507 一応の言い訳
いや、我々もね。
言われてから全身の血の気を引かせるんじゃなくて、そこんとこもうちょっとちゃんと気遣えてればよかったのになって。
一応の言い訳ではあるのだが、ツィリルのお姉さんが囚われていた国にはお姉さんだけでなくエルフも数多く誘拐されていた。
そのためエルフが絡むと理性の消し飛ぶうちのメガネ――と言うかメガネが暴走するのを心配し、その国には関わらないようにと前もって釘を刺されていたのだ。
直接言われたのはアーダルベルト公爵からだが、恐らく国として、ブルーメの方針にそった忠告だったのだろう。
だから我々の裁量だけでなにかできたかどうか微妙なところではあるのだが、それにしてもお姉さんの件についてはこちらからもっと細やかな配慮を持つべきだった。お墓とか。お仏壇もありだったかも知れない。
しかし実際の我々はツィリルをアイテムボックスから引っ張り出して茨のスキルから解凍した上で姪たちに引き合わせただけで、いやだけでって言うか。それはよかったと思うけど、なんだかやり切ったみたいな気持ちになってしまった。
これももうだいぶん前で記憶がふわっとしているのだが、裏を返すとそのだいぶん長い時間、ツィリルたちにはお姉さんにまつわる思いを飲み込ませてしまっていたのかと思う。
エルフの略取と言う人族共通の大罪により、周辺の国と徒党を組んで該当国をボコボコにし終えたのは比較的最近のことだ。
冷静になって考えてみれば、そうやって事態が一旦落ち着くまではやろうとしても捜索どころではなかったかも知れない。
もしかしてツィリルや姪たちは、こっちの事情をおもんばかって今まで言い出せずにいたのだろうか。
だとしたら心の中にはいつだってお姉さんのことがあったのに、叔父と姪とを引き合わせたのを恩に感じてずっと我々に気を使っていたってことなのか。
そうなると、我々の良心も阿鼻叫喚の様相である。
「お姉さんの事は絶対俺に是非全力で探させて下さぁい!」
ああー! とメガネは叫んだし、異世界の常識人たるテオと公爵はそろって自分の顔面を両手の中に伏せるように押さえた。忸怩たる良心の呵責を感じる。
貴族的な常識と人としての良識をそなえたアーダルベルト公爵の、よき家臣である騎士たちも「ああ……」と言うような表情である。
わかる。
あわわわわわわともはやパニック状態で我々はあわてふためいて、すぐさまお姉さん本体を探しに行こうと席を立つ。しかし同時にじっとしていられないとばかりに公爵までもが立ち上がり、それはさすがに家臣の騎士たちに止められていた。
自分もなにかしなくてはとそわそわしてしまう気持ちは解るが、普段は王都、と言うか自宅からもあんまり出ない公爵が急に国外は厳しいようだ。主に警備の面などで。
砂漠の真ん中であるここもブルーメの国外ではあるのだが、ピラミッドとその周辺からは離れないのとほかに人がいないのでセーフだ。なにがセーフなのか私には解らないものの、実際もうきてるから多分大丈夫なはずなのだ。
それで、人族が迷惑を掛けた償いとよき隣人の約束として必ずその願いをかなえると熱心に誓う公爵をどうにかこうにかドアの向こうへ押し込んで、我々も全力を尽くしてお姉さんのことを探してきますと深々と頭を下げたまま王都へと戻……ろうとしたのだが、その前に魔族の二人の少女らに主に私が引き留められた。
「花壇の草、すごく生えてます。どうしましょう?」
「水もやってたし、雨季だったので。すごく生えてます」
「あっ、むしります」
私はうっかり反射的に答えたが、ものには順序と言うものがある。
恐らく今の最優先は、お姉さん本体を探すことだろう。
いや、お姉さんはすでに亡くなっているはずなのでもうかなり遅きに失しているのだが、この期に及んでさらにあと回しにできるほど我々まだ人間やめてないって言うか。
「なる早でお姉さん探してきますんで、あっ、お姉さんって言うかお母さんだけど。草はそれから。草はそのあとでむしりますんで。なる早で帰ってきますんで」
それまで草のこと引き続きよろしくお願いしますと、私はさっきとは別の意味で深々と頭を下げてピラミッドをあとにした。
レイニーは本当にお茶を飲みにきただけだった。
