513 純粋で無責任
テオもなあ。
なにも悪いことしてなさそうなのに、なんでこんな気苦労のほうから体当たりしてくる星の下に生まれちゃったんだろうなあ。宿命かよ。
よく考えたらその苦労の一端は我々が原因って感じはあるのだが、我々は基本自分のことをよく考えたりしないので、私はまるでひとごとのように常識的苦労人のテオに対して純粋で無責任な同情をよせた。かわいそう。
でも、天界の神ほどではないにしろ、小さな村に信者を持った神的な存在を肩に貼り付かせている辺り、テオもそろそろ大概非常識と言うような気もする。
なんでなんだろうなあ。
かわいそうだなあ。
などと、そうやって我が身をかえりみない上に余計なお世話すぎる思考的なより道をしながら、神の御業とその条件についてうだうだ語るレイニーの長い話をまとめると、大体はこうだ。
つまり神の御業は地上の命に関わらない形で、そして極力影響のない状態でなされねばならない。
そのためにそもそも天界が地上の事象へ介入すること自体が稀であり、一度地上から消えた命を戻すのは天界のもたらす奇跡の中でもかなり違和感が強めの分類だ。
その影響は命を戻された本人は元より、周囲。特に、対象と縁を持つ者に現れる。
ですから、――と。
レイニーはくるくる長い金の巻き毛に青い目の、西洋絵画の天使みたいな色合いをどことなく曇らせた表情で語る。
「人の縁とは、存外に厄介なもの。縁によって命運が変わり、命運が変われば魂の形も変わります。それはもう、命そのものでしょう? そのために、命を地上に戻すにしても元の場所ではならないのです。水に石を落とすかの如く、縁ある者にどこまで影響が波及するのか測ることもできません。そしてまた、その石がどれほどの大きさであるのかも。……天界は、地上の命に関知しません。神の御業で作り直した命はもう地上のものと言えずとも、周囲は違います。あるべき喪失を神の力で埋め合わせれば、世界が歪んでしまうのは必定。世界が歪めば、地上の命も歪みます」
「ふーん、なるほど?」
レイニーの話を聞きながら私はキリッとした顔でめちゃくちゃ深くうなずくが、その肩に、そっと手を置く者がある。メガネだ。
「リコ……俺はね、解らない時は解らないってちゃんと言う勇気も必要だと思うんだ」
たもっちゃんはしんみりしたようにそう言って、ゆるゆるとこちらに向けて首を振る。
さすがの私もなんかそんな感じでこられると、解ってなくないですう! ただちょっと話が長くなってきて全然聞いてなかっただけですう! とは、真実を言えず、せやなとしぶしぶ同意した。決して解ってなくはないけども。
私なりにレイニーの長い話を心の中で簡単にまとめたつもりではあったが、そんな私の心情を知らず、まだなにも解ってないと思ったのだろう。
たもっちゃんはさらにものすごく簡単に、三行で説明してみせた。
「だからね、一回死んで生き返るでしょ。でも周りは本人が一回死んでる世界線だからびっくりしちゃうでしょ。だったら最初から何も関係ない世界で復活させるほうが影響少ないって事でしょ多分」
「絶対ざっくりしすぎてるけどとりあえずは解ったわ」
なんとなくメガネが私のレベルに合わせたみたいな空気を出しててものすごく釈然としないものは残るが、覚えてろよメガネの気持ちとめっちゃ解りやすいの気持ちが私の中でせめぎ合う。
とにかく、地上の命に干渉しない天界としては大体そんな感じの理由で死者の蘇生もできなくはないが、色々と要件が付くらしい。
そしてそれらの条件のために、よみがえりの道を提示されたとしても本当に望む死者は多くないとレイニーは言う。
「蘇ると言っても、これまでとは別の世界です。親しんだ土地とも人とももう関われず、孤独は想像に難くありません。ですから、普通は新しい魂として転生するのを選ぶ様ですね。記憶を残して、と言う選択肢もあります。けれど、そのままの姿で転生はなかなか……。そうですね……リコさんが特殊過ぎる、としか……」
「ねえ、本人の目の前で私のことちょっとした異常者みたいに言うのやめない?」
泣いちゃうよ? ねえいいの?
