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519 なにもよくはない

 まあ、それはいいのだ。

 なにもよくはないのかも知れないけども、とりあえず。とりあえずね。

 いや確かにペンギンは私だけでなく遠く離れたブルーメ王都の公爵までも魅了する、よく伸びる夢の布を生み出す唯一の者だ。

 だからものすごく大切にしたい気持ちはあるし、こののびのびとした着心地を守るため可能な限り保護しなくてはならない存在とも言える。

 でも今はそこじゃないってゆーか。

 自身も特注のTシャツに身を包みペンギンをがっちり抱き込んでいるゼルマも、それなりに大事にしてくれているみたいだし。いや、Tシャツ生地でシュピレンの獣族の街がにぎわうと彼らのほうにも利がある的な、金のつながりを感じはするが。

 でも、と言うか。

 だから、と言うか。

 とにかく、一時急に忙しくなってたるたるとやつれていた姿からTシャツ生地存続の危機感を感じた私や周りが協定を結び、発注量と価格について談合を交わして休暇と報酬が保障されたお陰かもっちりとした肉付きを取り戻し、そして今、太客であるゼルマの腕に抱き込まれてまんざらでもなさげなペンギンのことは一旦ちょっと横に置きたい。

 世の中、金だよな。わかるよ……。あとお休みと健康。わかるよ……。

 で、取り急ぎはっきりさせたいのはラスの目的のことである。

 メガネに借金を背負わせて、そのことを喧伝するようにマジでなんでここまできたの?

 なんかそれ、素人には思いも付かないひどい策略が隠されているのではないの?

 そんな不安をかき立てられて仕方ない、不穏な疑問の答えはおらおらと。

 よその幹部が手下を引き連れ彼らのナワバリに入ってきたことで、ハプズフト一家の幹部のゼルマがやはり手下と駆け付けて、メンチを切り合いおうおうやんのかとうるさいチンピラ集団を背景に、腹の探り合いと見せ掛けて売り言葉に買い言葉で普通にケンカし始めたスーパーヤンキーの会話によって大体の感じで解明された。

 と言うか、ラスが我々を「うちのお客」と強調するのにゼルマが「もう縁はお切れでしょう?」と煽り、いやいやまだまだ大事な客人で、などと。

 新しい借金を匂わせて煽り返すラスに、そう言えばペンギンの心配より先にその話やった。と、私もやっと思い出したし変な納得を覚えてしまった。

 なんかわあわあ言ってる内に本題忘れるの本当にやめたい。

 それで、敵対組織の幹部らのケンカと呼ぶにはまだ穏やかと言えなくもない、それでもなんとなくバチバチとしたやり取りを聞きながら私もじわじわと理解した。

 どうやらブーゼ一家、そしてその幹部としてラスは、ずっと気に入らないと思っていたようだ。

 我々が彼らに納めるテオ塩は今年で終わってしまうのに、ハプズフト一家にはこれからもTシャツの購入費用などを通して金を落とし続けるだろう、そのことが。

 だから、ごりごりと強引に――いやエルフの気配に自分から飛び込んだ気配もものすっごくあるけど。

 だから、メガネに借金を背負わせて、塩の納品を継続させた。

 だから、その事実をわざわざ広めるように、ハプズフト一家のナワバリにまで連れ立ってきた。

 だから、これは敵情視察と装った、ただの嫌がらせらしいのだ。

 マジかよ。

「ラッさんやだあ。マジやだあ。気に入らない奴にちょっと嫌な思いさせたいだけで関係ないとこにまで影響出しても全然ヘーキなのマジやだあ」

 もーマジやだの一心で私は砂漠の街のチンピラなどがやいやいとしている小さな仕立て屋の店内で、どーんと置かれた作業台にぐでっと全身を投げ出してもたれた。

 たもっちゃんが新しく作らされた塩借金はブーゼ一家のお小遣い稼ぎと言う実益をかねてのような気もするが、なんとなく一番強い動機はよそにだけいい思いをさせてたまるかみたいなものを感じるの。やだあ。

 しかしラスの嫌がらせを真正面からがっぷりと受け止めるゼルマは、割とその辺すでに承知でいたらしい。

「ラスさんはいつもこうなんですよぉ。優しいお顔で真っ黒なことをなさる。酷いお人なんですよぉ」

 ゼルマは完全生命体Tシャツに包まれた自らの巨漢をぶるんぶるんと揺らしつつ、大げさな身振りをまじえて嘆かわしげにライバルをディスった。

 マジでそれ。めちゃ解る。

 あまりにも今の気持ちにジャストフィットしすぎてて、ゼルマの意見に思わず私も赤べこと化す。

 けれどこの、大人数でよってたかって文句を付けるやりかたはなんだか嫌だとしょんぼりしてしまった者がある。

 公正なる自称神、フェネさんだ。

 フェネさんはメガネを止められず不甲斐ないとがっくりしているテオの肩に乗っかって、私がペンギンたちへの気遣いとしてぽいぽい出した詫び菓子を「つま。あれほしい。つま」とねだってあーんと食べさせてもらうなどしていた。

