514 ぺろ
魔族は頑強な肉体を持ち、潤沢な魔力に恵まれる。
そのため割とムチャめの魔法でもチャレンジングに組み上げて、軽率にためしがちなものと言う。
その魔族と言う存在に取っても、死者の蘇生はおよそ許されざる禁忌であるそうだ。
「成功する訳がないからな……」
「そっかぁ……」
「死人を蘇らせる儀式で術者が命を落とすのはまだ良い」
「いいんだ……」
そっかあ……。
なんかそれは大らかすぎる気もするが、ツィリルがいいと言うのならいいのだ。
けれども、そんな大らかな彼にも受け入れがたいことはある。
そのことは「しかし」続く言葉の中にも現れていた。
「――しかし儀式で魂が汚されてしまえば、大地を枯らし永遠にさ迷う亡霊になる。そう聞いた。それは……永遠の苦しみだろう? そんな事は、姉にはできない」
「あ、はい」
ピラミッド内部の居住区の、砂岩の壁に囲まれたリビングめいた空間で。
ずっしりとした空気を背負いテーブルに着いた我々は、ぼそりぼそりと語るツィリルにただただうなずき同意を示した。
ほかに……できることなどないのだ……。
と言うか、こちらから水を向けといて死者の蘇生はなしにしたのをどうやって謝り納得してもらえばいいのかなにも解らなかった身としては、魔族の倫理観がちゃんとしているお陰で話が早いみたいなとこもある。助かる……。
我々のしたことと言ったらひたすらに、色々とムダに動揺させて引っかき回しただけである。申し訳なかった。
その根源と言えなくもないフェネさんはイスに座ったテオの膝でしょんぼりと、「にんげんよろこんだもん……死体が動くだけでもすごいって言ったもん……」などと白い毛皮をぺそっとさせて落ち込んでいたが、それはなんか、蘇生って言うか。また別の。ねえ。
「それ、ネクロマンサー的な話じゃない? 蘇生ではなくない? また別じゃない?」
ふとした疑問につい口をはさんでしまう私に対し、たもっちゃんがそれはなんか正しくないと細かい修正を入れてくる。
「いや、リコ。それはシーだよ。シー。ネクロマンサーは死霊術師で、死霊術自体ははネクロマンシーだから。シーだよ」
「うん……知らんけど。なんとなく夢の国みたいに言うのはやめよう」
やめよう。マジで。
しんみりと、て言うかどんよりと。
不都合はなあなあにしがちな大人の空気を互いに出して、もうこの話やめない? と、我々と魔族は死者の蘇生など最初から提案すらなかったみたいな雰囲気を作った。
仕方ない。仕方がないのだ。
これ以上深追いしてみても、なにも生み出さないってこともあるのだ稀に。ごめん嘘。我々にはよくある。本当に不思議。
またもや無益な時間をすごし、すごさせてしまった我々ではあったが、じゃあ、まあ……そろそろ、ねっ? ――と、メガネはお姉さんのための巨大ヒツジの製作に戻り、レイニーはお茶をし、テオはぺそぺそしているフェネさんをべったりくっ付けてしばらく手持ち無沙汰にしていたがやはりなにかしてないと落ち着かない様子のツィリルと共に砂漠へと狩りに出掛けて行った。
私はほかにできることもないので粛々と魔族たちが育ててくれた草をむしらせてもらっていたのだが、巨大なネコを二匹飼い午前中は毎日のルーティーンがあるらしい魔族の双子、ルツィアとルツィエがネコ様のお世話を一通り終えて草むしりに合流。ほそぼそと、そして地道に人族と交流し深めた砂漠の草への造詣を、昨日に引き続き私への指導と言った形で発揮して見せた。頼もしい。
確信があった訳ではないのだが今日も我々はなんとなく自分たちの土下座の気配が濃厚で、じゅげむとついでに金ちゃんは一応クレブリでお留守番をしてもらっている。
だがこうやって積極的にうやむやとなった今、もうその必要はないのかも知れない。
それに、たもっちゃんの話では今日中にヒツジの巨像も完成の見込みとのことだ。ヒツジの像はツィリルの姉であり、ルツィアとルツィエには母のツェツィーリエの墓標となる予定でもある。
ならば、いい感じのお花でもあったほうがいいだろう。
気の利く私はそんなことを思い付き、砂漠の砂を魔法で固めてせっせと石像作りにいそしんでいるメガネの作業をねえねえ聞いてと悪気なくジャマし……いや、ほら……だってお花は必要だから……ほら……。ジャマって言うか……お花欲しいから……。
