504 大人の話
そう言えば、恐らく話題にする機会がなかっただけではあるのだが、我々は砂漠に住まう魔族のことをクレブリの人たちにはちゃんと言っていなかった気がする。
まあ、クレブリと砂漠は地理的にかなり離れているらしく、言っても言わなくてもあんま影響ないなと思わなくもない。
あと、孤児院の職員の中で一人だけ「あー」みたいな顔のフリッツは元は公爵家の騎士だった。クレブリにきたタイミングにもよってはもしかすると知っていた可能性もあるが、だからなにと言うこともないので本当になにも影響ないような気がする。
ただ、ある国が魔族やエルフを略取していいように使っていたと言うことに、一切無関係ながらやたらとダメージを食らったのはユーディットだった。
「うっ……エルフ……監禁……人でなし……」
ユーディットは苦悶の表情で首の詰まった地味なドレスの胸元を押さえ、なんとなく今は亡き夫のこととかを思い出してそうな怨嗟のうめきをぼろぼろとこぼす。
侍女のモニカに「お気を確かに」とより添われている貴婦人は、身内の者の諸事情あってすねにでっかい傷がある。今回の件に関しては全く関わりないはずなのに、それでも色んな思いが複雑にごちゃまぜになってしまったようだ。
本人とご遺族の苦痛はいかばかりかと顔さえ知らないエルフや魔族に深い同情をよせ、ユーディットは頼むからちゃんとしてやってくれと不義理な我々に詰めよった。
あまりにも切実なその様に、ぎゅっとさせた顔面で同意を示してうなずくのはテオだ。
「おれも同罪だ。犯人が捕まったと聞いて、それでもう良い様に思ってしまった。その足で報告に行くべきだったんだ。おれも悪い」
「いや……テオは仕事の途中だったじゃん……」
それを多分ムリに抜け、お兄さんとかに連れてこられてた訳ですし……。
て言うか今はっきりと、罪ってことになってたなこの件の我々。
やっぱり今からでもちゃんと伝えに行って、報告が遅れてしまったことをしっかり謝罪をするしかないのだと思う。
ないんだろうなとは思うのだが、この一方的な決着をどう伝えればいいのか。
常識や良識高めのテオや貴婦人やその侍女や元騎士、正体は隠密と言う裏の顔を持ちながら料理人や教師としてフルタイムで孤児院に勤める職員たちの知恵を借りても、なにが正解かは解らなかった。
話している途中で、夕食を終えてからエルフらやルー、グリゼルディスの手によって順番にどんどんお風呂に入れられた大量の子供がびっしゃびしゃで母屋へと戻り、バスタオル代わりの布を持ち追い掛け回すのに忙しくなってしまったせいも多分ある。
それでまあ結局なにも解決せずに、ただただ我々がひどいってことだけがクレブリの知り合いに広まった訳だが。
「もうこれ、どうしたらいいと思います?」
俺、今めちゃくちゃ悩んでるんですけどと、たもっちゃんが深刻そうに丸投げするのは真夜中の。
クレブリの孤児院ではドアのスキルが使用禁止になったため、わざわざ空飛ぶ船で海を渡った沖合いの異世界イグアナの島に設置したドアから移動した王都の公爵家でのことである。もちろん勝手に押し掛けた、アーダルベルト公爵の部屋だ。
メンツとしてはメガネにテオにもう寝たいのにと表情で語るレイニーに一応付いてきた私だ。じゅげむと金ちゃんとフェネさんは孤児院で子供にまみれて就寝中である。
時間が時間で当然ながら完全に寝てた公爵は、高貴な感じに整えられたベッドで横になった状態で「えぇ……?」と明らかに戸惑っていたが、結局はしぶしぶ起きて話を聞いてくれていた。
そして我々のかかえた悩みを大体全部聞き終える頃には、その輝かしい顔面がじわじわと「あっ」みたいな表情になっていた。
「あ……あぁー……それ、それねー……」
そう言えば、そうね。それはそうだわ。と、誰が作ったのか知らないが胸に大きく「安眠」と書かれたパジャマに特化したTシャツで、公爵は薄暗い中でも繊細に光る蜜色の髪を乱して自らの頭をがっつりとかかえた。
「いや……あのね、魔族のお嬢さん達には何か補償をさせるべきだと話には出ていたんだよ。ただ、母上と引き離されたあと、奴隷として売り払われた記録が残っていなくて」
人族の国に魔族はほぼいない。しかもそれが双子となると、魔族全体で見てもめずらしいと聞いている。
