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535 のぞき見トーテム

 異世界の隠密、我々に実装された自動翻訳とのかね合いで口調がなんかの体育会系みたいに聞こえちゃう問題。

 もうだいぶん前からいかがなものかと我々の中で物議をかもしてはいるのだが、ここへきてまたこう言うことをする。

 ええ……? 隠密、こんな砂漠の村にまでいんの?

 お仕事マジ大変じゃんと我々はつい、湖水の村の族長宅のちゃんとしている使用人の人たちがしっかり閉めて行った応接室の扉を少しだけ、細く開いて外の様子をうかがった。

「やだぁ。ほんとにいる」

「でもさあ、たもっちゃん。二人いる。客っぽい男の人二人いるじゃない? どっち?」

「あのねー、中年の恰幅のいいほうが普通の……いや普通って言うか商人で、これが先に怒鳴ってた人ね。それで、別にそんな若くもないけど部下っぽいほうがそうみたい」

 外の様子をうかがいながら、そんな会話をひそひそ交わすのはメガネと私だ。よくない。多分こう言うの。

 ほら、お行儀とか。戸口にこっそり集まって細いすき間に顔を集めてトーテムポールのように盗み見る感じ、とてもよくない。解ってる。

 でも好奇心が勝ってしまった。

 だってそこに隠密がいるので。

 我々が勝手に呼んでいるだけって気もするが、隠密って響きがまずときめくじゃない?

 あと、なんだかんだで縁があり色々と世話になってたり愛着が出てしまいなんか「おっ、元気?」みたいな気持ちになるの。

 そらレイニーもフルーツ食べる手を止めて、なんかいるなと気い取られるわ。解るよ。

 一応言葉にするとなんとなく差しさわりがあるのかなと配慮して「隠密」の言葉は口にせず、小声でふわっと確認したところ最初に怒鳴って若君を探していたのはどこかの商人で、隠密はその部下として潜入しているようだった。

 どんな目的で潜入しているのかは知らないが、機嫌の悪い雇い主の不興を買わないようにすかさず「失礼っす!」と同調して見せる、教養と言うものをまるで感じさせない合いの手。プロである。

 さすが隠密。すごい大変そう。

 なんだかやたらと深い同情と、空気を読む能力がないとやって行けないんだろうなと感心するので忙しく、私がその違和感に気付くのはメガネと一、二分、ひそひそと会話してからのことだった。

「たもっちゃん」

「んー? なぁに?」

「私さ、あの人の顔、なんか解るんだけど」

 そう、解るのだ。

 いや普通に人の顔は解るものなのかも知れないが、隠密に関しては少し特殊な事情があった。

 印象に残らないように、けれども不審を招かない程度の。ちょうどいい感じに人の注意を散らす、隠匿魔法と言うものを隠密は常時うっすら身にまとうのだ。

 そのせいで我々も口調で隠密だなと判断しても、誰が誰だか解らない。

 それなのに、今、応接室の扉の外でやいやいとうるさい主人に同調し、そうっすそうっす! と騒いでいる隠密はなぜかどんな顔なのかはっきりと解った。

 まあ、隠匿魔法もレベル差で人によっては見破られることもあると聞く。ただし私は草しかむしってない村人レベルの冒険者なので、このケースには当たらない。

 ではなぜ魔法の効果が現れず、顔が解ってしまったか。

 それは、

「いや、あれ皇国で会った奴じゃない? それで顔解るんじゃない? ほら、最初に魔法が効かない所で会ってるからさ。対象がそう言うものだと知ってると、隠匿魔法の効果が無効になっちゃう縛りあるじゃない?」

 多分それだよとメガネが言って、じゃあそれだわと私はざっくり大体の感じでうなずいた。

 だってほら……自分がまともに使えないこともあり、魔法についてはよく解らないままきてるので……。

 そう言うもんだって言われたら、そうなのかなって。

 結局あんまりよくは解ってないのだが、とりあえず私は「なるほどね」などと言いながら、やたらとキリッと解った感じをかもし出しておいた。

 我々は一応、あんまり中身のないこの会話をできるだけ、小さな声でひそひそと交わした。

 すぐそばで、と言うか扉のすき間から外をうかがうメガネと私の上側でトーテムポールの一員となっているテオも、皇国で出会った隠密に心当たりがあったのだろう。「あれか……」と小さく呟いて、よく整った顔面をなぜだかぎゅっとさせてはいるほかは誰にも聞こえていないはずだった。

