529 例の件について
選ばれし農家さんの管理する王のための農園で別荘に泊まると見せ掛けて、明日はすげー早く出発する予定でまたいつの間にかいなくなってると思うけど悪気はないので気を使わないで欲しいしほんとすいません。と言う、ほとんど謝罪のような挨拶を済ませ、明けて翌日。
我々は砂漠の集落にいた。
砂漠の民たるハイスヴュステの村々の中でも権力と強めの発言権を持っていると言う、湖水の村に呼び出されている例の件についてどうにかしようと大体の感じでとりあず行動した結果だ。
正直言うと今からでもまるで最初からなにもなかったみたいにならないかなと心底思ったりもしているが、さすがにしれっと忘れたことにする訳にも行かない。
いや、割と大事なことも本当に忘れちゃう体質ではあるのだが、今回はちゃんと覚えているのでそれはそれなのだ。
で、ねえなんか知らない? と、以前ぎゅっと詰めて設置したドアとメガネのスキルを使用してわいわい言って押し掛けたのは我々とうっかり縁を持ち、今やすっかりなじまれてしまった水源の村。アルットゥの所だ。
広大な砂漠の果てにある水源近くのその村で、砂漠の民はどかどかと砂地に並ぶ巨石の群れを家とする。
我々はその一つの中におジャマして、外から続く細かな砂地に直接、水を張った鍋を囲むようにして座り、この家の住人であるアルットゥやシピと共に水にひたしたフキの筋取りをせっせと行うメガネやテオやじゅげむのことをがんばっててえらいわねと眺めるなどしていた。
いや、眺めているだけでなく別に手伝ってもいいのだが、私が手伝うと致命的な適性不足で二度手間になるのと、なぜか今はこの不器用極まりない我が手に赤子を左右一人ずつかかえさせられているので普通に手伝える状態でもなかった。
赤子の一人はアルットゥの姪であるクラーラの友達とニーロの所の子供だが、もう一人はまた別のどっかよその子なので本当に子守りが私で大丈夫なのか不安だ。
「ねえ、レイニー。子供泣いたらさ、もう多少の祝福はしょうがないからとにかく泣き止ます感じの子守歌とか全力で歌ってもらえない?」
「えぇ……わたくしがですか……」
こんなまだ人間かどうかも怪しいような理屈の通じない生物には一ミリも関わりたくないと言わんばかりのレイニーとそんな会話をぼそぼそ交わし、巨石の合間の家の奥で親友でありニーロの嫁であるマルヤと一緒に自分の花嫁衣裳に金の糸で刺繍を刺しているクラーラが、たまにこちらの様子をうかがいにきて中心が空洞になっているなんらかの植物をストローとして付けた飲み物を差し入れてくれるのをズズッといただきながら私はただひたすらに赤子を泣かさないことだけに集中してプロのゆりかごに徹する。いい子だからそのまま五時間くらい寝てなさい。
だから今この家の中には結構人が集まっていたが、それでも空気はひっそりと静かなものだった。
外はただただ熱い日差しに焼き尽くされてたまに風が吹いているくらいで、人間も、寝ている赤ちゃんに気を使うのかぼそぼそとひそめた声で会話する。
また、砂漠の家は内部がいくらか薄暗く、それもまた静けさを助長しているかのようだ。
けれども巨石と巨石の間をふさぎ壁の代わりになっている頑丈な革の端をめくり上げ、夏の陽光を取り入れているので手元を見るくらいの明るさはあった。それでいて灼熱の砂漠の熱はやわらぐように調節されて、どういう理屈か家の奥からひんやりと乾いた空気が流れ込み屋内は実にすごしやすくなっている。
奥のほうの砂地には冷えた空気が出てくる辺りにネコの村出身のシピとミスカが連れてきた二匹のネコが巨大な体で溶け合うようにぬるりと平たく伸びていて、そこへ、お手伝いで忙しいじゅげむに構ってもらえず退屈した金ちゃんが当然のようにぐでっとまざってのんびり横になっていた。
あまりにものどか。
平和でいいなと思うのと同時に、自分でも止められないうらやましさが私の胸を内側から焦がす。
なぜ金ちゃんだけが許されるのか。私もネコにまみれてお昼寝したい……おのれ金ちゃん……。
そんな嫉妬の炎がちろちろと密かに、しかし確実にこの胸で吹き上げている一方、我、ゆーのーな神だから手伝ってあげるね! と余計な気を回すフェネさんがフキの鍋に前足を突っ込み自分を含めて周辺をびっしゃびしゃにするのを待って待ってと止めながら、男子たちは一応、湖水の村とその呼び出しについて色々と話し合っていたらしい。
