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524 ぶっちぎ

 夏の夜。

 砂漠からドアを通って移動したのはブルーメの、王都近くの農園である。

 もっとちゃんと詳しく言うと、我々がなぜか借り受けることになってしまった元王妃のための別荘の中だ。

 なぜなのか。

 人はなぜ、砂漠の民の強めの村からちょっとおいでと言われてるのに、それをぶっちぎって砂漠を離れてしまうのか。

 人って言うか我々のことだが、違うの。聞いて。ぶっちぎるって言うかね。とりあえず今じゃないかなって。タイミングがね、あれかなって。

 そう考えた理由は単純に、もうすぐ渡ノ月がくるからだ。

 いや、渡ノ月にも砂漠にいられないってことはない。

 神によって体を作り直されている我々のバグで、渡ノ月にすごす場所によっては巨大魔獣などのリスクはある。あるが、それは砂漠の外でも同じだ。

 では呼び出しをほっぽってブルーメに戻ったのはマジでなぜなのかって話になるのだが、そして実際、いまだ抜け切らぬ虚無顔をどことなく深めつつ「また知らないとこ! 見回る!」とキャンキャンしているフェネさんを腕に捕まえたテオからも「何故」と言われているのだが、ほら。だってほら、月末だし。月末はほら。ねっ。

 ――と、あやふやでありながらムダに力強くメガネとは私うなずき合った。

「俺、思うんだ。やっぱ、たまには休みも必要だよねって」

「そう、そうよね。たもっちゃん。わかるう。人間、休む時はきっちり休まないとダメよね。わっかる。今月もそこそこ無事にすごせてえらかったね! の気持ちを込めて念入りに休むための時間みたいなところあるもんね。渡ノ月。もしかしたらそのために存在するのではないかってくらい、渡ノ月には休日っぽい雰囲気があよね。これはもうねー、仕方ないと思うなー、私は。まあちょびっとだけ強引かなと思わなくないこともないんだけど、なんかね。多分なんだけどね、最初の頃とか自分たちのバグのこと知らなかったり忘れてたりでうっかりしちゃってたことあったじゃない? 何度か。それで巨大魔獣とか悪魔の襲撃にびえんびえん泣いて逃げ惑ってきた数々の経験から学んだよね。我々、渡ノ月にはなんとなく、おとなしくして体にいいお茶でも煮るくらいにしてたほうがいいなって。学んじゃったからさあ。なんかねえ、勘でもないんだけど、なんて言うかな……違和感って言うの? うまく説明はできないんだけど、なんか気になる感覚とかって大事にして行きたいなって」

「リコさん」

 なぜだかつらつらいくらでも出てくる言い訳が自分でも止まらなくなっている私に、静かに呼び掛けるのはレイニーだった。

 そしてどこか、憐れみに似たなにかをにじませじっくりと言った。

「タモツさんの様になっていますが、大丈夫ですか?」

 はっとした。

 冷水を浴びせられたかと思った。

 大丈夫かと言われると全然なにも大丈夫ではないのだが、どうやら、心の中にずっとある渡ノ月への「もう嫌だ」みたいなおそれがぼろぼろと口から次々にとめどなくこぼれて、若干の早口になってしまっていたようだ。

「やだあ。嘘でしょ。たもっちゃんみたいになってたの? やだあ。変態になっちゃう」

「ねぇ、俺ここにいるよ。本人いるよ、本人。いいの? 泣いちゃうよ?」

 たもっちゃんは悪口言うならせめて聞こえないようにしてくんない? と変な譲歩を見せながら、失礼しちゃうと台所へ移動して今日の夕食を手早く準備した。

 じゅげむやテオやレイニーと少しずつ用意を手伝って、できた料理をリビングへ運んでみんなでわいわい夕食とする。

 あったかいごはんをいただきながらに大体の感じで、いやー、ホント。気を付けてればいいのかも知れないけど、気を付けてないとどうなるか解んないってだけでプレッシャーみたいなとこあるじゃない? 渡ノ月。やだー。などと雑な話を続けていると、フェネさんに料理を取り分けるテオからお前たちはもう少し世渡りと言うものを考えろと言われたり、その料理をぺろりと消したフェネさんが耳だけ大きな小さなキツネの頭をかしげ、くりくり大きな金の瞳をきょとんとさせて「ねー。空に月がなくなるとおっきい魔獣とか、あくま? に、ねらわれるの? なにそれ。大変。呪いってやつ?」と、めちゃくちゃ無邪気に質問したりした。

