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521 しつこくアピール

 すっかり約束を守らない子みたいなひどい中傷を受けた我々ではあったが、実際ちょっと塩の返済を忘れてた年があったのであんまり否定もできないと言うなかなかの泥仕合になってしまった。

 いや、でも忘れそうになっただけだもん。塩はちゃんと持ってきたもん。

 ちょっと持ってくるの遅れただけで、厳密には忘れてないからセーフなんだもん。約束守ってなくないもん。

 そんな思いが強めに残るだいぶん不本意な形ではあるものの、日差しの強いシュピレンの、屋外でむきむきと働く職業のためか全体的にこんがりとしたおっさんたちが抗議してくれたお陰で新しい借金を背負わずに済んだ。

 このことに深く感謝した我々は、ブーゼ一家の中庭で以前メガネが置いて行きそこそこ活用されているらしき石窯二号の準備を勝手に整えて、お礼のピザをどんどん焼いてフェアベルゲンの猟師らや白旗焼きの屋台のおっさん、ついでにわらわら集まってきたチンピラたちに焼き立てのピザを配り、そうしながらにすきあらば「約束破った訳じゃないもん」としつこくアピールしてみたが、だいぶん前からすでに失っていたらしい信用はそう簡単には回復しなかった。悲しいね。

 一方、ラスへの抗議集会には参加せず、部屋の外から「まぁ。むさ苦しい」とただ見ていただけのレイニーや「むずかしいおはなし?」と心配そうに戸口から頭だけそっと覗かせたじゅげむ。「我、神だからにんげんのもめごと解決する!」と、ふんふん張り切り体の割に大きな耳をぴこぴこさせて飛び出さんとしていた小さなキツネと、それをなんとか押しとどめようと腐心するテオ。ヒマだったのか金ちゃんはその辺で庭のブロックをひっくり返し、虫でも探し始めた様子でまあまあの破壊行為を片手間にこなした。ブーゼ一家のチンピラがマジでやめてとむきむきとした金ちゃんにしがみ付いて懇願したが、ただずるずると引き回されるだけだった。

 これらの、ラスへの話が終わるまで退屈していた面々もピザのターンにはそれぞれしっかり参加した。

 レイニーは建物で四角く囲まれた庭に黒い障壁で屋根を作って日陰とし、空調魔法の冷房を効かせてソリを引くイヌのように俺はやるぜとムダに張り切る我々を夏の砂漠の熱波から救う。ライフライン本当にありがとうございます。

 伸ばした生地に具材を載せたり、焼き上がって切り分けたピザを慎重に運んだりと忙しいじゅげむは、こんがりとしたおっさんたちからちやほやとピザを届けたお駄賃にスルメのような謎の干物をポケットがぱんぱんになるまでもらうなどしていた。

 ものめずらしい食べ物に我も我もと騒ぐ白い小さなキツネのために、ふーふー息を吹き掛けて適度に冷ましたピザをあーんと捧げ続けるテオの献身。そしてピザが焼き上がる端からひょいひょいと、つまみ食いと言うには大量に胃袋に消して行く金ちゃんに構う間もなく忙しく、ピザを量産しているメガネをちょこっとだけ手伝うと見せ掛けて私もしっかり久しぶりのピザをもりもりと食べた。おいしかった。

 そうして主に食べる面でピザの宴に参加して、ふと。

 熱くなった石窯でピザのチーズがふつふつ焼ける様子にひゅーひゅー盛り上がっているチンピラの中に、先日、世界が終わると思ったら終わらなくてなぜか借金だけが残ったと悲しげに語っていた若いのがいるのに気が付いた。

 私は、彼の姿にはっとした。

 なぜか? 理由は簡単だ。

 話を聞いたあの時はよく解らなかったけど、理不尽な借金が我が身にニアミスした今なら解る。正確には、まあまあまあ多少はね? とか思ってたのに、こんな騒ぎになって解った。

 負債があるってマジやべえじゃん。

 あまりにも深い同情におめーも大変だなと若者の背中をばしばし叩き、これでも飲めよと体にいいお茶を差し入れてしまう。

 お茶はピザにも合わなくはないし、借金を返すにはきっと健康が大事だと思った。

 例え世界の終わりと早合点して享楽的に炸裂させた借金であろうと、こいつにはこれから長く地道な返済が待っているのだ。とても涙なしでは語れない。本当に一切関係ないひとごとでよかった。

