533 新鮮なおどろき
まあね。でもネタバレもね、あれだよね。
不安や心配を減らしてくれる側面もあるが、新鮮なおどろきはどうしてもないよね。
そんな気持ちで我々が、酩酊と言うほどではないのかも知れないがまあまあアルコールの影響を受けているミスカにいい加減にしろよとキレながら体にいいお茶をがぶがぶと飲ませ、誰よりもフルーツを消費していた金ちゃんがなんとなくぐらんぐらんと眠そうに、しかしまだこりず族長宅の応接室で飾りのようにテーブルに置かれたフルーツに手を出そうとしているのをもうやめとこうとわちゃわちゃ阻止したりする内に、湖水の村の若君がやあやあと我々の前に現れた。
恐らく使用人なのだろう。
なんだかしゃらりと飾りの多いハイスヴュステの黒い衣装に身を包む褐色の肌を持った人々をぞろぞろと連れ、その真ん中に守られているのは恐らく彼らと同族の二十代から三十代前半と言った様子の男性だった。
見た感じの年代が非常にふわっとしすぎているのは私の観察力の問題もあるが、その人が目元を隠す白い仮面を着用しているせいもある。
また、なぜか。
ハイスヴュステは自ら織り上げる特殊な黒布を民族衣装とするはずなのに、彼だけは輝くような白布に金の糸で刺繍を刺したどう見ても特別な服を身にまとう。
まとめると、白い仮面に白い服。
間違いない。変態だ。
私はうっかり一瞬でそんな偏見をいだいたが、全身白なら変態と言うのは本当になにも根拠がなかった。本能的な偏見である。よくない。
こうして、集団になじめないタイプの私ですらも「こりゃー浮くぜ」と確信に近い所感を持って、若干引いた気持ちにさせたこの男性が湖水の村の若君だった。そんな気はしてた。
しかし、初対面でありながらなんだこいつと引き気味なのはきっとお互い様だったのだ。
湖水の村の若君は目元を隠した仮面の下で、応接室の壁際にぐるりと置かれた長椅子の、やたらとたくさんのクッションが置かれたその上に遠慮なく横になりだらだらくつろいでいる我々を見た。
そして本当に解らないと言うように、「どうした」とストレートに口走り戸惑っていた。
まあ、普通。普通はよ。
えらい人のお屋敷で、こんなにだらだらとはしないし、できないものらしい。
……いや、我々もね。くつろいでるって言うかね、もうやってられるかと力尽きているのもあるのはあるの。
でもまあね。解る解る。そうよね、解る。
普通はね。そうよね。
そら若君だって戸惑うし、水分補給に与えられていた冷やしたお茶の入ったカップを即座に置いて「こんにちは」と誰より早く深々と頭を下げて挨拶していたのはじゅげむだ。
えらかった。じゅげむは誰よりもえらかった。
我が家の常識人であるテオも若君が姿を見せるまでに何度も「おいだらけるな」と長椅子に倒れ伏した我々に注意はしてくれていたのだが、酔っちゃったと言い張るフェネさんに元気いっぱいに貼り付かれ、さらにいよいよ眠くなってきた金ちゃんがなぜかずっしりより掛かっているので身動きの取れない状態でいたのだ。
きっと慣れない場所で無防備になるのを恐れた金ちゃんが、安心して背中を預けられるのはテオのほかになかったのだろう。なにその信頼。これはもうね。仕方ないですね。
と、まあ。こう言った感じで。
我々もね、ガン見のネタバレで変に緊張せずに済んだのはよかったが、もうちょっと礼儀ってもんがあったのではないかと反省はしています。
ぐったりだらだらと倒れ伏していたメガネと私。元々ちゃんと座ってはいたが本当にただいるだけなので特になんのフォローにもならないレイニーに、すでにびしりとご挨拶したじゅげむ。自分の頭から引きはがしたフェネさんを小脇にかかえ、より掛かる金ちゃんの下から這い出したテオがなぜか付き合ってくれるのに甘えつつ、我々は座り直した長椅子の上で深々と頭を下げた。
「すいませんでした」
謝罪にはイスから立ったほうがいいのかなみたいな思いもうっすらあるが、若君が「うーん、まぁ。楽に」と座るよう勧めてくれたところへほとんど反射で「あ、はい」と答えてしまってなんかこう言う感じになった。
でももしかすると勧められても一回は遠慮するのが礼儀的なアレだったみたいな可能性もある。マナーにはそう言う罠があるんでしょ。テレビとかで見た。もうダメだ。なにをやってもきっとダメなんだ我々は。
