530 頑丈な波動
自らも若いながらに幼い子を持つニーロによると、私の抱っこは順番待ちらしい。
「おばばがな、お前から頑強さがしみ出してる気がするから預けておけば丈夫な子に育つかも知れんと言ってな」
「アトラクションではなかったか……」
ほんの一瞬ではあるものの、もしかして私、大人気。みたいな夢を見てしまったせいなのか。
なんとなく残念なのはなぜだろう。寂しいね。
この、ニーロの言うおばばとは砂漠の民たるハイスヴュステのこの村でみんなから頼りにされているらしき、怪しくがめつくそれでいてサービス精神旺盛な呪いの得意な老婆のことだ。
精霊と対話して人を尿路結石の痛みでのた打ち回らせることくらい朝飯前のおばばによると、私からはなんとなく頑丈な波動がじわっと出ているらしい。
なんかそれ、強靭な健康のやつじゃない?
と、思い当たるものはあるのだが、そうか。
思えば、理屈はよく解らないままにお茶や保湿クリームなどにもなぜか付与できるのだ。子供もずっと抱いてれば、もしかするとちょびっと頑丈に育つと言うこともあるのかも知れない。マジかよ。
なるほどなあとうっかり納得してしまい、とりあえずじゅげむはこれでもかとぐっしゃぐしゃになで回したし、湖水の村の呼び出しについての相談もなにも進展してないこともあり、とりあえず村に泊めてもらって何日か、赤子よりいくらか大きめではるかに活動量のある子供を預けられ、早々に進退きわまった私はレイニーに頼んでがっちがちに凍らせた砂糖入りのミルクで時間を稼いだし、子供を預かる合間には地球で言うならダチョウの卵かな? みたいな、ラグビーボール感のある卵が何個も持ちよられ、一個一個ていねいに頑丈なトカゲが生まれますようにとなで回すお仕事も私なりに一生懸命にやらせてもらうなどした。トカゲの卵、なんかちょっとぶにぶにしてた。
気の進まない面倒ごとを先送りにしてしまう我々のよくない特性と、ちやほや、と言う感じでもないのだが。我々は普通にここにいていいし、誰にでもできるようなちょっとした手伝いをしただけで「ありがとねえ」とねぎらってもらえる孫のようなあたたかみと充足感に包まれて、妙に居心地のいい時間をすごしてしまった。
そして気付けは、八ノ月も半ばだ。
「時間って……時間っていつの間に溶けるの……? 俺、蕗の筋取ってた記憶しかないんだけど」
「解る。私も子供なで回してた覚えしかない」
ぼう然としているメガネに向かってうなずいて私は同意を示したが、それはなんかどう言うことなのか解らないからよそで言うのはやめようとメガネだけでなくテオからもやんわりと止められてしまった。不本意だし決して不埒な気持ちはないながら、事案のように聞こえてしまうのもちょっとだけ解る。
あんまり過度にはアテにはされず、でもちょっとだけ役に立ててるような感触を得ながら砂漠の水辺を守り暮らす人々にわいわいまざりすごす時間は楽しいが、あまりにも溶解速度が速すぎる。
さすがにこのままではいけないなと反省し、我々は仕方なく。重たい腰をしぶしぶ上げてようやっと。湖水の村へと向かう決心をうだうだと固めた。
ただ、今回は湖水の村から我々に回りくどい呼び出しについてどうしてなのか解んないから相談にきたみたいなところもあるのだが、それは普通に解決していない。
でもまあ、よく考えたら、ここ別に湖水の村と関係ないしな……。当たり前って言うかな……。
いや、ここも向こうも同じハイスヴュステの村ではあるが、砂漠の果ての渓谷と川の向こうに鋭く切り立つ白い岩壁により添うように生きる彼らの集落は広い範囲に分布する。
特に砂漠の川が生まれる水源の村と、その川の果てにあると言う湖水の村では端と端の位置関係だ。
移動だけでもかなりの時間が掛かるので、湖水の村に出向くのもまれだし、向こうがこちらにくることもない。そのために、正直、親しいとはとても言えないとのことだ。
だから今回の目的からすると、ムダ足とばっさり切り捨ててしまえる側面はある。
でもほら。
アルットゥやクラーラにも久しぶりに会いたかったし、おみやげにお中元まぜて渡したかったし、楽しかったし、これはこれでいいじゃない?
