遠く見上げて天気がいいなあと現実を拒絶しているテオを連れ、立ち並ぶブロック状の建物をすり抜け入り組む路地をしばらく歩くとすぐに端に出てしまう。

 ざあざあと水を落とす岩盤の屋根も集落の全てをカバーしてはいないから、うっかり日向に出て行くと砂漠の日差しがジュッと音を立てて肌を焼く。いや、音はしない。あまりに暑くてそんな感じがするだけだ。

 食べ物もなくなり早々に散歩に飽きた金ちゃんが不思議に青い湖で魚を獲っていた地元のおっさんにしっくりなじみ、ほとんど奪い取った銛を構えてヒャッハーとカラフルな魚をばっしゃばしゃに追い掛け回すのをなんだかのどかな気分で眺めたりして時間を潰した。

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