 いや、トーテムポールには参加せず、すぐそこで長椅子に腰掛けフルーツをいただいているレイニーがいるけど。あと、じゅげむもトーテムポールの一番下の顔として一緒に外をうかがっているが。

 しかしそうして戸口に集まったこちら側は別として、この応接室の外側の、通路の少し離れた位置でわあわあ騒ぐ商人やその部下の隠密。そしてその言いぶんを一応聞いている若君や使用人たちまでは、こちらの声は届いていない。これはほぼ確実に断言できた。

 なぜなら、噛み付くように文句の止まらない商人の声が誰よりもわあわあと一番やかましかったので。ほかの音はなにもかも打ち消される勢いだったのだ。

 それなのに、不思議だ。

 どうして彼は気が付いたのか。

 我々が細く開いた扉に隠れ、ひそひそと特になんの実りもない会話をしていると、ふと。

 本当に、なにげない様子で。

 商人の部下に扮した隠密の男が、視界の端でなにかが動き、気になったとでも言うような様子で。

 雇い主の商人をはさみ、若君たちと相対している立ち位置で、彼はほんの少し顔を横に動かした。つまり、こちらに。

 瞬間、ばちりと目が合ったのが解る。

 ここまで、その声が聞こえてきた訳ではなかった。けれども。

「えぇ……?」

 と、確実に。動揺で気持ちと視線を揺らしつつ、薄く小さくうめくのがわずかな口の動きから読めた。

 もしも絶望について知りたいのなら、彼の顔を見るといい。すげえから。

 人の顔見て一瞬で、なにもかも希望をなくしたみたいなこの空気。どうかと思う。

 まるでこれまで我々が、うまいこと隠れたりあんまり隠れてなかったりの隠密に、ひどいことしかしてきてないみたいじゃん?

 ひどい。逆に。なんとなくひどい。

 やだあ。

 あのリアクション見た? 傷付いちゃった。なんかアタシ、傷付いちゃった。ただ正直ちょっと心当たりはある。

 みたいなことをメガネと私はお互いにひそひそと首を振りつつ言い合うが、でも潜入のお仕事中なのに明らかな絶望顔で動揺してる隠密にさすがになんか悪かったなみたいな気持ちにもなった。

 それで扉を細く開いたすき間から、ジャマしない。ジャマしない。おとなしくしてる。と言う、無害の思いと主張を込めて小さく手を振りどうにか安心させようとした。

 多分、これが余計なことだった。

 あちらの集団からすると、ぎゃんぎゃんとまだなんか言っている商人の横で、それまで一緒にぎゃんぎゃんしていた部下が急に黙り込んだのだ。

 これに若君が気が付いて、どうかしたかと隠密が見ているほうを振り返る。

 すると文句の止まらない商人も、自分が話している最中に若君はどこを見ているのかと不審な顔で視線を向ける。

 そして注目の集中した先にいるのは、扉のすき間から完全にのぞき見の体勢で手を振っている我々である。

 そりゃあね。怪訝な感じになりますよね。

 若君とか、若君お付きの使用人の人とか、もうすでに機嫌が悪くてずっと怒ってる商人のおっさんもさすがにね。


 変な所でたまたま会った隠密にすき間から手を振っているのが露見した、のぞき見トーテムポールたる我々。

 しかしこの、なんで手え振ってんの? 誰に? 知り合い? どんな関係の? と言う、突っ込まれたら答えに困るしかない部分については誰も気にしなくてセーフだった。

 いや、セーフって言うか、セーフでもないけど。

 なんかね、我々がタテに顔を並べているのがついさっき若君が出てきた応接室の扉だと気付いて、すぐ怒るタイプの商人が「うちよりあれを優先したのか!」と改めて怒りをぷりぷり爆発させたのだ。で、もうそれどころじゃなくなった。助かっちゃいましたね。

 と言っても、隠密を隠して隠密している隠密との関係がスルーされたと言うだけで、ずっと怒っている商人のぷりぷりとした矛先はしっかりこちらにも向いている。

 そのため絶対そちらよりうちのほうが有益なはずと、強気な商人に順序を譲れと迫られることになるのだが、相手は最初から最後まで怒ってなかった瞬間のないおっさんだ。

 まあまあの理不尽さを感じると共に、そらそうなるやろなみたいな納得もある。

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