523 鬼サイド
異世界にもデスマーチってあるんだな。
今回は完全に我々のせいだと思うと、なんだろう。ごめんの三文字しか出てこない。
なにもがんばらない我々が人にだけがんばりを強要するかのような振る舞いをしてしまったと気が付いて、さすがに反省はしたのだがそれはそうと溜め込んだ素材や草もできれば売りたい。
そこでギルド長の前でぽいぽい出した大量の素材は一旦シュピレンの冒険者ギルドで預かってもらい、査定はゆっくり常識的な労働基準で進めてもらって少しずつ買い取りが決まったものから我々の口座に代金を振り込んでもらうことになった。
これならば、罪のないギルド職員が逃れようのない残業を強要されたりしないのだ。職員の定時は守られた。
ただ、まあまあ価格高めの素材を大量に預かったことによる査定までの保管管理の責任と、その代金を確実にこちらへ振り込むまでのギルド長の心労は増えたように思う。
我々も、預けた素材が査定までの間にダメになっててすごく安い買い取りになったら悲しみのあまり泣いて暴れてしまうかも知れない。
「泣いて暴れてしまうかも知れない」
「二回言わなくていい……」
ギルド長の部屋で素材の扱いについて提案し、了承をもらい、でも心配は尽きないなと言う話のついでこちらの姿勢を強調する私に、ギルド長はなぜだか疲れ切った様子で首をゆるゆると横に振る。
なぜなのかは全く解らないのだが、なんとなく顔の傷までしんなり見えてかわいそうだった。
それから、我々はシュピレンの夏の暑さにうだうだと日暮れを待ちつつ適当に店を回って時間を潰し、砂漠の村へのおみやげによさそうなものを探したり、焼き付く日差しが暮れると共に少しだけ下がった気温にいくらか活発さを取り戻し、同じく昼間は眠ったように静かだったのが夜になりフェアベルゲンの油のランプが灯るにつれて活気付く街を駆け回り、我々の心配をしたように思えなくもない隠密集団の意を受けてもにょもにょと我々に忠告しにきてくれた子供を「わはははは!」と獲物を追い詰める金ちゃんのように追い掛け回して道の死角で待ち伏せし、撒いたと思ったか? 残念! ここだ! とかシャウトしながら飛び出してきいやああと、おもっくそ悲鳴を上げる子供を捕獲して、なんか気い使ってくれたみたいでありがとねえ! と謝礼のおやつをこれでもかと渡した。
大人に言われたからだとは思うがこの暑い夏のシュピレンで恐らく我々と偶然会うために日中の街をうろついてくれていたかと思うと、この子にはちゃんとお礼をしたほうがいいかと思った。
つまりそのために探していたのだが、我々に探されどやどや駆けよられる感じが恐かったのだろうか。
まだ距離のある段階でこっちの顔を見た途端、ひえ、と逃げ出す子供を追い掛けて無数のランプに照らされるエキゾチックな夜の街を駆け回る内になんとなく途中から楽しくなって最終的にお礼を言うテンションじゃなくなってしまったのは本当に悪かったなって思ってはいる。
あと、まあ当然と言うか。
よそ者の大人が街の子供を追い掛け回す猟奇的な姿は地元民の危機感を刺激していたようだ。鬼ごっこの鬼サイドにマジ鬼っぽいトロールがまざっていたのも一因かも知れない。
そのため危機意識の高い誰かが助けを求めていたらしく、子供を捕まえおやつを山盛り押し付けている所へ駆け付けたどっかの一家のチンピラに子供相手になにやってんだとものすごく真っ当なガチギレを受けた。ごもっとも。
なおレイニーはとりあえずはぐれないように付いてきただけでよその子供を追い詰めるのには加担せず、テオは片手に「我も! 我も小さいにんげん狩る!」と人聞きの悪いことをきゃんきゃん叫ぶフェネさんを捕まえ、逆の手にどことなく悲しい顔のじゅげむをかかえ上げて保護。じゅげむは多分、普通にお礼を言えばいいのにとドン引きしすぎているのだと思う。
そんな感じで両手に小さいのを確保しているテオもまた、我々と離れ、しかし見失わない程度の距離を保ってもはやなにも解らないと言うような虚無のおもむきでそこにいた。
まるで心を失ったなにかみたいなたたずまいがあるので大丈夫かなと心配になったが、テオは異世界の常識人である。
だからきっとそうなっているのも、恐らくほぼ確実に我々がわあわあしすぎたせいなのだろう。ごめんなあ。
こうして、一通りの用を済ませた我々は自ら作り出したもうさっさと帰れみたいな街の人の空気の中で円形の都市であるシュピレンの端、大きな門の一つまで移動した。
