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52 農耕民族

「こうなってくると、みそとかしょう油も欲しくなるな」

 大豆でできた調味料は、白いお米の盟友である。

 私は、深刻な面持ちで呟いた。

 それから、悩む。みそもしょう油も、豆と菌が見付かれば作れるかも知れない。けど、メーカー品みたいな味にはならないだろう。ホームメイドって、そう言うとこあるよね。

「たもっちゃん。でき掛けのダンジョンでも探してさ、調味料ダンジョンにしちゃわない? 小さいとこでいいからさあ」

「この米、ちょっと細長いよね。インディカ米っぽいのかな」

「私はさ、カツ丼が食べたいんだよ。親子丼とか、牛丼とか」

「味はどうだろ。インディカ米ならそのままより調理したほうが向いてるかも」

「チャーハンピラフオムライス!」

「すいませーん! これって一種類しかないの? もっと丸っこいやつとかないですか? あったら凄い欲しいんですけど」

 お互いに話し掛ける口調ではあるが、確実に相手の話を聞いてない。

 たもっちゃんと私のそんな様子に、苦言をていすのは獣族の男だ。

「アンタらァ、ちょっと自由すぎねェか」

 タヌキだかアライグマだか、よく解らない。自前の毛皮は明るい茶色とこげ茶で塗り分けられて、体は私よりも小柄なくらい。

 彼は、たき火のそばでお米の鍋を見ていた男だ。最初は文字通り毛を逆立てるように警戒したが、今となってはあきれたみたいに肩の力を抜いていた。

 お米を煮ていた中くらいの鍋は、すでに火から下ろしてあった。中身はやたらと茶色だったが、米である。

 見た目からして日本のお米とはちょっと装いが違うようだが、お米はお米だ。我々は、自分に流れる農耕民族の血をはっきりと感じた。

「まずは精米かな。糠落としたら白くなるかな」

「とりあえず食べよ。多少の味はどうでもいい。お米食べよ、たもっちゃん」

 目覚めし農耕民族の血は、たもっちゃんと私を挙動不審にさせた。

 王都で買った大鍋にかじり付き、その中いっぱいの生米を眺めて変な感じにはあはあとする。久々のお米は、なんかそうさせる威力があった。

 こんな不審な人間を前に、しかし旅姿の獣族たちはあきれながらも落ち着いていた。

 大鍋いっぱいに集められた米は、彼らから提供されたものだ。しかし訳の解らない人族に絡まれ、米をカツアゲされたにしてはなにやらほくほくとした雰囲気すらある。

 当然だ。異世界のお米と交換に、獣族たちにはふわふわのパンを渡してあった。

 彼らもにっこり。我々もにっこり。カツアゲなんて恥ずかしいまねはしないのだ。

「これってどこで買えます? 俺も探してたんだけど、売ってなくて」

 細長く茶色いお米を見ながらに、たもっちゃんが問う。するとタヌキやイヌや、ヒツジっぽい姿の獣族たちが「あー」と呟き気まずげに顔を見合わせた。

「こらァ、恐怖の実っつってなァ……市場には売ってねェ」

「家畜がいりゃあ、農家は大体植えてっけどな。エサにすっからよ」

「獣族も人族も、食い詰めた奴しか食いやしねェんだ」

「家畜の……」

「畜産業あったのか……」

 我々の主食が家畜のエサ。悲しみが深い。

 しかし、たもっちゃんのおどろきかたは私とは違った。完全に、異世界におけるジビエ肉率の高さに思いをはせている。

 冒険者が魔獣を狩ると、ギルドは素材だけでなく毛皮や肉も買い取ってくれる。基本的には、市場に流通する肉はそれだ。

 でも、そうだよな。ミルクは普通に売ってるもんな。日持ちがしなくて毎日決まった量しか仕入れないから、店でも大量には買えないが。

 いるんだなあ、畜産農家。

 農家に行けば、野生を失った堕落肉に出会えるのかしら。堕落と言うか、サシの入った高級肉とか。たまにでいい。すごく会いたい。

 そんなことを考えながら、夕焼けに夜の色がまざりはじめた空を見上げる。

 頭の中は、焼いたお肉とほかほかの白米でいっぱいだった。焼肉のたれも欲しい。焼肉定食に思いをはせて口をだくだくにしていると、すり鉢を出せとばしばし肩を叩かれた。たもっちゃんである。