「それでね。村までこいって事みたいなんだけどー、でもさー、湖水の村とか行った事もないからさー。何でかなーって。アルットゥさ、何か知らない?」
「湖水の村か……族長の集まりで年に一度顔を合わせるかどうかの付き合いしかないからな……」
砂漠の貴重な水源地に群生し、砂漠の民に食物繊維の恩恵をもたらす大人の背丈を優に越す巨大フキ。
それを適度な長さに切り分けて軽くゆでたものから、すいーすいーと皮とスジを取りながらメガネが問うてアルットゥが悩むような表情で答える。
相談と言うには一ミリたりとも解決に近付く様子がないのだが、話をちゃんと聞いてもらえるだけでなんとなくほっとしてしまうのはなぜだろう。
そして、そんなぼそぼそとした人間たちの会話には特になんの関係もなく、砂地に置いた鍋のふちにちんまり白い前足を置き、体の割におっきな耳をぴこぴこさせたフェネさんがテオのほうをぴかぴかと見上げる。
「ねー。つま、つま。なんでこの、草? ぴーってするの? 我ね、手伝う! 手伝うけど、なんでも全部食べればいいと思う!」
「おれも、よくは……。タモツがやった方が良いと言うからやっているだけで……」
いわば、付き合い。
空気を読みすぎるがゆえによく解らんけど一緒に作業しているだけの、ふわっとしたテオの返答にフェネさんが「つま、そうやってすぐ流されるのよくないと思う」と、なんとなく真理を突いた真顔のトーンになるそばで、「ぼくしってる」と神妙な声を上げるのはじゅげむだ。
「あのね、あのね。しょっかんがね、よくなるんだよ。ぴーってやるといいんだよ。それでね、おだしでたいたらしみしみになってね、おいしいんだよ」
自分よりも小さな子に教えてあげるお兄さんのように、どことはなしにふんふんと張り切るじゅげむがフェネさんにフキの下処理の大事さとその煮物の素晴らしさを説く。
そうか。食感のためだったのか。
道理で……私がやると食べた時にいつまでも皮が残ったり謎の糸みたいなのが永遠に出てくると……。
なるほどね……。
私が顔をやたらとキリッとさせて表には出さず内心で新しい学びにおどろいていると、フェネさんは「へー! しょっかん!」と素直な感心に豊かな尻尾をふさふさ揺らす。
そして、じゃー我もがんばる! と、再び鍋にびしゃーっと前足を突っ込み主にテオをあわてさせていた。
神は見ているものが違うので、人間の些末なる事情など知ったことではないのだ。衛生面とかの。
レイニーが下処理の終わったフキをそっと引き取り魔法で執拗に洗う作業を始める中で、湖水の村の呼び出しについて話を戻すのはシピだった。
「おれのせいかも知れない」
シピは明らかに渋い表情で、じっと顔をうつむけて言った。
「以前、湖水の村の若君がクラーラを迎えると言い出して……八つ当たりしてしまったからな……。おれや、クラーラの養い親のアルットゥ殿と懇意と知って、お前たちにちょっかいを出してきたのかも」
ただ、そう語るシピは思い詰めていると言うよりも手にしたフキの皮がなかなか取れず、ちまちまと苦労している自分の手元を見詰めすぎているだけのような気もする。
解るよ……。難しいよな、フキの下処理。解る……。
なんか大事そうな話を片手間にするじゃんとは思ったが、その要領の悪さ。親近感をいだいてしまう。
まあそれで、フキの下処理をどうにか終えてことこと煮込むと同時に料理を作り始めた夕暮れ頃に、ニーロが妻子を、もう一人の赤子を近所の奥さんが迎えに現れて、それと入れ替わりにネコの村からシピと一緒にやってきてすっかり村になじんだミスカが、収獲したてのフキをどっさり担いで戻った。
料理は主にメガネが作るので私はあんまり関係ないのだが、忙しい時分に悪いねと申し訳なさそうに親たちが赤子を引き取って、私は久々に自由を取り戻す。両手の。
赤子らもよく寝ていい子にはしてくれていたのだが、子守りの重責は私には向かない。
そんな弱音をぼろぼろこぼし砂地の床に倒れ伏した私を、うーん、とニーロが見下ろして言った。
「そうか……しかし、ほかにも子供が順番を待っているんだが……」
「私、大人気アトラクションなの……?」




