508 団体行動ができない
エレたちの昔の家からメガネご自慢の帆船を飛ばし、ツィリルのお姉さんが眠っていそうな某誘拐エネルギー事業失敗の国、その中心を目指す。
午前中にピラミッドまで謝罪に伺っていたながらに、あわてふためいてしまったせいかこの時点でもまだお昼をいくらかすぎたくらいだ。昼食はアーダルベルト公爵が丹念に闇を練り上げて書状に落とし込んでいる間にしっかりといただいた。合理的。我々に抜かりなどなかった。
出会った時を思い出したついでにエレの魔王化リスクの話題に触れてそんな話を軽々しくするなとものすっごく苦い顔をするテオや、そうやってごちょごちょしている矮小なる人間のことは気にもせず空飛ぶ船にキャンキャンはしゃいで舳先の辺りで全身に風を感じるフェネさんを乗せ、我々は目的地へと飛んで行く。
もしもここに金ちゃんがいたら、きっとフェネさんが陣取っているベストポジションは簡単に明け渡していなかっただろう。
金ちゃんと一緒にクレブリで留守番のじゅげむは寂しがっていないだろうか。なにかおみやげでも買って帰ったほうがいいのかも知れない。
空を高速移動する船の上、ほとんどぼーっとしながらにそんなことを考えてふと。
私は思った。
ヒマだなと。
これ、操縦しているメガネはともかく、私まで一緒に船に乗ってなくてもいいのではないのか。
エレたちが昔住んでた家の、ドアをスキルで利用してかなり移動を短縮はできた。しかしそこから目的地たる失敗国の中心部まで、まだ結構あるらしい。
到着までの待ち時間、夜中の高速でハンドルと同乗者の命をにぎる運転手が鬱屈としないよう気遣って助手席で絶対寝ないとうつらうつらがんばる同行者みたいな犠牲を、今ここでムリに払わなくてもいいように思う。
なんでなんだろうね。寝ちゃうよねあれは。
それにほら。助手席で運転手の話し相手する役は、どう見ても適任のテオがいる訳ですし。私いなくても全然平気じゃないですか? 今は。
そこで私は、船は魔法でむりやり飛ばしているので別にそこにいなくてもいいようなものだがなんとなくの雰囲気で帆船の甲板に設けられているでっかい歯車みたいな舵の前に立っているメガネに、アイテムボックスから取り出した自立式ドアをぐいぐい押し付けるように迫った。
「早く早く。開いて開いて」
「えぇ……何? どこ行くの? そこまで団体行動ができないとさすがに俺も引くんですけど」
「王子んとこ。あ、いや。王子には会わないけど、あそこ絹が有名らしいじゃん。お姉さんもさ、多分だけど亡くなって何年も経ってるし、そんないい状態じゃないって可能性も高いと思うんだよ。せめてさ、綺麗な布とかで包んでから納棺したらどうかと思って」
「えぇ……まさかそんな……さも人間の機微が解るかの様な……リコなのに。団体行動もできないのに……? その細やかな気遣いは何なの?」
「は? 私結構できる子ですけど?」
なぜこの幼馴染は意外すぎて引いてるみたいな顔をするのか。
しかも団体行動については自分だって絶対似たりよったりなのに、なにを俺は違うみたいな顔をしているのか。
お前も確実にこっち側じゃねえかなどとわあわあと、若干の言い合いみたいなおもむきでメガネと私のいつもの感じになりつつも、運転手のメガネと助手席のテオ、お出掛けに連れてきてもらった小型犬みたいなフェネさんを船に残してレイニーと私は絹眠る国、ザイデシュラーフェンへと移動した。
厳密に言うとこの国で絹が眠っているのは雪に閉ざされた冬の間のことだけで、夏になり国外への輸出が最盛期らしき今は絹も別に寝てはいないように思う。
雨季や冬にきた時よりも、あちこちに活気があふれているかのようなザイデシュラーフェンの王都。
いくつもの塔が連なったとんがり屋根が特徴的な王のお城を中心に、おとぎ話の世界みたいなメルヘンな家屋の立ち並ぶ街。
その中でレイニーと私は、たもっちゃんのレシピを元にしながらに独自の進化を遂げようとしているご当地栗スイーツに出会っては買い込み、試食と言う名の買い食いをしながら忙しくよさそうな絹を探し歩いた。
こんなにも一生懸命にいい布を探そうとしてるのに、アイテムボックスに増えて行くのはいい感じの栗スイーツが圧倒的に多い。多いと言うか今のところそればかりなのだが、パン屋で見付けた栗の実をそのままごろごろ練り込んだ食パンは、婿入り祝いにパンを大量に焼くためだけのオーブンと食パン用の金型をもらってこの国にふかふかのパンを持ち込んだメガネの弟子たる王子の息吹きをどことはなしに強く感じた。いっぱい買った。