もっと気い使ってくれていいのよ? ねえ、マジで。
と、私はレイニーの肩をつかんで割と強めに揺すったが、天使は妙に生まじめな表情で事実は事実として曲げることはできないと頑固にキリッと譲らなかった。くやしい。
あと多分、私も一回死んで転生した時にこう言う話をされていたはずであるらしい。
正直全然覚えていない。
恐らくちゃんと説明はされてて、その上で私が異世界新生活にはあはあしすぎて全く聞いてなかったのだろう。全然覚えていないのに、身に覚えがすごくある。
「人間て、なんだかすごく悲しいね……」
どうやらこれ以上ねばっても自分の名誉は一ミリも回復できないと察し、私は一個人から人類全体に大きく主語をすり替えて都合の悪い話題をうやむやにぼやかした。
いやいやリコが聞いてなかっただけでしょなどと執拗に追い掛けてくるメガネの声をシカトして、さっきから自分の耳を両手で押さえてやけくそ気味に「あーあーあーあー!」と大声で叫び、全力で現実を拒絶せんとしているテオにややこしい時間は終わったと身振り手振りで教えてあげた。親切である。
決してこっちの話を強引に打ち切ろうとして、テオを利用した訳じゃなく。
実際テオの前で天界関係の話をするのは常識人には刺激が強くてかわいそうって雰囲気があって、たもっちゃんもそれ以上深追いはしてこず、私は感謝の気持ちで酒のつまみにも合うと言うマロングラッセをあとでちょっとだけ渡そうとは思っているけども。利用した訳ではないのだ。
――そもそも、なんでこんな話になったかと言えばテオの肩に貼り付いている小さいキツネのフェネさんが神っぽさを全開に、お姉さんを生き返らせてあげるねと魔族らに無邪気な提案を浴びせたことが始まりである。
こう言うと、神よりむしろ悪魔のささやきに近いような気もする。
結局は、地方の村の小さい範囲でぶいぶい言わせてる自称神の力では成功率が低すぎてダメだし、レイニーが仕えるこの世界の神でも彼らの目の前にお姉さんをよみがえらせることはできない。
ただでさえ不遇に見舞われているツィリルらに、ただただ言いにくい話が増えただけ。
そんな事実がじっくりと、ざぶざぶとした波音と異世界イグアナの気配に囲まれ重たくのしかかるような夜だった。
重たい気持ちで一夜明け、翌日。
我々は覚悟を決めてピラミッドへおもむいた。
ムリなものはしょうがない。
フェネさんが自分を過信して先走ってしまったことも、フェネさんの妻たるテオを仲間として擁する我々の責任と言えなくもないこともないような気もする。
仕方ない。
謝ろう。
砂漠に住む三人の魔族はがっかりしてしまうだろうが、もはや我々にできるのは必死に謝ることくらいしかないのだ。
そんな気持ちでお腹の辺りをキリキリさせて、思い切ってドアを開いて砂漠のピラミッドを訪れた。
しかし、そこで我々を待っていたのは全力でドン引きの魔族たちだった。なんでや。
我々も一応気を使い、いきなりピラミッド上部の居住区ではなくメガネがせっせと改造しダンジョンみたいになっている下のほうのドアをスキルで開き、えっちらおっちら階段をのぼって魔族らを訪ねたところだ。
けれどもそうして昨日ぶりに再会した彼らは、どことなく心の距離を思わせ遠巻きに物理的にも距離を取りつつよそよそしく我々を出迎えた。
「ええ……?」
解る? この我々の戸惑いが。
正直、一度希望を見せられてやっぱりダメですとなった時、彼らの落胆はいかばかりかと恐れるような気持ちはあった。でもまだなんも言ってないのにこの距離よ。なぜ。
まるで今まで知らずにそばにいたのが人を食う化け物だったと解ったみたいなドン引きの。ええ……? などと、戸惑いながらにじりじりと、こちらがじわっと近付くたびに向こうもじわっと体を引いて、一向に縮まらない断絶がそこにある。なにこれつっら。
こちらとしては急にどうしてと言う気持ちだが、それはこちらだけだった。フェネさんが急に死者の蘇生を提案し、あわてて引き上げた我々はちゃんと見てなかったがその時点から魔族らはずっとドン引きでいたらしい。
ツィリルは二人の姪を背中にかばうように立ち、金と茶色の入りまじる不思議な瞳をわずかに揺らしながら言う。
「……だって、邪法だろう……。死人の蘇生は……」
「あっ、そもそもでしたか」
その認識は共通なのかと納得し、魔族も倫理観ちゃんとしてんなと思った。




