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531 湖水の村

 ハイスヴュステは砂漠の民である。

 砂漠の民はその名の通り砂漠に暮らし、乾いた強い風により刻一刻と姿を変える砂の世界で水辺を守り生きる人々だ。

 砂漠に点在する集落の内、水源の村と呼ばれる場所が水の始まる場所ならば、湖水の村は砂漠を裂いて川となり流れ着く水の終わる土地となる。

 水源地からしみ出してじわじわ増えて行く水は、やがで川となって渓谷を作る。そうして深い谷底に隠されて砂漠の村々をうるおしながらに流れ着いた水が、湖水の村へと流れ込みベージュの砂地と切り立った白い岩盤の生み出した大きな湖を作るのだ。

 村の名前を聞いたことはあった。

 しかし実際に足を踏み入れて、我々はただただ圧倒された。

「文明がまぶしい……」

「めっちゃ人がいる……」

 思わず呟くメガネと私を取り囲んでいるのは、村と言うよりちょっとしたにぎわう町のような喧騒だ。

 シュピレン近郊の小屋ミッドから隠匿魔法で包んだ船で飛び、湖水の村の近くでおりて灼熱の砂漠の上を歩く――かと思えば全然そんなことはなく。

 たもっちゃんがやってられるかと障壁で砂地の上に通路を作り、レイニーが周りをエアコンで包んだ状態でえっちらおっちらたどり着いたのが今である。

 そして、なにこれ。なんか思ったのと違う。

 と、目の当たりにした湖水の村の発展ぶりに「ふええ」と弱々しいうめき声を上げていた。なにこれ。

 湖水の村の風景は、ちょっと見事と言うほかにない。

 やはりまず、水である。

 乾いた砂漠のベージュの砂地に唐突に、不思議に青く豊かな水をたたえた湖。

 少しいびつな円形の、その水辺の周りには背の高い木々がたくさん生えてあちらこちらに日陰を作る。てっぺんにリボンのように平たく長く固い葉っぱをしげらせて、砂漠の風にあぶられながらゆさりゆさりと揺れる姿はどうしてなのか涼やかなように思われた。

 そんなたくさんの木々の作る日陰には、旅人が家畜を休ませる。

 まあ、それも異世界だ。馬やウシ、もしくはラクダのような動物ばかりでなくて、もっとほかにも様々な、動物かどうか解らないものも多くいる。けれどもそれらに共通するのは、大切な旅の足だと言うことだ。

 乾いた砂漠の真ん中で、集う命あるものに惜しみなく恩恵を与える水辺。

 それだけでもこの集落は間違いなくオアシスでしかないのだが、我々がいるのはまだ湖水の村の入り口だ。

 湖水の村の壮観な景色は、そのずっと奥。

 けれども離れていても解るほどに堂々と、夏の砂漠の強い光をきらきら白くはね返す。

 砂漠の果てに線を引くように、砂漠の川の向こうには白く鋭い岩壁がずっと途切れず水源からこの村まで続く。

 けれども湖水の村へと近付くごとにその背丈は低くなり、大きな影を落としつつまるで倒れ掛かるかのように。今まさに倒れている途中であるかのように。

 ゆるい傾斜を持ちながら、白く広がる屋根めいて湖の上空に張り出していた。

 代わりに、水源の村から水を運ぶ川底は地面よりいくらか高く持ち上げられて、湖に張り出す白い岩盤のひさしからざんざんと大量の水をはげしい雨のような勢いで地上に向かって落とし続ける。

 しかもそれは自分の頭を右から左へめいっぱい動かしても足りないほどにスケールが大きく、その岩盤の屋根の下、えぐれたように奥まった日差しの届かぬ湖のほとりに砂岩のブロックをくっ付けたみたいにぽこぽこと四角い家々がいくつもいくつも連なっていた。

 なんだか大きな波の作り出す、今にも閉じようとしているトンネルに人の暮らす集落が作られ、飲み込まれようとしているみたいに。

 なんだかひやりとするような気分で、ちょっとだけ恐い。なんだか一瞬と永遠がバグったみたいにごちゃまぜの、不思議な世界に迷い込んだ気分だ。

 その風景をぽかんと見上げる我々の口からは、いつまでも勝手に「ふえー」とこぼれる声が止まらない。だがこれはメガネや私、金ちゃんに肩車された状態で日よけのクソダサ革製品を装備したじゅげむだけのことである。

 テオも圧巻の光景に目を奪われてはいたものの常識人の常識がジャマをしてさすがに声は抑えていたし、レイニーは「まぁ、神がお作りになった世界ですからね」と、なぜか自慢げに澄ました顔をつんと上げ矮小なる人間を見下ろした。あと金ちゃんは金ちゃんなので、わさわさ揺れる木の下で色あざやかなフルーツを積み上げ売っている屋台を急襲するので忙しい。やめて。