 そうして私があんまり役に立たない同情を勝手に押し付けている間にも、レイニーの魔法で日陰と適温が保たれたブーゼ一家の本部の庭はわいわいと人々がピザを楽しんでいた。

 途中からなんか人が増えてきたなと思ったら、我々を擁護するために集まってくれたフェアベルゲンの猟師らやタコ焼き屋のおっさんたちの全然奥まってない奥様がたらしい。

 仕事場にいない夫たちを心配し、若干キレ気味に探しにきたら男らはひゅーひゅーとピザで盛り上がっている。なにやってんだと叱るついでに勧められた焼き立てのピザをはっふはっふと頬張ってしまうご婦人。

 仕事をサボっているのがバレたおっさんたちによるピザを駆使した懐柔策で一層の宴感が増した気がしなくもないが、それぞれの夫から恩人だと紹介されたメガネには「おや、あんたが!」とご婦人たちも表情をぱっと明るくさせて、もみくちゃにする勢いであついお礼を次々に述べたし、金儲けだけじゃなく料理までうまいなんてできた男だねえ! とか言ってなんかやたらとほめそやしていた。たもっちゃんもまんざらでもなさそうに、取って置きのよく溶けるチーズをピザに振り掛けてご婦人たちに振る舞うなどしてしまう。

 まあそれはそれとして、用が終わったならもういいだろうとピザを堪能したご婦人たちは改めて礼を言いつつそれぞれの夫を引きずって力強く帰って行くのだが、砂漠の街でのメガネの評価が局所的に買いかぶられているように思われてならない。


 メガネなんてね。

 メガネなんて。

 黒いメガネが本体ってだけの大した人間じゃないんすよ。

 ちょっと器用で大体の感じで魔法使えて趣味全開で生活に便利な魔道具とか作って、三度三度あったかい料理出してくれるってだけの……。

 いや、ありがてえな……。

「たもっちゃん、いつもありがとね……」

「急にどうした」

 なんとなく過大評価されすぎているメガネに対する釈然としない、ねばついた嫉妬が私の中で一瞬頭をもたげたが、よく考えたら便利なメガネに誰より世話になっているのはほかでもない自分だった。

 危なかった。

 ねっちりとした嫉妬に狂って心のままにディスっていたら、もうごはんが食べられなかったかも知れない。危機一髪だった。

 急に日頃のお礼を言い出した私にメガネがめちゃくちゃ不審そうではあるものの、とにかく。

 こうして、愛憎渦巻く個人的な危機と、うっかり背負い掛けた新しい借金はうやむやに消えることになる。

 塩自体は来年からも継続して調達することになりそうではあったが、ギルドを通した依頼になればお賃金が出る。マネー。好きだよ。

 ラスの中で我々への信用がなにもないことが判明したばかりでもあり、絶対に、絶対に忘れないようにしたい。

 そんな変な決意を新たにしつつ、シュピレンでの残った用事を済ますべく我々はあっちこっちをうろついた。

 ラスと話すためにブーゼ一家を訪れて、老いた猟師の長い抗議を聞いてからピザの宴と後片付けを済ませてもまだ午後のおやつにも少し早いくらいだ。

 具体的には別になにもしてないのだが、とりあえず借金がなくなったことで解放感に包まれて、我々はどやどやと砂漠の街でショッピングとしゃれ込んでしまう。

 で、夏の日差しにじりじり焼かれたエキゾチックな街並みを、レイニー先生の自分が快適にすごしたいと言う動機から異様に手厚く展開されたエアコン魔法の恩恵を受けつつ移動して、商店主たちの営業トークがほとばしるバザールと言う名の異世界商店街を逃げるように駆け抜け、たまに逃げきれず押し売りを受け、ほうほうのていでたどり着いた肉屋でシュピレン名物の謎肉を買い込んだ。お肉、いいよね。いいお肉。いいよ。

 あとはフェアベルゲンの油を仕入れたり、魔女の貸し本屋ではローバストで翻訳の外注を受けている皇国組とのやり取りを仲介し、このためにうまいこと言いくるめて連れてきたメガネのスキルでドアを開いてこそこそと行ったりきたりした。

 皇国組への報酬は一度我々が立て替えて、そのぶんを写本で払ってもらうシステムだ。

 魔女もすっかり心得たもので、古い希少本などを選んでくれる。公爵さんへのおみやげや事務長への賄賂に最適なのだ。助かる。

 その帰りには何度会ってもどう見ても口調が隠密の子供に発見されて、いつものようにおやつを渡す。キミはあれか。我々を街で発見しては恐い魔女を怒らせてカエルにされてないか確認するお仕事かなにかか。

 隠密、どんなに変装してたとしても諸事情あって我々すぐに解ってしまうので、なんとなく距離を置かれているようにも思われた。だがこうやって心配されてる感じもあって、いつも悪いわねみたいな気持ちだ。

 ただ、今日の子供はカエルの心配だけではなくて、ほかにも仕事をかかえていたようだ。

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