512 禁忌
死者の蘇生は禁忌である。
ジャパニーズサブカルを基礎教養とするメガネや私はなんとなくそんな認識を持つが、これは異世界でも大体共通の倫理観のようだ。
ただしこちらはアニメやまんがやラノベ由来のものでなく、実際に死者をよみがえらせんとした末にことごとくろくでもないことになったと言う歴史の記憶によるものだそうだ。
「あぁー……そりゃーやる奴もいるよね。魔法で何とかなりそうだもん。解るぅ」
「たもっちゃん。たもっちゃん、解らないで。たもっちゃん」
「さすがにやめてくれ。俺も庇い切れないからな」
死者の蘇生にチャレンジした異世界の先人がいたと知り、変な理解を示す姿に危機感を覚えて私だけでなくテオまでがメガネの肩を強くつかんでぐらぐらと揺する。
場所はすでにクレブリである。
いや、クレブリはクレブリでも諸事情あってドアのスキルで直接移動することを禁じられた孤児院、ではなく、とりあえずここなら巻き込み迷子は出ないだろうと言うだけの理由で自立式ドアを設置し、勝手にポータルステーションと定めたクレブリ沖合いの異世界イグアナの島である。
地方の神――と言うかその分体であるフェネさんに、死者の蘇生を無邪気に提案された当事者。
叔父と姪と姪である魔族らがなんらかのリアクションを取るよりも先に、ガチギレのレイニーが白く小さなキツネにがっしりつかみ掛かってしまい、我々はそれをはがいじめにした上で「これなんかややこしい気配がするからちょっとこっちで一回話し合ってから出直してきます!」と取り急ぎ砂漠のピラミッドから逃げ出してきたのだ。
そして孤島を取り巻く波音と夏の気温で活発化しているクロコダイルサイズのイグアナがのそのそと岩場を移動する気配に包まれる環境下、青白い魔石のランプを囲みつつ緊急ミーティングが開かれていた。
主にこの世界の常識人たるテオによる「死者の蘇生はとにかくやばい」と言った話を聞いているだけではあるのだが、魔法が存在する世界でもやばいつったらマジやばいじゃん。
「ほらあ。やばいんじゃん。たもっちゃん、やばいんだよやっぱり。歴史がそれを証明してんだよ」
いや、この世界の歴史はあんま私も知んないけども。
でもテオがやべえって言う時はマジやべえんだと思うの。
だからメガネ。私はお前を全力で止めるぞ。
と、我々はなんとなく知的好奇心めいたものを持ってなくもないメガネが禁忌の領域にわくわくしながら駆け込みそうなのをタックルでもして全身で止めるつもりでいたのだが、これはひどい誤解だと疑われた本人はぷりぷりと憤る。
「俺だってほいほい死者蘇らせたりしないですぅー。そんな非常識じゃないですぅー。漫画とかで読んだからそう言うのよくないって知ってるんですぅ。でも技術の進歩によってワンチャン成功するかも知れないから……」
「ねえ最後にほのかな希望まぜ込むのやめて。ダメだこいつ。自分だけは特別だから大丈夫とか言ってドクズの男をドクズと知ってて付き合っといてあんな人とは思わなかったってあとから文句言うタイプのやつだ」
「その例えは合っているのか……?」
ぷりぷりしているメガネの前で重々しく首を振って見せる私に、テオがもうなにも解らないと言った様子で引き気味に呟く。人為的カオス。
こうしてまあ大体の感じで人間的には死者の蘇生はアリよりのナシですとなって……いや決してアリではないのだが。とにかくナシはナシの方向なった。
けれども元は神の毛からできている神の分体たる小さなキツネは「でも我こんなに素敵な神だから」などと、よじのぼったテオの肩に貼り付きながらに主張する。
「我、にんげんじゃないから。神だから。奇跡ってゆーの? けっこー得意よ。あーゆーの。だって我、神だから」
「いや、生き返らせるのあんま得意じゃないって言うてましたやん」
私ちゃんと聞いてんだからなと、小さなキツネがついさっき魔族らに言っていた言葉をぶつけると、フェネさんはもっふりとした自らの頭を「うーん」とうなってかたむける。ちくしょう。かわいい。
「あのねー、生き返るのは生き返るんだけど、たましいってふわふわしてるじゃない? だからー、生き返った体に入ってるのが本人のたましいとは限んなくてー、てゆーか大体別のものでー、悪い精霊とかが入っちゃうと別のにんげんばりばり食べたりする」