それに、湖水の村は我々になんの用かと言うことは、なんでなんだろうねー。と言いながら特になんの進展もなくきゃっきゃと楽しくすごしたこの数日の間に、たもっちゃんの看破スキルでよく見たらもしかしてすぐ解んじゃね? と言う気付きを得ていた。
……うん。
気付くのが遅くてお前ら異世界何年目だと言う話だが、いい年した大人になりすぎるとほら。新しい機能には永遠に慣れないみたいなところあるから。ほら。仕方ない。
世間ではそれを老いと呼んだりするとかで、なぜだろう。まるで心から血の涙があふれてくるかのようだ。
まあそれで、長い人生の悲しみにウッとなりつつしぶっしぶ砂漠の村を出発しようとする我々の横には、別の理由でウッとしている砂漠の民のシピもいた。
どうやら以前湖水の村の若君に個人的な感情でウザ絡みをしてしまい、そのことが回り回って今回につながったのではないかと責任を感じてウッとなり、彼の妻となるクラーラの養い親でこの村の族長代理でもあるアルットゥとも相談の上で同行してくれることになったとの話だ。
なんかすごく心配し、骨を折らせてしまっているなと思ったが恐らく、ハイスヴュステの民の中でも一目置かれる湖水の村に我々を野放しで送り出すにはもう、アルットゥらは我々のことを知りすぎているのだ。
ごめんな。その心配的なもの、ほかの人からもよくされて割と当たってしまうやつ。
こんな砂漠の果ての集落においても我々はどこまでも我々扱いされるもんなんだなと、変な感心がじんわりしみて「なるほどなあ」と深い納得を覚えた。
また、人を余裕で乗せられるサイズの巨大な白ネコを伴ったシピには、同じく巨大な赤と茶のまだらのネコを連れたミスカが付き添っていた。
どうやら彼も一緒にきてくれるようだ。酒さえ飲ませなければ超冷静に、頼りになる感じがするので助かると思う。酒さえ飲ませなければ。酒飲むなよマジで。
こうして、テオにフェネさん、じゅげむに金ちゃん、レイニーを含めた我々に、ハイスヴュステの黒衣に身を包むシピとミスカ。
湖水の村へと向かう顔ぶれがそう決まり、じゃあちょっと行ってきますとアルットゥの家を出て挨拶していると、すぐそばで、布で顔が隠れていてもドライさの隠し切れてないクラーラが「あ、そう」とシピをあっさり送り出していた。
あまりにもあっさりで「えぇー」とシピは寂しげに悲劇的な表情を浮かべたが、その直後、「だって、すぐに帰ってくるんでしょ。待ってるもの」と解り難いデレを浴びていた。
ただ事実を言っただけなのか本当にデレなのかは知らないが、シピがふにゃふにゃによろこんでいたので幸せってきっと色々あるんだなと思いました。
あらあ~。と若い二人を遠慮なく野次馬のように見守っていた我々とは逆に、身内のデレにいたたまれなかったのか絶対に姪たちを視界に入れず首と体をむりやりよじったアルットゥから不自然な体勢で旅の無事を祈られて、我々は現在地から遠く離れた湖水の村へ。少し長い旅路に足を踏み出した。
――と、言うような空気をかもしつつ、水源の村の巨石のすき間にぎゅっとむりやり押し込んで無人販売所をかねながらもうずっと設置してあるドアを使ってとりあえず、砂漠の都市のシュピレン近くにひっそりと勝手に作った小屋ミッドへと移動した。
「……シュピレンまで一瞬とは……。これ、もう開いたままにしないか?」
巨大なネコの流動体としての特性を活かし、むりくりドゥルンとくぐり抜けたドアの外。
そのドアをスキルで開いただけで遥かな距離をな限りなくゼロにしたメガネに、シピが割と真剣に言う。
アルットゥが族長代理を務める水源の村は、シュピレンからは遥かに遠く、ハイスヴュステのどの集落とも離れた砂漠の果てにある。
それで苦労することも多いと聞いていて、確かに、このドアを開いたままにしておけばその問題は解決するのかも知れない。
だが我々は知っている。
便利さと言うものは往々にして、厄介な脆弱性を隠し持っているのだ。
そしてこの、便利だからドア開いたままにしとこうぜとの提案も、「でもそれ便利かも知れないけど多分厄介事も招き入れちゃうよ」と、まるで経験に裏打ちされたかのような失敗に関しては説得力のえげつないメガネの一言で「やめよう」と撤回されることになる。
なんか解んないけど、思い出しちゃったな……。クレブリの、フェネさん一瞬消失からの幼児がドアを通じて遠隔地で迷子事件……。
あれ、すげえ怒られたもんな……。
ついうっかりとしみじみしんみりしながらに、我々はシュピレン近郊の小屋ミッドから空飛ぶ船で湖水の村へと進路を取った。




