526 大人になった
たもっちゃんは小型霧吹き製作のため何度も打ち合わせに出向いたり、空いた時間に作った料理をアイテムボックスに備蓄して忙しく渡ノ月をすごしていたようだ。
私は私で公爵家で働く人たちの手厚い協力のもと、ヘチマの種から作ったジェルを化粧水にするものとは別に、そのまま容器に詰める作業をしたり、屋敷の裏手の鍛錬場を占拠した移動式エルフの古民家周辺にうまいこと張ってもらった物干しロープで大量の体にいい草を干す作業をしたりと地味ながら時間と手間の掛かる仕事に終始した。
じゅげむもジェルを詰める作業を手伝ってくれて、助かるけど大人としてはもっと遊んでてもいいのになと思う。
でも公爵家にくると大体いっつも遊んでくれる有能執事のところの末っ子が、じゅげむと一緒にやたらとキリッとした顔でめちゃくちゃ一生懸命に作業を手伝ってくれていて、それを見ると子供としてもなんとなくやりがいはあったのかなと思わなくもない。子供にはいいお菓子を用意してお駄賃にしたし、大人もちゃっかり小まめにお茶はした。
ただ本当に訳が解らなかったのは、じゅげむに構ってもらえずに寂しかったらしい公爵までが一緒に作業を手伝っていたことだ。
助かる。助かるのだが、さすがの私もあんたここにおって大丈夫なんかと心配になる。
それでこっそり様子をうかがっていたら、最初は使用人に止められていたものの、このくらいできるもんと公爵は子供たちがジェルを詰めた容器を整然とまとめて箱詰めしたり、代わりに空の容器を手渡したりしていた。
てきぱきとサポートに徹する公爵は多分、私よりも役に立っていた。
そんな中、ちょっといつもとは違う感じで忙しそうだったのはテオだ。
俺一人だとまたなんか陽キャの商人に押し切られるかも知んないと不安がったメガネに頼まれ打ち合わせに同行してくれていたり、公爵家では騎士の鍛錬にまざったり、天衣無縫の金ちゃんがむきむきとした騎士にからんで相撲的な勝負を挑んだりするのに付き添ってくれたり、異世界ポロの練習に金ちゃんだけでなくフェネさんまでが跳ね回るボールを追い掛けて乱入するのを必死で追い掛け回したりしていた。テオだけがものすごく大変そうな一方で、金ちゃんとフェネさんは生き生きと楽しそうだった。
残るはレイニーだが、まあレイニーはレイニーだ。
いつも通り私の目の届くところにいながらも別に役に立とうとはせず、作業の合間にふと私が目をやるたびに種類の違うお茶を飲んでたり、お茶菓子をいただいていたり、心の底からごくまれに夏の日差しであぶるように乾かす草のもうよさそうなものや吊り下げかたが悪くて落ちそうになっているものを見て教えてくれたりした。
ただレイニーは本当に見てくれるだけなので、乾いた草を取り込んだり吊り下げかたを直したり新しい草を吊るしたりするのは私だ。甘くない。おやつなどを提示して頼むと、手伝うのは手伝ってくれる。
この現金さ。まるで自分を見ているようで、もうちょっと人に優しくしよ。と、我が身の反省のようなものをしてしまう。
こうして渡ノ月を忙しくすごし、八ノ月。
異世界は夏の真っ盛りである。
そんな中、せっせとお中元を用意して配り歩いた我々は麗しのマダム・フレイヤ、そして接客のプロたるレディたちにきゃあきゃあと強靭スキンケアシリーズで私が。エレガントな小型霧吹きで参加したメガネが存分にモテた。
よろこんでもらえてよかったし、おどろくほどに無邪気で、無防備によろこぶレディらの姿に我々も逆になにかが満たされた気持ちだ。ありがたい。
先んじてエレガント霧吹き入りの化粧水を配布した公爵家でもなんとなくいつもよりちやほやとされたし、強靭な保湿効果のお陰かアーダルベルト公爵の美貌もいくばくか輝きを増したように思われた。
ローバストやクレブリにも出向き、機能性もさることながら見た感じから夢みたいな今年のお中元に絶賛を受け、海辺の街では子供らがくる日もくる日も手で揉んで仕上げた貴重な塩をお返しにもらい、クマの村では大量のヤジスがどんどんと集まった。我々はなんだと思われているのか。食べるけど。
あとはなんとなく思い出したので、お中元ついでに異国へとお婿に行ってかわいい姫といちゃいちゃしている王子の様子を見に行くと、「これと同じものをとりあえず百」みたいな発注を掛けられそうになってしまった。
中身は私の担当ながら、これにはエレガント霧吹きの製作を主導したメガネが首を振る。