三角形のもっふりとした大きな耳をぱたぱたしながらうんうん悩み、一生懸命語るフェネさんはとても愛らしい。
それは大変よいのだが、夜の暗さに真っ黒な海からザブーンと聞こえる波音をバックにフェネさんの愛らしさでもごまかし切れない大切な、そして猟奇的な事実をしれっと聞かされてしまった気がする。
「別の地獄をクリエイトするタイプの奇跡だったかぁ……」
「それまさに私らがサブカルで見てきた人体蘇生のやつだわあ……」
さすがにそれはあかんわと、たもっちゃんと私は逆にある種の変な納得を深めてしまう。それはあかんわ。
しかし、矮小なる人間と人知を超えた存在の相容れなさと言うべきか。我々のドン引きなど知らんとばかりにフェネさんの強メンタルは折れることを知らない。
「でもたまにうまく行くもん。中身違っても解んないから生き返ってすごいってにんげんよろこぶもん」
「やめろ……やめてくれ……」
代わりに、無邪気な神から妻と呼ばれて関係者を強調されているテオが変に責任を背負ってしまいめきょめきょに打ちのめされている。かわいそう。
でもな……テオはな……。我々がちょっと非常識な行動を取っても責任を感じてめきょめきょしてたりするからな……。
そのことを思うと、これはむしろ通常の状態と言うような気もする。しないか。気のせいだ。いつもすいません。
こうして、自称神の白いキツネが張り切ってできると主張した奇跡の所業があんまり奇跡じゃなかったと解り、我々はなんとなく精神的に疲れ切ってしまった。
奇跡とは、およそ実現不可能な事象だからこそ奇跡と呼ばれることなのだ。多分。そらほいほいとは起こせんわな。奇跡。
しかし、それはそれとして、一回うっかり人生が終わっているもののそこからの粘り強い交渉によりなんか今、ぽこっとここにいる私と言う実例がある。
あとメガネ。
いや、いてくれて助かるけどもメガネ。主にごはんの時とかに。
だがどう考えてもあんま関係ないはずなのに私の人生二回目異世界の旅に大体のノリで付いてきたメガネのふわっとしたポップさを思うと、フェネさんじゃなくレイニーのほうの神になら死者の蘇生も割とできなくはないのでは。
なんかこう。ちょっと綺麗に忘れてたけど我々、そのために徳のポイント積み上げてきたみたいなとこあるじゃない?
いや、そのためって言うか、あんまなにも考えずナチュラルに地球の誰かが考えたよいものや技術を異世界に持ち込みお金をもらったりした罪をなんとかするためとかに。
……人の知財権で……食う飯はうまいか……?
うっかり不都合なところまで思い出し、顔面がぎゅっとしてしまう。我々の業は深い。
まあそれで、その辺どうなのと。
我々が罪の意識と欺瞞からちょくちょく積み上げてきた徳ポイントで、もしかしていけたりしないの? と。
夜闇にまぎれた異世界イグアナがのそのそとランプの明かりに集まって、まあまあみっしり囲まれながらうちの天使を問い詰めたところ、神の奇跡もなんでもできる訳ではなくて結構前提条件が厳しいと言うことが解った。
「天使が地上の命の生き死にに関わる事はできない、と言うお話はしましたね?」
「なんでそんなちょっとした授業始めるみたいな感じで言うの?」
なんかキリッと語り出したレイニーに急にどうしたと戸惑うが、そんな人間の心など天使には些末なことなのだろう。レイニーはキリッとしたまま私の疑問をシカトして、自分の話をぐいぐいと続ける。つよい。
「地上の命に関わらないのは天界も同じ事。むしろ、天界のそのあり様がわたくしたちの行動理念でもあるのです。ですから神の御業もまた、いかなる命にも隔てなく、いかに自然な形で、いかにしれっと馴染ませるかが肝要になります」
「言いかたよ」
天使それでいいのかよとメガネや私はざわつくが、ふと見るとテオが顔面をぎゅっとさせ両手で力いっぱいに耳をふさいで現実を拒絶していた。その肩に貼り付いたフェネさんが「ねー、大丈夫?」と心配するほどに。
多分だが、天界が天使が神がと超常的な話題が目の前で普通に交わされすぎて、テオの中の常識が大丈夫じゃないのだと思う。
ごめんな。まだ言ってなかった気がするしこれからも言う機会はない気がするが、キミが割と一緒に旅してる我々、神の御業で異世界からきたエイリアンなんやで。




