528 こんなにいいもの
お中元を配り終えた我々は、王都を離れようと都市を守る防壁の外。
街から遠すぎず離れすぎず、ちょうどいい場所にしつらえられた王のための農園へと向かった。
ドアのスキルで移動すれば早いのは早いが、今回の王都訪問は門から入ってきたので出る時も同じく門から出て行きたかったのだ。
王都ね、厚い防壁にぐるりと守られている上に門での税の徴収と出入りの管理がきっちりしてっから。入ってきたのに出てった記録のないままによその地区で活動してたらなんらかの不正を疑われややこしくなるような気がするじゃないですか?
いや……バレなければいいとか……思ってないですよ。思ってない……。
確かに、証拠がなければなかったも同然的なヴァルター卿イズムを我々も信奉しているところはあるのだが、あれも結構難しいじゃない? 話術とコネとごりごりの腹芸が必要になるじゃない? 多分。
正直、防壁と入り口で税の徴収がない場所は普通に内部のドアを使ってスキルで入り込むこともあるのだが、あと街には出ずに取り急ぎアーダルベルト公爵に話したいことがある時とかは公爵家のお屋敷、それも公爵の寝室に直接押し掛けたりはするのだが、我々なりに一応の線引きはあるのだ。
その線がめちゃくちゃ薄いえんぴつでぐにゃりと書いたような線だとしても、一応。一応ね。
その、我々なりのうっすらとした線を守るため、砂漠の都市であるシュピレンの外にドアを取り付け保全するためだけの小屋ミッドを作ったし、王子が婿入りした先のザイデシュラーフェンに行く時は街を守る防壁に、門から少し離れた位置に用具入れっぽい小さな小屋がくっ付いてるのを発見し、そのドアをこっそり補強しながらに勝手に移動に使うなどしている。
あれは本当、目立たず、しかし門からそう遠くなく、いい位置にあって非常に助かる。
しかしブルーメの防壁と門の周辺にそう言った都合のいいドアはなく、代わりに、我々からの一方的な期待を浴びているのが王のための農園にあり、なぜか王から貸与されているペトロネラ様の別荘なのだ。
まあその別荘のある農園も王のためのものだから厳しめの警備ではあるのだが、王族がきてない時はそれなりだし、人工の泉をはさんで王族が狩場とする森が隣接してるので入り込もうと思えば入り込める構造だ。
許可されてない人間が入ったとバレたら、すげー怒られると言うだけで。
その点、別荘を借り受けている我々は自動的に許可を受けている状態であり、あと、先日のあわや侵入者として農具で打ち取られそうになった件もあり挨拶もなくいつの間にかきていつの間にかいない人として認識されつつあるから大丈夫なのだ。大丈夫とは?
挨拶くらいは大事にして行きたい気持ちだけはある。
なおこれは、そうして向かった農園で。
まあまあまあ言うてもね。
立ちよるたびにお花とか農作物とかもらってますし、滞在すると色々気を使ってくれますし。
農園の人にも日頃のお礼をね、しないといけないですよね。
と、念のため多めに作って隠し持っているエレガント霧吹きを、あんまり数がないんもんで一家族様このくらいでご勘弁ください。と差し出した直後、ものすごい真顔になった農家の青年のリアクションである。
「えー……無理です……」
「無理て何?」
王都で割とゆっくりすごし、そろそろ行くかとなったこの日も街をうろうろした上で色々と買い込んでから移動のために農園にきていた。
滞在していた公爵家からは早めに出たはずなのに、農園にたどり着いた時には午後のおやつにも少し遅いくらいだ。
そんな傾き掛けた、けれどもまだまだじりじり熱い夏の光をぴかりと受けるエレガント霧吹きを差し出した体勢で、ムリてなに? マジでなに? と戸惑っているのはうちのメガネだ。
「いやほんとに無理て何?」
これに答える青年は日に焼けた顔をやはり真剣そうな、それかどこか憂鬱そうな表情で、脱いで手にした麦わら帽子をつい力が入ってしまうと言った様子でぐしゃぐしゃに壊しながら言う。
「それ……中身は知りませんが、容器はファンゲンランケの瓶ですよね……。高価だし、しかもそんな細工の凝った繊細なもの……。うちにあったら一日と待たずに砕け散ります……ね……」
贈り物を大事にできないのは申し訳ないけど、主人の屋敷の手入れならともかく、自分の家の中でまでそんなに気を使えない。恐い。