たもっちゃんのネタバレで変に安心したことがどう考えても敗因である。
じゃあそれがなければ無事かと言うと、会ったこともないえらい人のお家にアポを取るかアポなしで初めて行って見るからにちゃんとしたお家の人にあわわわと用件を伝えて会ってもらうと考えただけでガチガチに緊張してテンパったあげくなんかいらんことしてしまうのがまるで見てきたように目に浮かぶ。絶対にやる。私には解る。
そんな、どちらにしても負け戦。みたいな。
暗澹とした思いによってどんよりと、同時にあきらめのような気持ちでふええとしている我々に、湖水の村の若君は使用人が運ぶ飲み物が行き渡るのを待って言う。
「そう緊張せずともいい」
「緊張はしてないんですけどね……」
「反省をね、してるんす……」
たくさんのクッションに埋もれるようにして、長椅子に座り直したメガネと私がぼそぼそと答える。
それに「ふふ」と若君は、吐息のような笑い声をこぼした。
「確かに、あぁもゆったり待たれていたのは初めてだ」
「もうやめてぇ……」
追い打ちかな? 追い打ちなの? と、ちょっとだけ逆ギレみたいにめそめそしたメガネに、白い仮面から見えている若君の口がはっきりと笑う形にほころんだ。
「いや、待たせたのはこちらだ。気にする事はないと言いたかった」
鷹揚に告げる若君の、その言葉は恐らく本心なのだろう。
少なくとも、我々にはそう受け取って欲しいみたいだ。
さすがに我々は長椅子に腰を下ろした格好で、もう決して。決して寝そべるまいと心に強く誓っていたが、逆に湖水の村の若君はゆったりと大量のクッションにより掛かり、下になった片肘で体を支える格好でいた。
今度はそっちがくつろぐんかいと思ったが、客の前でゆったりと横になって見せるのは「警戒していない」と示し、そこから転じて「歓迎している」と表現する意味があったりなかったりするそうだ。
あったりなかったりするのはそもそも長椅子などがない家もあるし、地域とご家庭にもよるらしい。よかった。砂漠の民の間でもかなりローカルルールのようだ。
「アルットさんのとことかで誰も寝そべってなかったから一瞬心配しちゃった……」
ほっとした気持ちで思わず呟く私に、真顔のメガネが「マジでそれ」と同意する。解る。
まあそれはいいのだが、だから、湖水の村の若君は我々を歓迎しようと態度で示しているようではあった。
なぜか?
用があるからだ。
たもっちゃんのネタバレによれば、切り立った砂漠の谷底に隠された水を簡単に組み上げる魔道具が欲しいからだろう。
と、言うような気はするのだが、なんとなく。本当になんとなく、それだけでもない感じがなくもない。
若君は、ハイスヴュステの民族衣装にも使われる刺繍で絢爛に飾った長椅子に、ゆったり体を横たえて全身白でまとめた服に目元を隠す白い仮面でひっそりとほほ笑む。
そして、そんな、どこまでも正体と表情の解りにくい出で立ちで、しかしなぜだかありありとおもしろがる空気を出している。
――と、私には思われてならない。ホント、なんとなくではあるのだが。
なんかさあ。
自分で言うのもどうかと思いはするけども、我々をさあ。余裕たっぷりにおもしろがれる人間は、なかなか食えない感じがするじゃない?
だって我々なんですよ。
この、生まれも育ちも地球産。異世界の常識が通用しない我々を。
異物として排除しようとせずに一旦受け入れてくれるのは助かるが、その裏には打算があるか、知的好奇心が暴走しているか、この世に恐れるものなどなにもなくどう転んでも対処できるとおごっているかと疑ってしまう。
私の頭には今、我々から出てくる知財権を余すことなく利益にしようとするローバストの事務長とか、初めて会った時にメガネのめずらしい料理とかに食い付いてうっかり深入りしてしまったルディ=ケビンとか、おごっているのとは少し違うがなぜかメガネにぐいぐいなついて逆に雑に扱われている某王子のことが思い浮かんで仕方ない。
でも我々があまりに頼りなく、心配すぎて面倒を見ようとしてくれたテオとかもいるのでただただ人がいいって線もある。
今さらだけど、テオいつもありがとね……。




