527 日頃の感謝
いや行ったじゃん。
大森林。
一回行ったじゃん。
まあ正確には大森林に入る直前の間際の町まで行っただけではあるのだが、ドラゴンさんの吐しゃ物と言う思わぬ収穫物でごっちゃごちゃになって、うやむやになった話じゃん。
――と、我々は思っていたのだが、姫の中では最上位種のドラゴンから直接譲り受けた希少な素材を安全かつすみやかに王城へと運ぶため一旦中止としただけで、状況が整い次第いつでも大冒険に復帰したいと意欲を持っていたようだ。
「お父様からは、あの時持ち帰ったドラゴンの素材を管理するお役目をおおせつかっている。だから今すぐにとは行かないが、大森林は秋がよいと聞いた。それまでになんとか区切りをつけたいものだ。素材と引き換えにドラゴンと交わした、美味しいものを残らず届ける約束も守らなくてはならないからな。悩ましいのは、最近知った美味なるものにはおまえ達が広めたものも多いことだ。あのドラゴンはおまえ達の知己だろう? もう知った味ばかりだろうか? もちろん王城の料理人とて腕はよい。しかし、やはりまだ食べたことのない知らない料理でおどろいてほしいようにも思う。市井からめずらしい食材や料理を集める制度や捜索隊の結成も計画を進めてはいるが、成果が出るのはまだ先だろう。だから……うん。やはり、大森林へは秋ごろに行くのがよいと思う。おまえ達はどうだ?」
さあ行こうすぐ行こうみたいな圧迫感ある勢いの割に、意外と冷静にこちらとスケジュールを合わせようとしてくる武者姫に我々は感心し「うーん!」と強めにうなったし、まあ、それは、ねっ? 我々だけで決められる話ではないですし。ねっ? ここは一旦、いや一旦ですよ? 持ち帰って検討させていただきますう。とか言って、じわじわ後ずさるようにしてなんとか帰るすきをうかがっていると「そうです、姫」「そうですとも。急には。ねっ」と、主人の遠出が心配なのか武者姫の側近たちがやんわりと逃げ腰の我々をサポートしてくれて、そのお陰もあってなんとか王城から逃げ出し、ふえふえと公爵家へたどり着いた我々にこの話を聞かされたアーダルベルト公爵もふかふかのソファで腕組みしながら思いっ切り伏せた頭を「うぅーん」とひねって苦悩した。
きっとあの溌溂とした、そして同時に筋肉的に奔放な姫にはいつも振り回されているのだろう。まるで目に浮かぶかのようだ。
貴族も大変だなと思っていたら、ううーんと苦悩したまま公爵は言った。
「何で……王城に約束もなしに行けるんだろう……。王城だよ? 王がいるんだよ……? 国家権力の頂点なんだよ……」
解らない。本当に解らない。
以前名指しで呼び出された時には、もっと常識的にビビり散らかしていたじゃないか。
選ぶ言葉はもっと優しく品がよかったが、大体そんな感じで公爵は頭ごと伏せた視線ですぐ足元を見ていながらにどこかものすごく遠い所へ思いをはせているかのようだ。
「あっ、そこからでしたか」
「我々が振り回してましたか」
なるほどね。
それはね。まあね。おっしゃる通り。
たもっちゃんと私はめちゃくちゃ納得しながらにキリッとした顔でうなずいて、いや違うんすと一生懸命の言い訳に入った。
我々もね、やっちゃったなと思ってはいたんすよ。
ほら。王様に会いに行った時、門で止められた時とかに。
ああ~。そりゃそうや~! とは思ってたんですよ。内心で。
いやね。その直前に王子がお婿に行った隣国を訪ねて、お城の外から通信魔道具で「迎えにきてくんない?」と連絡したら王子がいそいそと現れて、かわいいお姫様と一緒になって歓迎してくれたのが我々の感覚をバグらせたってゆーか。
ごめんね。嘘です。
ワンチャンあるかなの希望を託し、苦しいなからに一応言い訳してみたかった。
我々もね、こうなるとは思ってなかったんですよ。
一回公爵家に帰ってまた出てくるのめんどいし、王子の所からブルーメに戻るついでに王城の近くのドアへ移動して、王様には会えなくても誰かにお中元ちゃっと預けるとかしてちゃちゃっと帰ってきちゃおうぜ。と、言うような。
はちゃめちゃに見通しの甘い考えがなかったとは、ほら。まあ絶対に言えないけども。思ってましたからね、実際に。