 それはねー、我々もちょっと思ってる。

 なお、この問い掛けに対しては自らの仕える神のことに対して一歩も引かぬレイニーが、呪いではなくちょっとした手違いです、と厳しく訂正していたが本当にあれでフォローになっているかは解らない。

 この日はそのまま別荘に泊まることになり、食事の後片付けをしていると、ふと。

 すっかり暗い台所の窓の外側に、いかつい農具を武器のように掲げた人影がいくつものっそりと立っていた。この恐怖。

 暗い所に武器っぽいものを持った人間が黙って立ってるのめちゃ恐い。

 私など、なんの気なしに外を見て、アイテムボックスに収納する前にレイニーの魔法で念入りに洗浄してもらうため手に持っていた大きめのお皿をあわわわと落としそうになったくらいだ。なにあれ。

 恐かったのはメガネも同様だったと見えて、透明な窓を開きながらに涙の気配が若干強めの声を出す。

「やだぁ……声掛けてぇ……」

 よく解る。その気持ち。

 ただ、窓の外にいたのは王のための農園を管理するプロ農家さんたちで、彼らはメガネの懇願に逆に困惑するように答えた。

「ペトロネラ様の別荘に明かりがあるから侵入者かと……いつきた?」

「あ、はい」

 多分これ、ただただ我々が悪かった。

 よく考えたら砂漠からドアで直接別荘内に移動して、管理人たる農家さんたちに挨拶するのをおこたっていた。

 だから彼らはここにいるのが我々だとは知らないし、ならばそれは侵入者と思われて当然である。

 そのため、かつての王妃でこの別荘の主であったペトロネラ様の大切な場所になにかがあってはいけないと、農家さんたちはそろそろと勇気を出して様子を見にきたと言うことのようだ。

 悪いことをしてしまったと反省し、とにかくめちゃくちゃ謝り倒したし、農家さんから連絡を受けて駆け付けた農園の警備を担当する騎士にも大人なんだから挨拶くらいはしろと社会常識についてお説教を受けた。

 挨拶、大事。

 私覚えた……。


 まあ王が貸与した別荘だからいつきても悪いってことはないけども、と。

 農家さんらは困ったようにそれでも一応きたら教えてとか言って、でもどうせいるならちょうどいいやとすぐに話題を切り替えた。

 前に習ったふかふかのパンを焼くのうまくなったとか、そのパンの耳で餌付けする王の狩場のニワトリたちと和解しただとか、私が先日お花をもらう代わりに持ってきた砂漠の砂に、言われた通り水をやってるがいまだなんの変化もないのであれは本当に植物の種が隠れているのか。心配だ。でも砂漠の植物は初めてなので、わくわくする。みたいな話を聞かされた。同時に渡したスゲーヘチマの保湿ジェルもすごくいいとほめられた。

 そうする内になんだかのんびりとした空気になって、まあまあそう言うこともあるよねと宿泊。翌朝はがんばって早く起き、農家さんの指示のもと、お手伝いのような、自分たちがもらっていい季節のお野菜や果物などを収獲するだけのようなお仕事に従事した。

 じゅげむとテオはむっしゃむっしゃ我も我もと実り豊かな農園にテンションの上がった金ちゃんとフェネさんをびっちりマークして、今日のところはこの辺でご勘弁くださいと農家さんからもらった作物を先んじて提供することで農園の被害を最小限に抑えんと懸命に骨を折っていた。助かる。

 こうして、いっぱいできたからちょっと余剰になっていると言う王の農園で作られた高貴なる農作物を大量にもらってアイテムボックスに備蓄して、日の出と共に池の向こう岸の森から出勤してきた柴犬サイズのニワトリたちにパンの耳を振り撒く作業にもちょっとだけ参加させてもらった。

 なぜちょっとだけかと言うと、以前、奴らの首に魔道具を付けた時の茨による図らずも汚くなってしまったやり口のせいで、いまだに私がニワトリたちからめちゃくちゃ嫌われているからだ。おいやめろ。私が投げたパンの耳だけ避けるんじゃない。悲しいだろ。やめて。泣いちゃう。鳥頭とはなんだったのか。ニワトリ意外と執念深い。

 まあそれで、金ちゃんが異世界ニワトリのトウドリと再戦し掛けたり、我も! とりにく! と騒ぐフェネさんが参戦せんとするのをどうにか止めて、トロールと自称神たるものの分体のキツネに少々の不満。そして私に悲しみを残して我々は王の農園をあとにした。一日ぶり二回目の逃亡である。

 向かう先は厚い防壁に守られた王都の、一等地っぽい場所にあるアーダルベルト公爵家の邸宅だ。

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