ドアのスキルで王都の公爵家へと移動して、と、言うことなのでなるべく最速でお願いしますとこれから色々ガン見してお姉さんの所在を暴く予定のメガネに私がキリッと頭を下げている一方、公爵はツィリルやルツィエにルツィア、そして誰よりその姉で母である人に自分と同じ人族があまりにも犠牲を強いていたことに改めて悲しみ、腹を立てていたようだ。
資金はあるか、私兵を出そうか、やはり私も一緒に行って関係者を片っ端からとことん追い詰めてやろうか、と。
公爵は、淡紅の瞳を狂おしくぐるぐるさせながらこれからお姉さんをちゃんととむらうために捜索に行く我々に迫り、有能なる公爵家の執事に全力の全身で止められていた。
当然ながら公爵が同行することもやっぱり家臣たちから強硬に阻止され、結局はアーダルベルト公爵家当主の署名と紋章印付きの出すところに出したら効力のえげつない書状を念入りにしたため、まずいことになったら公爵家の使者を名乗ってゴリゴリに横紙を破ってやれとめちゃくちゃ頭に血ののぼったアドバイスと共に押し付けるように託されるにとどまる。
とどまると言うかもう充分に公爵さんの闇っぽいものをじわじわ感じてしまっているのだが、まあそれも仕方ないよなと私やメガネはささやき合った。
「……公爵さん……そもそも人間ダメなんだもんな……」
「そこへきて、矮小なる人間のドクズな行いで追い打ち掛けられた訳ですし……そりゃ闇も深まっちゃいますね……」
魔族であるお姉さんのことだけでなく、エルフもごりごりに誘拐して利用せんとしていたし。
国としてはすでに瓦解してると聞いてはいても、そりゃもう一生呪うみたいな気持ちになるのも解る。
たもっちゃんはそんな個人的な見解をまじえ、エルフにはお世話になってる私も一緒にひそひそと非常に深く理解を示した。
しかしこの共感は、なぜだか逆に公爵本人には響かなかったようだ。
「そう言う話はせめて私がいないところでしてくれないかな……」
あと、別に呪ってはいない。キミたちがなんだかんだで大暴れして理屈もなにもなくぐっちゃぐちゃにしてくれないかなとちょっと期待してるだけ。
アーダルベルト公爵はそう言って、なんらかの神々しさすら覚えさせる顔面をめちゃくちゃ真顔にさせていた。
なぜだろう。お顔は美しく輝いているのに、その内側には裏腹にとめどなく深い暗い部分があるように思える。
これは私が勝手に闇っぽいと思い込んでいるだけかも知れないが、もうなんか一度そうと思い込んでしまうともうそうとしか見えなくなってるから本当に不思議だ。
こうして、せめて悪口は隠そう、と。
決して悪口のつもりはなかったのだがちょっとだけ傷付いたみたいなアーダルベルト公爵に送り出された我々は、ドアからドアで取り急ぎかつてエレルムレミと出会った夜に訪れた若干焦げた森の小屋へと移動した。
そのせいで公爵に打ち明けるのが遅れたように、彼らが暮らしていた森はエルフや魔族にいらんことをしてくれたまさにその国にあるからだ。移動の短縮って、大事よね。
正直、あの時は去り際が去り際でその前に軽く燃やされていたこともあり、もう取り壊されてるかなとも思ったがなんかそのままになっていた。助かる。
放っておけば朽ち行くものをわざわざ壊す手間を惜しんだか、それかあの夜エレたちに絡みに絡んだ大地主とその手下らは某有能なおばばの呪いで超絶体調が悪すぎてもうそれどころではないのかも知れない。やったぜ。
「そう言えばさあ、たもっちゃん。エレって、がんばったら大陸焼き尽くせる魔族を差し置いてメンタルやばくなったら魔王化するってどう言う理屈なの?」
「いや、言ったじゃん。闇落ちしたエレが悪魔に魂売っちゃって、そらもう混沌よ」
「あ、それも悪魔か。じゃ、あれだねえ。悪魔に取りつかれたツィリルが割と早めに我々の所にきてくれて、逆に助かったみたいなとこあったのかも知れないね。世界とか」
公爵家はボコボコにされてしまったけれども。世界滅亡に比べたら、……ね? などと、我々はふわっとろくでもない話をしながらに隠匿魔法で包んだ船で飛ぶ。文字通り空を。
地理的に言うならここはもうブルーメの外で、我々はまたもやしれっと密入国しているのだが、でもほら。国境なんて、人間が地図に線を引いただけですし。森や地面に印がある訳じゃないですし。そらもう。ぐだぐだよ。