青年はそんな不安と心配と申し訳なさをにじませ、そして申し訳ないついでにいっそのこと受け取らないのが互いに取っての親切ではないのか。みたいなことを、どこまでも純粋に真摯に訴えた。
あまりにも先回りして考えすぎてあらゆる最悪をシュミレーションしてしまった結果、傷が深くなるか、傷自体が発生する前に最悪を回避しようとフラグと人間関係を折ってくるコミュ障のようなことになっている。
まあ、正直そう言う気持ちになる時があるのも解らなくはない。解らなくはないけどもキミ。
我々は衝撃を受けた。
今年もまたお中元を配る先々で絶賛をほしいままにして、少し慢心していたのかも知れない。
でもまさか、壊すの恐くてうちはムリってそんな全力で断られるとは思っていなかった。
「えぇ……こんなにいいものなのに……」
「こんなにぴかぴかしてるのに……」
たもっちゃんと私は困惑し、未練と言うか、ホントに? それホントにホントに本気で言ってる? と、めちゃくちゃうざく食い下がってしまう。
反省している。押し付けはよくない。
しかし青年もなぜか全然譲ってはくれずホントにムリですと言い張るばかりだ。
じゅげむやフェネさんなどの小さき者たちも「いつものおれいなんだよ。もらっていいんだよ」とか、「我ね、ぴかぴかしたものは幾らあってもいいと思う!」などと、加勢のような、感想のようなことを横から言ってくれていたのだが青年の心は動かなかった。
ねえ……。いや、押し付けがましい我々が言うことではないのだが、青年よ。ちょっとかたくなすぎはしないか。
我々もそんなまさかと言った気持ちが捨て切れず一応ほかの人にも聞きに行ったもらったのだが、返事は「ムリです」一辺倒だった。マジかよ。
この場では同調圧力に屈して嫌々ながらも受け取って、納屋にでも厳重に死蔵したってええんやぞ。いやよくはないか。
こう言うと、我々の空気読めなさが完全に悪いのがよく解る。
だってほら。迷惑なものを押し付けたところで日頃のお礼には絶対ならない訳ですし。
どうしてもしょんぼりしてしまう部分はあるのだが、我々は当初の目的に立ち返りここは引くべきだと自分たちを納得させた。
青年がちゃんといらないものを拒否してくれたから我々は迷惑なものを引っ込める機会を得られた訳だし、お陰でこれからもお世話になる農家さんとの関係性に変なしこりを残さずに済んで救われた。と、言えなくもない感じがしなくもないような気がちょっとだけしなくもないのかも知れない。
ただ、それはそれとして、お中元的なものは絶対渡すとムキになったメガネがクレブリで発注して最初に作ったハンドル式の霧吹きに頑丈なボトルをくっ付けて、痛みやすいお花の水やりや植物の虫よけにハーブ水などを振り掛けるのに超便利! と、農家さんの心をつかむべくぐいぐいとプレゼン。
じゃあちょっと実演してみましょうね! などと言い、農地のほうへと場所を移してその辺で育てられている虫よけになる草をいくらかもらって私にやたらと煮込ませた。
私が手間を掛けただけそこそこの強靭さを付与された虫よけはシュッシュとスプレーして行く端からぽろぽろと、植物のあちらこちらでいるのもよく解らなかったステルス性の高い害虫を片っ端から落として見せる。
効果すげーなと言う素直な気持ちと、これある意味ドーピングになっちゃってないかなとうっすらとした疑惑が私の心にものすごくあるが、全力かつ強引に農家さんへとすりよった一品として仕上がっていた。
これは農家さんにもよろこんでもらえたし、そうして量産したハーブ水と頑丈なスプレーはちゃんと受け取ってもらえた。
一緒にシンプルな陶器の小ビンに分けてあるヘチマのジェルもお渡ししたが、仕事柄どうしても土や水に触れることが多く、保湿的なものはなんぼあっても困らへんのやとこれは普通によろこんでもらえた。
やはり、エレガント霧吹きがダメだったのはマジで繊細な容器を恐れるあまりのことだったようだ。そこまで恐がらなくてもと思いはするのだが、リスクは低いほうがいいのも解る。解るような気がする……でもこんなにいいものなのに……。
我々はそんなふうに自分をどうにか落ち着けて、一抹の寂しさを覚えながらに今度こそ王都とその近郊でのお中元を配り歩くお仕事を終えた。