 そんな妻の献身と糖分、または炭水化物の供給により最初はご機嫌でいたのだが、そうしながらにディスにまみれた我々の話を聞いてたら段々と悲しくなってしまったと言う。

「我、小さい子いじめるのよくないと思う。仲よくすればいいと思う。小さい子も悪いことしたらだめ。うちの村長が言ってた。悪いことしたら謝んなくちゃだめだけど、謝ってもどうしようもないこともあるから悪いって解ってるならそもそもやるなって」

「お……おお……」

 この場合の村長って誰なのかなと思ったら、フェネさん本体が鎮座する神殿洞窟近郊のマーモット村の村長だそうだ。

 素朴な意見ではあるのだが、なにそれ正論。なんと言う正論……。

 そう言われるとね、なんかね。

 例え相手がいわれのない借金を強引に作らせてわざわざ別の一家のナワバリにケンカを売りにきたラスで、なにを言われてもそのリアクションが見たかったとばかりにドヤアとしているゴリゴリのなにかだとしても、よってたかって攻撃していいと言うことにはならないと言えなくもないのかも知れない。

 そんな気持ちがうっすらと出てきて我々に言えるのはなんかすいません以外になかったし、完全に巨大すぎるゼルマとの比較で成人男性でありながら小さい子扱いされたラスは私の見る限り初めてほほ笑みがちょびっと引きつっていたし、ゼルマは自分の丸々とした腹肉を少しだけ気にする様にたぷたぷと手で押さえ、このタイミングでなんだかこっちが静かになったと察してか、うまいこと逃亡していた仕立て屋たちの念入りな採寸から解放されて出てきたじゅげむが変な空気にどうしたのかとたずね、我々のやんわりとした説明で大人のムダな争いに冷や水を浴びせ掛けたのがテオに貼り付く小さなキツネだったと知って「フェネさん、すごいね!」と絶賛し、自称神の分体である白い小さな愛らしいキツネを「そうでしょ!」とめちゃくちゃ得意げにさせた。じゅげむって罪作りだなと思った。

 あと、なんか解らんけど話が終わったらもう帰ってとイタチの仕立て屋に追い出され、その前にしっかりじゅげむの服の仕立て代は前金を取られた。

 なんかもう。どうでもいいから早くどっか行ってくれって態度でありながら、取るべき料金は絶対に取るその姿勢。さすがだった。


 砂漠の都市、シュピレンもまた夏である。

 基本じりじりとクソ暑く、じっとしているだけなのに体の外側から焼けてくるような感覚がある。

 けれどもそれを思い出すのは幸いにして、自分の快適さのために抜かりなく空調魔法を駆使するレイニーの魔法の恩恵が及ぶ範囲からうっかりはみ出した時とかだ。

 夏のクーラー、まじライフライン。

 そんな夏のある日、と言うか、耳の長い生物に対して冷静さを欠いたメガネの致命的な脆弱性を突かれて新たなる借金が発生した日。

 仕方なくシュピレンに一泊したと見せ掛けて、我々は夜中にふええとアーダルベルト公爵に聞いてよひどいんだよと泣き付いたものの、公爵はドアのスキルで急に押し掛けた我々の話を本当に聞いてくれただけだった。

「まぁ、今回は誰かが奴隷になった訳でもないし。君達もたまには痛い目を見て学ぶべきだと思うなぁ」

 とのことである。ぐうの音も出ねえ。

 あと、どうも公爵的には砂漠の魔族の姉で母である人の、あれやこれやがどうにかちゃんと完了したのを報告し忘れていた我々にちょっと傷付いているらしい。

「私も、気にしてたんだけどな……」

 しょんぼりとした公爵の様子に、ツィリルのお姉さんの件にはこの人もガチギレで、色々と便宜を図ってくれてたのを思い出しさすがの我々もすいませんでしたと頭をさげるしかなかった。

 そうして公爵と言う名の保護者から成長を期待し放置された我々は翌日、塩借金の返済について詳細を詰めるためブーゼ一家を訪ねた。が、そこにいたのは一夜明け、心底げんなりとしたラスだった。

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