だからかつて母親と引き離された幼い双子と、現在は叔父の庇護下で砂漠に暮らす双子の姉妹、ルツィアとルツィエが同一人物であると見るのは合理的な帰結ではある。少なくとも、その可能性は極めて高い。
けれども、それらは全て状況に照らし合わせた推定だ。
国としての補償となると、もっと、できるだけ確かな証明が欲しい。
公爵そう語りつつ、ぐしゃぐしゃの髪をかき上げる。
「今は奴隷としての売買記録をシュピレンの方から逆にたどって、裏を取らせている。それがうまく行けば補償も……――いいや、言い訳だな。これは。とにかく早く、報告だけでもすべきだったのに。……計画を暴いて、幾人か救って、何だか勝手に決着が付いた様な気になっていた。これは、君達じゃない。私の落ち度だ」
「いやそこまでガチで背負われると逆に気ぃ使っちゃうんですけど」
安眠て書いてるのに。公爵が着たTシャツの、胸には安眠と書いてあるのに。
恐らくそのセンスの死滅したTシャツを作っていながらに今まさに安眠を妨げているメガネとその一味である我々、と言うか私は、自らも一人の当事者としてめちゃくちゃ反省してくれる公爵になぜだか少し引いている。
いやなんか。
我々の持ち込んだ相談で高貴な人にしょんぼりされてしまうと、本当にあかんとの実感がすごいって言うか。割とそんな気はしてたけど。
我々も、ツィリルらにどう話せばいいか解らないなりにその事実をありのままさらけ出しもっと早く相談にくればよかったのだが、テオ、そしてアーダルベルト公爵はそれを責めたりはしなかった。
むしろ、自分たちのほうこそが注意を払い、心を砕くべきだった。悪かった。みたいにどこか悲しく深く反省し、裏を返すと我々にはなにも任せられないと思われているのかも知れないとうっすらとした真実を感じてしまうほどである。全然うっすらとしてはいないかも知れない。
アーダルベルト公爵とテオは魔石のランプは灯したものの薄暗い豪華な寝室で「私が」、「いや、おれが」といつまでも小さく首を振り合って、もっと自分がしっかりしていればと互いに責任を引き取り合っていた。
ここまでくると、じゃあそうですか? とか言って自分から苦労を買ってる感じすらある常識人たちに全部任せてしまいたくなるが、恐らくそれではダメなのだ。主に道義と倫理的な問題で。
我々もな、反省はしてるんだよ一応は。
こうして、やはり期待値の問題かここまで一切責められなくて逆に良心がきりきりしている我々になんとなく不可解な戸惑いを残しつつ、深夜の押し掛け相談会は終わった。
なんと言うか、異世界の常識人。そして公爵の地位にある人でさえも今回のことは、もうなるべく早く、手みやげ持ってひたすらに不義理を謝りに行くほかはやるべきことも、できそうなこともないらしい。
そのために我々はそわそわしながら少し寝て、夜明けを待って王都や各地で手分けして猛然とかき集めたおみやげを手に、これから腹を切るような覚悟で砂漠のピラミッドへと向かった。
謝罪目的の訪問であるので常識的な時間を心掛け、早すぎず、しかしお昼ごはんには支障ない体感として午前十時半。
スキルでドアを開く前から我々は深々と頭を下げて反省の姿勢を示したが、しかし魔族の住まうピラミッドでも下のほうの階層にドアをつなげてしまっていたので普通に誰もいなかった。そらそうや。
ツィリルたちに会うためになんとなくこそこそと住居部分に移動して、その後ろに付いてくるのはテオや公爵などの同伴者たちだ。
本日は土下座も辞さぬ大人の話になりそうなので、じゅげむと金ちゃんはクレブリで留守番。フェネさんだけが昨日の夜どっか行ってたでしょとテオから離れずやむなく一緒だ。
最近知り合ったばっかの神にこんなに早く我々のあかんところを見せ付けるのは気が引けてしまうが、でも我々のあかん感じは割によくあるので遅いか早いかだけって気もする。
そうして完全に悪い意味合いでドキドキしながらピラミッド内部を上へと移り、魔族らの住居部分に着くやいなやメガネと私は再び深々と頭を下げてお姉さんの件に関する主犯やその国がどうなっているか、これからどうなるか、結構前に知らされてたのにツィリルらに伝えにくるのが遅くなってしまったことをとにかく片っ端から詫びようとした。が。
それより早く「あっ! なんか黒いのいる!」と、直角に体を折り曲げて頭を下げた我々をぴょーんと飛び越えたフェネさんが喜々として魔族の愛猫に躍り掛かってしまった。