 この世界のお米は、恐怖の実と呼ばれているようだった。なぜそう呼ぶかは収穫したものを見れば解ると、獣族たちは言葉をにごす。

 基本は生のお米をそのまま家畜に与えるが、獣族たちの説明によると「食い詰めて」仕方なく人が口にすることもある。

 その場合は多めの水で煮るように炊いて、ゆで汁は捨てる。だがそうやって火を通しても、独特のにおいが残り、味はない。とてもじゃないがおいしいとは言えなくて、人が食べるには不向きであるとされている。

 これが一般的な認識だそうだ。悲しい。

 でも多分それ、精米せずに食べてるせいもあると思うで。タヌキのおっさんが煮てたやつ、なんかやたらと茶色いし。

 だから、たもっちゃんはまず最初に精米を試みた。すり鉢を出せと肩パンされたのはそのためだ。

 王都で買った一かかえもある大きなすり鉢に、テキトーな量の玄米を入れる。大体の感じで魔法を練り出し、刻みの入った鉢の中で玄米をぐるぐるかき回してぬかを落とした。

 たもっちゃん的にはもっとうまくやれる気がすると試行錯誤していたようだが、見ているぶんには結構うまくやれてる気がする。

 精米した白いお米をざかざか洗い、三合ほどを水にひたして横に置く。一度は普通に炊いてみて、味を確認しておきたいようだ。

 米に水を吸わせている間に、たもっちゃんは別の料理もちゃかちゃかと作った。

 得体の知れない野菜的なものや、鶏肉っぽい謎の肉。しれっと加えたヤジスの身などを大きなフライパンにぶち込んで、敷き詰めた生米の上から作り置きのスープストックをだばだばそそぐ。

 私は気付いた。これはあれだと。細長いお米と相性がいいと、噂に聞くパエリアだと。

 異世界のお米でも相性がいいかは知らないが。

 お米を洗うのを手伝ったあとは、特になにもすることがない。私は近くの地面に座り、一人で忙しそうに料理するメガネを眺めた。

 しばらくぼーっとしていると、夏の暑さに腕まくりしたヒジの辺りにもさっとした感触があった。見下ろすと、毛玉がいた。サイズ的には私の半分くらいだろうか。

 毛玉は言った。

「おばちゃん。あれ、なにができんの?」

 好奇心に目を輝かせ、話し掛けてきたのはタヌキの子供だ。やめろ。小さい前足で私のシャツをつかむんじゃない。愛おしい。

 シャツをつかんで見上げてくるタヌキの後ろには、ヒツジの子供が見え隠れしていた。

「人族だよ。こわいんだよ。やめようよ」

 タヌキの子供を引っ張りながら、困り果てたようにそんなことを言う。人間には近付きたくないが、友達を一人にもできず付いてきたと言う感じである。

 ヒツジよ、お前はいい子だ。しかしその気弱さで、ものすごく損をしそうな気がする。

 私はショートブーツを履いた足であぐらをかいて、腕組みしながら重大な秘密を打ち明けるような表情を作った。

「あれはな、パエリアだ」

「ぱえりあ」

「うむ。肉やダシの味がしみ込んでな、米にうま味がぎゅっと詰まった料理になるのじゃ」

「うまみが」

 謎の老人ふうに吹き込むと、子供たちは口いっぱいにじゅばっとよだれが出てきたような顔をした。かわいい。

 嫌われ者のお米を使って料理をするのはめずらしいようだ。

 子供たちだけでなく、獣族の大人たちも興味津々にうちのメガネの作業を見ていた。やわらかいパンをかじりながらだったので、ただヒマなのかも知れないが。

 獣族の子供に割り箸めいた木の棒と水あめを与え、白くなるまで練るのだと教え込んでいる内にパエリアができた。

「味みて、味。リコ、どう? どう? ねぇ、どうなの? おいしい? ねぇねぇ。リコ」

 たもっちゃんはちょっと料理に自信がない時、過度に感想を求めがちになる。正直めんどい。でも今回、私が答える必要はなかった。

「おいしい!」

 感動にふるえるような声が飛び込む。

「ぱえりあ! おいしい!」

「うまみが! おいしい!」

 タヌキとヒツジの子供たちだ。ついでにパエリアを与えられ、一緒になって味見をしていた。ひたすらもぐもぐ口を動かし、青い目を細めるだけのレイニーよりは有能である。

 そんな時だ。

 騒がしい一団が現れたのは。

「へえー! これ、恐怖の実だろ? 珍しい料理だな」

「食べる! 食べたい! 食べさせろ!」

 勇者とその一行だった。彼らは土魔法で作られたかまどのそばに屈み込み、当然のようにフライパンからパエリアを取り分ける。

 我々は知った。ルートの変更程度では、リア充の追跡をかわすことはできないのだと。

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