 シピやミスカは元々砂漠の民なので、湖水の村にもこれまでに何度かきたことがあると言う。

 だから改めておどろいたりはせず、慣れた様子で「こっちだ」とネコの手綱を引きながら村を案内してくれた。頼れる……。

 我々は熱い日差しをまともに受ける砂漠のほうから集落へ入り、シピとミスカとネコたちのあとから行き交う人や物をすり抜けながらにぞろぞろと歩いた。

 大波めいた岩盤のひさしはまだ遠く、太陽が頭の上から降りそそぐ。

 砂漠に青く水をたたえる湖は大きくて、その面積の半分以上は岩盤の屋根から飛び出て太陽の下だ。水面はきらきら強く輝いて、その豊富な水の恩恵でそこらじゅうに生き生きと植物が花を付けている。

 なんだこれは。

 夏だから正直どこにいても暑いのは暑いし、砂漠は特に命の危機を感じる。

 けれども空気が乾いているからか、それとも湖を吹き抜けてくる風があるからか不思議とすごしやすいようにすら思う。

 レイニーの謎革日傘にむりやり入れてもらいつつ歩きながらに辺りを見れば、それほど大きな建築物はないようだ。頭上にかぶさり水を落とす岩盤を除いての話だが、どうやら村で一番背が高いのはそこら中に生えている乾燥と日差しに強い木々だった。

 しかし水辺にそって平面的に、そして岩盤の屋根の下ではその壁面にくっ付くように広がっている集落がさかえていないと言えば嘘になる。

 どこもかしこもにぎわって、ベージュの砂地に青い水辺と緑豊かな植物の感じがまるでどこかのリゾートのようだ。

 我々が知る砂漠の村は、アルットゥのいる水源の村とシピの実家がある深淵の村だけだった。

 けれどもどうだ。それらとここは、あまりにも違う。同じ砂漠の民でありながら、なんと言う格差。

 たもっちゃんや私はそんな衝撃で別の意味でも「ふええ」としたが、この理由は聞いてみれば単純なことだ。

 テオの肩でフェネさんが、ふっさり白い尻尾を揺らして興味津々に身を乗り出して問う。

「ねー! にんげん多いね! いっぱいいるね! お祭りなの? 我ね、祀られるの好きよ!」

 我、素敵な神だから祀りたくなるのも解るよね! と、はしゃく小さなキツネに対し、少し頭をかしげながらも「祭りではないなぁ」と答えてくれるのはシピだった。

「湖水の村は砂漠の外からシュピレンへ行く客が、途中で立ちよる中継地点になっている。それで人や物の行き来が多い。水や食料の補給もするから、落として行く金もな」

「格差社会じゃん……」

 知ってた……。それ内心で思ってた……。

 でももうこうなると、うっかり声にもしっかり出ちゃう……。

 ほかの集落から一番遠く、そもそも現金収入がないし針一本を手に入れるにも苦労する水源の村のことを思ってしまう。格差よ……。

 それもこれも湖水の村が砂漠の賭博都市たるシュピレンと、砂漠の外とを往来するルートのいい感じの場所にあるのが要因だ。砂漠に突如現れるオアシス。助かるよね……。

 また、我々が水源の村から直接船で飛んでこず、一度シュピレン近くにドアのスキルで移動した理由もこれだった。そちらのほうが早いし近い。ただ砂漠はすごく広いので、比較的、と言う話ではある。

 また、湖水の村があるのはシュピレンをはさんでブルーメとは逆側だそうで、以前コロシアム帰りのテオを連れブルーメに帰った時には通り掛からなかったとのことだ。

 そんな事実とうっすらと悲しい思い出を聞きながら、しかし私はまた別のことを考える。

 ねえ、フェネさん。

 よく考えたらいるのが普通になってきて先日アルットゥに会いに行った時にも特に紹介とかせずにぬるっと一緒にずっといたのだが、なんかしゃべる動物として普通に受け入れられている。助かる……でもなんで……。

 説明すんの忘れてた我々が言うことでは多分ないのだが、動物しゃべるってびっくりするじゃない? なんでこんな普通なの?

 と、ふと急に不思議な気持ちになっていたのだが、違うわ。これ我々が、分体ではあるもののフェネさんが元は魔獣で力を付けて人語を解し神を自称してるのを説明するのを忘れたために、逆に。逆にね、獣族の子供とでも思われてるんじゃねえのか説がある。

 そう言えば、シュピレンでも誰も突っ込まなかったな……。だとしたら我々、獣族の子供を全裸で連れ回してるとでも思われていたのか。やべえじゃん。我々の人間性とかが。

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