「いやさすがに無理だわぁ」
「師匠、そこをなんとか。これはよいものです」
「知ってる。でも無理だわぁ。大変だったもん。何かすごい大変だったもん。厳密には俺は頼んだだけだったけど、何回も打ち合わせしたし、リコは好き勝手にわあわあ言うだけだし、テオはフォローしてくれたけどさぁ。何か大変だったんだもん」
たもっちゃんはなぜか途中で流れるように私をディスって王子の頼みを断って、代わりに、エレガント霧吹きはブルーメのペーガー商会で売り出すこと。それから化粧水担当の私が、割と欲に目が眩みがちと言うことを伝えた。
それで今度は私が王子から交渉を持ち掛けられて、化粧水の元であり、これ自体が強靭保湿シリーズであり、先日子供や公爵までがビン詰め作業を手伝ってくれたヘチマのジェルを一定数納品することになる。お賃金大好き。
対価は王子のいるザイデシュラーフェンの、さらに隣のエーシュヴィッヘルが輸出する百年朽ちない異世界栗を大量にもらった。マロングラッセモンブラン茶巾しぼりに栗きんとん栗ご飯楽しみ。
こうして王子のことを思い出したついで……と、言う訳では決して。決してないのだが、我々が次に大体のノリでこんちわと足を運んだのはブルーメの王が暮らす城である。
妻子にモテたい王様の気持ちは解りすぎるとメガネが親身に同情してしまっていたことと、どことなく押し付けられた感覚はあるがペトロネラ様の別荘をお借りしてるし王の農園の作物をこれでもかといただいている身に覚えがあったので、王様にもお中元は渡したほうがええやろとさすがに我々も今年は空気を読めたのだ。えらかった。大人になったもんだなと自分で自分に感心している。
ただまあ王子の所から戻った足でふらりと立ちよった流れだったので、当然、アポイントなどはなにもない。
それでちゃんと自分のお仕事をしている門番の人に追い返されそうになったり、でもお、でもお、ちょっとだけなんで。王様に会えなくても誰かにお中元預けたら帰るんで。などと食い下がっていると、騒ぎを聞き付けやってきたテオのお兄さんの部下である隠れ甘党のヴェルナーが困惑とドン引きで「えぇ……」と小さなうめき声をこぼした。
このことに、やべえ奴にやべえとこ見られたとばかりにテオが痛恨の表情で一回ぐっと天を仰いだが、そうする間に念のため一応話を通してくれた人がいたらしい。それで、どうにか王様に会ってもらえることになる。
王様へのお中元、アーダルベルト公爵にでも頼めばこんなことにならなかった気はするが、それはもう言っても遅いのでテオにはどうにか元気を出して欲しい。
こうして無事に――いや、そんなに無事でもないけども。とにかく、お中元の化粧水入りのエレガント霧吹きを王様と王妃様と武者姫のぶんとしてお渡しすることができた。
直前に王子との交渉があったので、もしも臣下の人などへのギフトのためにもっと数が必要になったら容器をペーガー商会に、中身は我々に発注してくださいとお願いしておくのも忘れない。
お中元はほら。お世話になってる人に渡すものだから。王様が渡したい人のぶんまでは正直知ったこっちゃねえから。でもお仕事ならがんばれる。なぜならお賃金のことが好きなので。
王様相手にそんな話をキリッと交わし、いきなりきたことと時間を作って会ってくれたことに謝罪とお礼を深々と述べてそそくさと王城の中を出口へと向かう。その時だ。
場所は豪華に飾られた王城の廊下。
長く広く迷路のように階段や分かれ道の多い道筋を、見送りと案内をかねた侍従のあとにくっ付いて「我、ここの子になる!」などと騒ぐ自称神、の、分体の、小さなキツネのフェネさんに光り物が好きなのねえとか言いながらのんびり歩いていると、どこか遠い場所からざわざわと。
そしてなにやら騒がしい気配がどんどんと近付き、ある時わっと我々の前に現れた。
「よし! 見付けた!」
そう言ってなにやらうれしげに、ぱっと顔を輝かすのは姫である。
今のブルーメに姫は一人しかないので、もちろんいつも溌溂とした元気いっぱいの武者姫のことだ。
姫は侍女や侍従を引き連れて、彼らのはらはらとした表情にも構わず言い放つ。
「城にいるのに挨拶もなしとは。なんと薄情なことか! さ、大森林へはいつ行く?」
「えぇ……」
「ええー……」
たもっちゃんと私は思わずうめいたし、その話まだ生きてたのかと素直におどろいた。