まあ、それで。
最近は留守番ばっかりで退屈してるかも知れないし、じゅげむそろそろ連れてきてもよくない? などと提案しつつ、なぜか我々に貸し出されているブルーメの王都近郊の。
元王妃のための別荘がある王の農園へ、いい感じのお花をくださいとドアからドアへとメガネのスキルでつないでもらって訪れた。
手みやげに魔族らがもさもさ育てた砂漠の草や、一見さらさら細かいただの砂でありながら実際は様々な植物の種子がまざっているらしい砂漠の砂を両手にかかえ、少し緊張しながらに。
……私はね、思い出したんですよ。
草をむしることしかできず、たもっちゃんの作業を手伝えない私でもせめてゴージャスなお花とかもらってくるくらいはできるかなって。
だったら農作物をたまにもらっていいことになっている、王の農園でプロの農家さんが手塩に掛けたいいお花もらえないかなって。
そしていいお花をもらいたい下心でいっぱいにプロ農家へと思いをはせて、そう言えば――と。
思い出しましたね。私は。
前に、農園に入りびたるニワトリ関連で別荘にずるすると滞在し、それがなんとかなったと思ったら錬金術師の集団と素材を探しに大森林に行くことになって、滞在中はお世話になったしニワトリのことも押し付けるのに、まるで。そう、まるで逃げるみたいに去ることになり、さすがにどうかと思った私が大森林でめずらしい草むしってくるっすからと余計な約束をしていた事実を。
その時はいざ大森林へ向かってみると事情がころころ変わってしまい、結局は大森林には入りもせずに手前の町から王都へとその日の内に引き返していた。
当然草をむしれるはずもなく、めずらしい草の約束を宙ぶらりんにしたままで特に連絡を入れるでもなく、私は農家さんに不義理の極みをやらかしている最中なのだ。
これはほんと、ダメだなって。
さすがの私も、申し訳ないなって。
せめて予定が変わって草むしれなかったむねだけでも連絡しておけば……と思ったが、あの時は大森林の間際の町でドラゴンさんから譲り受けた素材と言う名の吐しゃ物を姫と共に王城まで届けるのと、その直後にテオのお兄さんであるアレクサンドルに捕獲されどうたらこうたらと忙しく正直それどころではなかったような気がする。ちょっと目を離すとテオがなにかに巻き込まれている件。あれもほんと、どうかと思う。
そしてね。忙しいとね。忘れちゃいますよね。大事なことでも割とすぐ。ごめんね。
私もさすがに、これはダメだなって。今回はお花も欲しいことですし。
それでブルーメの国内ではめずらしそうな砂漠の草と、それらの種子が混入した砂。あとは保湿ジェルの原料となるスゲーヘチマも魔族たちがお世話してくれている花壇ピラミッドで収獲できたので、その種をせっせと水でふやかして強靭な健康を付与したジェルを大容量の容器に詰めて、てへぺろと。
さも「なに一つ忘れてはいないけどちょっと忙しくてくるのが遅くなっちゃったぺろ」みたいな空気をさりげなく出して、思い切って農園を訪ねることにしたのだ。
ごめんぺろ。諸事情あって大森林の草はないぺろ。
可能な限り腰を低くして、そんなことを言いながら私はてへへとおみやげを農家さんたちに差し出した。
なんとなく付いてきただけのレイニーはその様に「まぁ。卑屈」とダイレクトかつ傍観者としてのコメントを述べたが、自分からした約束を忘れるのってホンマあかんと思うんや。誰だよ。私だ。ごめんぺろ。
心からの反省で、深くぺろぺろとした私の誠意が伝わったのだろう。
王の農園を預かるプロの農家さんたちは広い心で許してくれた。
大森林のめずらしい草をちょっとだけ楽しみにしてはいたけれど、ないものは仕方ないので、まあ。みたいな感じはあったけど、心が広いので大丈夫なのだ。大丈夫とは?
あと、大森林に入ってはいないが大森林に行くはずだったツアーにはなぜか某武者姫もいたと農家さんに話すと、それは本当に仕方ないと言う濃いめの同情を受けた。やっぱり姫ってすごいなと思った。
こうして砂漠みやげと必死の言い訳で、不義理の無罪と季節のお花。ついでに夏の収穫物などもいただいて、ぺこぺこしながらほくほくと私は目的を果たして砂漠へと戻った。
大体は、心から謝るだけのお仕事だった。