港のような雰囲気のあるその場所も、今はがらんと静かで暗かった。
巨大ムカデが客を運んで到着すればにぎわうが、今日はそうではなかったのだろう。
門の外にいくつか並ぶ小さな店もしっかり板戸を閉じていて、明かりと言えば門の外にぽつりと一つランプが灯されてあるだけだ。
円形の街の形に添うようにゆるりと丸くカーブを描いて作られた護岸の、その外側に広がる砂漠は街の明かりから離れるごとに闇夜の暗さに溶けて行く。
空には月が出ていたがずいぶん傾き頼りなく、空と地面の境目すらもよく解らないほどだった。
夜の砂漠は恐ろしい。
いや、昼間だって危険はあるし、夏ならば日中は焼き付く日差しに危機感がある。
しかしこの、果てのない夜そのもののような。艶やかなインクで染めたみたいな。
濃密な闇夜の砂漠はどこまでも、一人で歩いてみたくなるような胸のざわつくなにか不思議な魅力があった。
まあ、すぐに迷って泣いてしまうのが目に見えているので実際には絶対やらないが。
砂漠の砂の高さよりいくらか上に作られた、船着き場めいた護岸のふちに待機する私やじゅげむたち。その目の前でぴかぴかと浮かび上がるのは、無意味な魔法術式だった。
なんらかの魔法で呼び出すと見せ掛けて、アイテムボックスから空飛ぶ帆船を取り出すためのいつもの見せ魔法陣である。
レイニーが描いたなんの作用もないそれに合わせてメガネがどやあと船を出し、大きな門の閉じた扉の小窓から門番たちが「派手だなあ」「すげぇなぁ」などと言うのがさわさわと聞こえ、なんとなく私までどやあとしながらその中へと乗り込む。
そして颯爽と夜の空高く飛翔して、いざ砂漠の民の集落へ――には、行かず。
時短に余念のない我々、と言うかメガネが魔族のピラミッドも砂漠ではあるけどシュピレンから結構距離あるし、いちいち船で移動するのめんどいな。と言う精神で砂漠の都市からほどほど近く、ほどほど離れ、辺り一面砂ながら高低差の関係でうまいこと街とその近郊からは見えない位置に小さめの小屋サイズで製作してあるピラミッドへと向かった。
この略して小屋ミッドには入り口にドアが取り付けてあって、肝心なのは建物ではなくこのドアのほう。そう、ただただメガネがスキルで移動するのに便利なように、砂漠にドアを設置するため作られたものだ。
けれども一応こだわって、内部にはピラミッドの建材と同じく砂漠の砂を魔法で固めた台がある。そして省エネを心掛けて練った魔法術式により、人がくると真上からいい感じのスポットライトが当たるようになっている。
その砂岩の台にも魔法術式が刻まれて、魔力を込めると台の上部、ボウル状にもうけたくぼみにじわじわとだが水が出た。
またそのくぼみの横の部分が自動的にぱかっと開き、些少ではございますがと塩を制作するたびになぜか在庫がダブついてしまうレイニーの冷血岩塩がしゃんらららとせり上がってくるようになっている。だってほら。砂漠はね。恐いですし、やっぱり。
もしも誰かが砂漠で迷ってて、命からがらどうにか見付けたなんらかの建築物にやっとたどり着いたのに、中になにもないのはどうかなって。
小屋ミッド、まあまあシュピレンに近いけどまあまあ離れてもいる位置なので。
優しさと、サービス精神と、干からびた死体とか見んのやだなと言うのっぴきならない事情が我々をこうさせた。
ただ、水と塩を補給できてもここから街までたどり着けるとは限らない。
たもっちゃんはまだ存在しない遭難者を心配するあまり、やはり魔力を込める必要はあるが、空にでっかくこちらの文字で「たすけて」とド派手に輝く文字が出てくる救助要請用の魔法術式も小屋ミッドに刻んだ。
あとは運次第になるものの、これで誰かが気付いてくれる確率が上がる。爆音で注意を引く案もあったが、人より砂漠の魔獣がよってきてしまう可能性が高いのでダメだ。
我々にしては色々と配慮し、出来る限りよくやったほうだと思う。
まあ、この小屋ミッドの位置からすると救助にきてくれるのはシュピレンの誰かで、それがどっかのチンピラとか賭博にハマり切った冒険者だった場合、なんとなく救助の代価にえれえ金額を請求されそうな気はするが、それはなんかこう……がんばって欲しい。
とりあえずそれは置いといて、我々は砂漠の民の呼び出しをぶっちぎる形でひとまずドアのスキルでブルーメへと移動した。