「そしたらぁ、誰かが気を利かせてくれたみたいでぇ。何か会えちゃったって言うかー。王様に」
「そんな不幸な事故だったみたいに言うのやめなさいね。タモツ。王への謁見は名誉だからね。やめなさい」
はい。
いい大人であるメガネと私があまりにも真っ当な理由でじっくり叱られるそばで、心労で若干よれよれの美しき公爵の腕をそうっと引いているのは我々に色々連れ回されてお城へも一緒に行っていたじゅげむだ。
「あのね。おうさまやさしかったよ」
そしてこっそり打ち明けるように、それでいて懸命なのだと解る口調で訴える。
じゅげむも王様の前に出た時は大人の話をジャマしないように、それとも前に会った時から少し間隔が空いていたのもあってか、もじもじと金ちゃんの後ろに隠れがちだった。
けれどもそれは言わないようにして、だからきっと大丈夫なんだよと子供なりに渾身のフォローをしてくれているのだ。我々のために。忍びない。
さらにはアポなしでお城へ急に行くだけでなく、王様に直接会っていただくと言う……いや、結果。結果ね。絶対そうしようと思って行った訳ではなくて、結果そうなっただけですけどね。
とは言え、先方の気遣いとご好意により我々がなかなかの暴挙を達成してしまったのは事実だ。悲しいね。
その我々の無礼について完全に胃をきりきりさせながらいつまでも何度でも謝罪してぐったり疲れ果てているのはテオだが、そのお膝ではキャンキャンと小さなキツネが飛びはね騒ぐ。
「我もね! 我もお城に行ったからね! すっごくぴかぴかだった! すっごくぴかぴかだった! 我もあーゆーお城つくってもらう! つまに!」
小さな足でテオのお膝に地味なダメージを蓄積しつつフェネさんがうきうき放ったこの発言に、テオが「えぇ……」と戸惑いの、あまりにもか細い声を上げ、さらにぐったりしたように見えた。
って、言ってもね。ほら。
王様も別に怒ってなかったし、気を使ってくれた可能性もあるけどお中元はよろこんでもらえたし、こうして無事に帰ってこられた訳ですし。
全体的には大丈夫だった訳だから、もういいのでは? もういいのではないだろうか?
我々もほら、こうして反省している訳ですし。もう終わったことですし。
ねっ。
と、たもっちゃんと私はさすがに王城にアポなしはよくなかったなと言う反省を胸に、失敗をすぎたこととしてそっと記憶の底に埋めようとしていたのだが、異世界の常識人たる公爵とテオは我々が肌で感じている以上に事態を深刻に受け止めていたようだ。
「テオ、彼等が手に負えないのは解るが……王はさすがに相手が悪い」
「申し訳ありません。……タモツもまさか会って下さるとは思っていない様だったので、然るべき相手に贈り物を預けるだけだと……。おれの不徳です」
そんな会話をぼそぼそと、公爵家のきらきらしい居間のソファに腰掛けた、きらきらしい男二人がどんよりとした空気で交わす。
やだ……なにがあったんだろう。かわいそう。
みたいな気持ちに一瞬なるが、原因はどう考えても我々なので掛ける言葉がなにもない。
とりあえず体にいいお茶をそっと出し、胃がきりきりしているせいか急にどんどんげっそりして行くイケメンたちの健康を守りたい。アプローチがだいぶ物理だが。
まあとにかく、そんなこんなありつつ我々がこうしてふらふらできているのもいつも助けたりフォローしたり見なかったフリをしてくれる周囲の人たちのお陰だし、我々から思わぬ時にぽろぽろ出てくる技術やレシピをそれ金になるからと迫っ……いや……強要……違う待って。えっとね……配慮? そう、少々強火の配慮でもってキレ気味に登録を勧めてくれて、それでなんか知らんけどギルドの口座に技術使用料的なものの振り込みがあったりするお陰だ。経済的余裕。ありがたい。
だからそう言った日頃の感謝の気持ちをお中元と言う名の物品にして今年も無事に配り歩けてよかったなとほっとしているし、私はもう無事って言葉を使わないほうがいいのかも知れない。
こんな感じで反省したり記憶の底に埋めようとしたり、アーダルベルト公爵とテオの輝きを守るため、もうちょっと気を付けよ。との、ふわっとした所感を持って本年のお中元配り歩きキャンペーンは終了となった。
一番お世話になっている辺りに傷を残す結果となったのは、残念に思う。




