509 なにもかも
※残酷と思われる描写があります。ご注意ください。
ツィリルのお姉さんや何人ものエルフを捕らえに捕らえ、苦しめた末になにもかもが失敗の国。
これがどうやら国土としては、思っていたより細長い形をしていたようだ。
ほぼほぼ国の端だったエレたちの昔の家があった場所から失敗国の王都まで、実際に船で飛んでみたところ予想よりはるかに早く到着してしまったとメガネは語る。
「それでね、途中でレイニーいなくなったじゃん? そしたら船の隠匿魔法が切れててさ。いやまぁレイニーの魔法だったからいなくなったら切れるの当たり前なんだけど、俺は気付かない訳じゃない? そんでそのまま街まで行ったらすげー大騒ぎになっちゃって、早速出したよね。公爵さんの横紙破り用の書状。俺もね、びっくりしちゃった。こんな早く必要になんの? ってね」
「てね、じゃないと思うんだわメガネ」
おめーマジでなにやってんだよと思ったし割と声にも出ていたが、たもっちゃんはそんな私を「まぁまぁ」となだめるみたいな空気を出して話を続ける。
「まぁね、それはもうブルーメの看板と公爵さんの名前で、そこそこ怒られたけど何とかなりまして」
「怒られてるじゃねえか」
「いやまぁ聞いて。それでね、リコも張り切って買い食いしてるっぽい波動を感じてたからさ、そっちはそっちで泳がせて新しいスイーツ発掘させとく事にして俺らは先に確認だけでもしとこうかって話になった訳よ」
恐らくそれはレイニーと私が、まあまだどうせ移動に時間掛かるやろと油断していそいそと栗加工食品の海の浅瀬でちゃぷちゃぷと水遊びしていた頃だろう。
ちょっと見ない内にザイデシュラーフェンで花開いていた栗スイーツは片っ端から買い込んで次々にアイテムボックスに放り込んでいたので、その鳴りやまない新着通知で私のアイテムボックスを共有しているメガネにはこちらの行動が手に取るように解ってしまっていたようだ。
マジかよ。私は泳がされていたのか。
それってなんとなくひどいと言うような気持ちと、それはそれとして誰も彼もが自分と同じかそれ以上に苦労してないと気が済まないってタイプじゃないのありがてえなとみたいな気持ちが私の中でバーニング。バーニングとは?
でもね、たもっちゃん。安心してくれよな。
そのかいあって、しっかりスイーツ買い込んでるからな。
意図的に泳がされていたのはともかくとして、男子らを待たせていたのは事実だったようなのでそこはホントごめんなと某王子の影をどことなく感じる栗入り食パンを差し出そうとしていた私だが、たもっちゃんは結局買わずにいられなかったお墓参り用のいい鈴をこれはとてもいいものだと両手で大事そうに包み込みながらにポロリと言った。
「いや、まぁお姉さんも見付けただけでまだそのままなんだけどね」
「なんでや」
お姉さんの本体見付けたら即座に回収したらええんとちゃうんかい。
差し出し掛けた一斤の栗パンを中途半端な位置で止めた私と、真鍮なのかやたらとぴかぴか輝いている手の平サイズの小さな鐘をなで回すメガネは、そんな会話を儀礼用品のお店の店員さんに丁重にお見送りされ、あちらこちらに明かりが灯されて昼間とはまた違ったメルヘンさをかもし出すザイデシュラーフェンの街を歩きながらにしていた。
なにをむやみに買わされているんだと私をバカにしていたメガネもまた見事にお鈴を買わされて、逃げ切ったのはただただお茶をいただいて気配を消していたレイニーだけだ。
テオも仏具的なアイテムにそんなに興味はなかった様子が、その首に襟巻みたいに巻き付いた白くもふもふとした神的なものが神に祈りを捧げるための、かららん、ころろん、と不思議に響く音の出る絢爛な柄と色彩で飾られた謎の玉に魅了され、はあはあと夢中になっていたので伴侶たる者として仕方なく貢物に購入してあげていた。優しい。
私には解る。儀礼用品と言うものはなんかありがたい感じがしてしまい、必要かどうかの問題ではなくつい欲しくなってしまうのだ。今回は音玉を欲しがっているのが自称ながらに祈りを捧げられる側の神なので、仏具を仏具としてありがたがっているかはちょっとよく解らなくはあるが。
とにかく、これはよいものだと絢爛な音玉をからりころりと肉球でなで回す白いキツネを肩に乗せ、なんとなく疲弊が隠せてないテオがメガネの話を補足する。