その辺りでさすがに満喫しすぎたと、食べ歩きを切り上げ本腰を入れて布探しに戻る。
布なら生地屋だろうと入った店で用途をたずねられ、それならばあそこへ行けと紹介されて儀礼用品を扱う店へ。
どうやら、ザイデシュラーフェンの文化にも大切な人のなきがらをいい絹で包む習慣があるようだ。
私のじゃないけど私の友達の大事な人に使いたいと言うと、お店の人が絹の大布を何枚も取り出し広げてくれた。
私にはセンスと言うものが壊滅的にないのだが、悩んだ末にお店の人の薦めに従い薄いオレンジの艶やかな布に同系色の絹糸で品よくあたたかな刺繍の入ったものを選んだ。
葬儀の際には親しい者がこの布の隅に針を刺し、自分たちで糸を縫い付けたもので故人を包みとむらうのだそうだ。
儀礼用品の店と言うのはそんなに混み合うものではないらしく、布を選んで説明を受けている内にほかの店員さんまでがいっぱいわらわらよってきた。
もはや従業員総出と思われる手厚い接客で、お棺は用意してるのか、墓はどうか。まだならうちで発注もできると親切と商売がうまいことまざった心配までされることになる。
そう言えばそれ多分なんも考えてねえなと参考までに一般的な様式について伺っていると、基本土葬の異世界で長く残る棺桶を飾るための装飾品やなんかを気付けばざくざくいっぱい買っていた。受注生産だと言う棺桶そのものや墓はさすがに在庫がないと言う。
私はいい感じの布を探しにきただけなのに、全然予定になかったものまでつい買ってしまうこの感じ。彼らは多分、夏の砂漠でストーブも売れる。危ないところだった。
よってたかって接客を受けている間に、思うより時間がすぎていたようだ。
「めちゃくちゃ接待されてるじゃねぇか」
儀礼用品の店内のソファとテーブルが置かれた一角で、お店の人が用意してくれたお茶とお菓子をいただきながらまた別の店員さんにこれもよいものだとお祈りに使う鈴的なものを見せてもらっていた私の、油断し切った背中にそんな声が掛けられた。
「あれ? どうした?」
振り返って見れば、別行動をしていたはずのメガネとテオがなぜかいる。
なお、テオの肩ではフェネさんがもふもふとした襟巻のように首に巻き付きくるまっていて、ちょっとしたマダムみたいだった。
「いや、どうしたじゃなくてね。リコ。いつまでも連絡こないからこっちから探しにきたんでしょうが」
たもっちゃんがあまりにげんなりとそんなことを言うので、いやいやそんな大げさな。いつまでもって言ったって一、二時間のことでしょうがと思ったら、疲れたようなメガネとテオの後ろに見える開け放たれた出入り口の外がなんだかすっかり夜だった。
そんなばかな。
「こっちはもう終わってんだよ。それをお前。お菓子やらパンやら買いまくってると思ったらお前。何をぴかぴかしたアクセサリーまで買ってんの」
たもっちゃんはソファに座る私の隣にぎゅうぎゅうと自分の体を詰め込んで、観光じゃねえんだぞとあきれたような、恐ろしいものを見るような感じで私に向かって首を振る。
たがそれはひどい誤解だと思う。
「アクセサリーじゃないもん。あの光り物は棺桶飾るやつだもん。私のじゃないもん。営業がうまかったんだもん」
正直、なにがいいのか解らないのでとにかくいいやつを言われるままに買ってしまった感覚はあった。
でもほら。ないよりはあったほうがいいですし。多分。あとこの、お墓の前でちりんちりん鳴らす鈴もあったらいいのかなって思ったりしている。
儀礼用品店の敏腕販売員も「どうですか」みたいな感じで形としては鈴と言うより手の平サイズの小さな鐘みたいな形状のそれを、両手に載せてそっとアピールしてるのできっとすごくいいものだと思うの。
次から次に共有のアイテムボックスに増えていたのがほとんど棺桶の飾りだと解り、それはそれで「えぇ……」と引いたメガネだが、よく考えたらこのメガネ、なんとなく途中ですごく大事なことを言っていた気がする。
「えっ、もう終わったって言った?」
「うーん、まぁ、言ったのは言った」
男子たち、もうすでにお姉さんは見付けてて、本当に我々待ちだったらしい。