「タモツはな、悲しんでいるんだ。やはり、エルフも全てが無事とは行かなかったらしくてな」
大半は救出されたと聞いてはいたが、どうしても助けが間に合わず、命を落とした者もいた。
ど腐れた貴族と悪魔の噛み合わせがガッチリよすぎてえらいことになっていたのを思えば、数としては少ないそうだ。
けれども犠牲なんかないほうがよかった。たもっちゃんが悲しむのもムリはない。
ただ、エルフを愛しすぎるうちのメガネの悲しみはそれだけでは終わらなかった。
テオは言う。
「今回、タモツが現地に行った事で、所在の解らなくなっていたエルフの墓まで、何故か、特定が進んでな……」
「えっ、じゃあお姉さんと一緒にエルフのほうも連れて帰るの? 布もっと買わなきゃじゃん」
それはできる限りのおとむらいをしなきゃじゃん。だって間に合わなかった我々に、できるのはそれくらいしないんだし。
けれどもそんな焦燥のような気持ちは、「て、思うじゃん?」から始まるメガネの言葉で一蹴された。
「それがさぁ、聞いて。公爵さんの書状にさ、魔族のお姉さんについてはこいつらに任せて欲しいけどエルフには絶対関わらせるなって書いてたみたいでさ。エルフのほうは調査と治安維持に入ってる国際連合みたいな組織が回収からエルフの里に引き渡すまで全部やるからこっちくんなって言われてんの。酷くない? 俺、エルフのためなら何だってするのに。酷いよね。俺の愛が解んないなんて」
「いや、解りすぎてるからこそ全力で遠ざけられてんじゃない?」
エルフのためならなんでもするか知らんけど、エルフに目が眩んでしまっていらんこともする訳ですし。メガネ。
思わず「それは公爵さんが有能じゃない?」と素直な本音が私の口からは飛び出してしまうが、とにかくメガネはエルフが害されてしまったことも、せめてものとむらいに少しも役立てないこともなにもかもが悲しいらしい。
「解んなくはないけどさあ。でもなんかそう聞くと、いよいよ主犯が幽閉だけって承服しがたいな……」
人づてに一通りのことを聞いてはいても、実際にその場所、その空気に触れると改めてやるせないこともある。
そんな思いで私がぽろりとこぼした言葉に、たもっちゃんがめちゃくちゃにうなずく。
「そうでしょ。俺もね、主犯の幽閉部屋にありとあらゆる毒虫を放り込んでやろうかとも思ったんだけど、それで蠱毒状態になって最後に生き残った悪しき貴族が変な能力手に入れたりしたら駄目かなって」
それに、よく考えたら現在主犯として幽閉されてる貴族も元はただの小悪党ってだけで、メンタルふらふらしてるのを悪魔に利用されてたんだったわ。
たもっちゃんと私はそのことを思い出し、一瞬の無力感ののちに上司さんによろしくなとレイニーに視線を集めてしまう。
もう話があっちこっちにとっちらかって本題がなんだったか解らなくなってしまっていたが、しかし、どうしてもやるせないこととお姉さんを見付けてるのにそのままなのは全く関係ないような気がする。
この当たり前の疑問には、たもっちゃんも「うん」とうなずきこう言った。
「俺もエルフの役に立つんだっつって国連の人と結構もめててそれで時間食ったって言うのもあるんだけどね」
「このドクズ」
あまりにもあまりな返事だったので、打てば響くような悪態をうっかりストレートに吐き出してしまった。反省はしている。
一緒に歩いていたテオは肩に乗せた小さなキツネのゴージャスな耳をふっさり押さえ、とっさに悪い言葉を聞かせまいとしていたようだ。
フェネックみたいな白く小さなおキツネ様は別に子供ではない気がするが、神の前で聞き苦しい悪態をつくべきではなかったかも知れない。これは私が悪かったと思う。
それにメガネの話をもう少し聞くと、エルフへの愛を語るのに時間を浪費した以外にもお姉さんを簡単に回収できない理由と言うものがあるとのことだ。
こちらは説明するより見るのが早いと言うことで、我々はドアからドアへ移動するメガネのスキルでお姉さんが眠るその場所へ直接移動――する、と見せ掛けて普通に一回クレブリへ戻った。
じゅげむと金ちゃんを留守番させてるし、もう夜なのでごはんを食べて休みたい。
我々、元よりごはんと休養には余念のないほうではあるものの、大事な仕事をかかえてる時ほど積極的にそう言ったことをちゃんとするのが重要なのだと骨身にしみているタイプの中年なのだ。そうだね。悲しいね。




