503 贖罪
王城のマロングラッセは特別な時のために取っておくんだと、うっきうきだった貴婦人ユーディット。
それなのに、早くもその大切なマロングラッセを怒りと動揺でいくらか消費させてしまったのだ我々は。
こりゃーダメだぜとの危機感にメガネがせっせと栗の皮を丹念にむき、一つ一つ薄い布で包んだものをこれでもかと砂糖を追加しながらに数日掛けて甘く煮る。そして私やレイニーやテオまでが、塩と同時進行でできるだけそれを手伝った。
罪の意識が我々をいつになく勤勉にさせるのだ。
七日ほどじっくり砂糖を染み込ませた栗を一粒一粒ていねいに調理用の金網に並べ、雨季の湿度に逆らったレイニーのドライ的な魔法で乾かすと表面が砂糖の結晶でおおわれた贖罪グラッセの完成である。
高貴なる栗菓子の製作は時間は掛かるが寝かせる工程も多いので、たもっちゃんはこの間も忙しく細かな用事をちょこちょこと片付けていたようだ。
その成果の一つがアナログ便利道具、異世界における霧吹きの誕生である。
七ノ月の中頃。
雨季が明け、作りためた人工岩塩を初夏の天日にからりと乾かす待ち時間、たもっちゃんは試作として納品されてきた霧吹きの現物を示して神妙に語る。
「大体の構造伝えたらちゃんと仕上げてくれるドワーフの親方マジ有能じゃない?」
「丸投げだったかあ」
じーわじーわと照り付ける太陽光から身を隠し、庭に面した屋根の下、日陰のイスに腰掛けて私はなるほどの思いで深くうなずいた。
まあ、そうだよな。
たもっちゃんはガン見のカンニングによって大体の仕組みや構造は検索できるようではあるが、書き写すだけの魔法術式などはともかく。それを現物、それも立体物に落とし込むのはハードルが高い。
なぜなら原理や理論は知っててもただ知ってると言うだけで、そもそも知ってるっつうかガン見でカンニングしてるのだ。大体の感じでそれっぽくやらせてもらっているが、実態はメガネを掛けたずぶの素人なのである。
あっ、でも自立式ドアなんかのDIYに取り組んだりはしてるな。扉はプロに作ってもらい、戸板を囲む枠組みと台をむりやりくっ付けているだけの雰囲気はあるが。
そしてそんな生産系の空気を出しながら割と適当なメガネよりさらに、なにも生み出さないタイプの私は霧吹きと言う便利な道具を前にして、ふと。
これいけんじゃね? みたいな気付きを得ていた。
「たもっちゃん、これさ、これ。もっとちっちゃくおしゃれにできない? 綺麗な瓶に化粧水とか入れてお歳暮に配ったらさ、ちやほやされると思うんだよ。私が」
たもっちゃんから借りて手にした試作のそれは、パーツが全て金属と陶器っぽい素材でできている。
そのせいか結構どっしり重たくて、それに霧吹きの部分の形がにぎるみたいにハンドルを動かすと前方に液体が噴射されるタイプのものだ。
これもお掃除とかには便利なんだけど、これじゃなくてもっとこう。ちっちゃくてハンドルなくて噴射口と一体になった可動部を上から押すとブシャーっとなるやつをだな、いい感じに飾りとか柄とか入った小瓶に付けたら広がるじゃん。なんとなく夢が。
「ときめくじゃん。心の中の乙女的ななにかが」
「あぁ、そうねぇ。でもその場合はちやほやされるの俺じゃない? この世界での霧吹きは俺が企画開発してる訳じゃない?」
いよいよ貴婦人とか有能メイドとか妖艶なるレディたちとかに、俺がモテる時代がきたじゃんと、たもっちゃんは変な期待をいだいていたがそこは私も譲れない。
「いや、でも中身の化粧水は私が丹精込めて無意味にかきまぜる訳だから。ちやほやされるのはやっぱ私だと思う」
「無意味じゃん。無意味なんじゃん」
「混ぜる行為は無意味でも付与されてるから健康は……」
正直、化粧水って言うか夏に作る砂漠のスゲーヘチマジェルはヘチマの種を水にひたして放っとくとできる。
ただそれだと普通のジェルなので、健康的なあれを付与するためだけに本当に無意味にかきまぜなくてはならないだけで……。
化粧水、よく解んないけどあのジェルを希釈して作るのが早いから……。多分それで化粧水になるから……。
「やっぱさあ、私思う訳。強靭な健康を持つ者として、お肌の健康も守りたいなって」
「瓶のデザインどうする? 俺がやっていいの?」
「なんだよシカトか。魔法少女っぽくして。持ってるだけで心が美少女になるビンにして」
個人的な嗜好がすぎる私からの要望に若干「えぇ……」と引きながら、そんじゃあもっと小型にかわいくしてみるかねとメガネはよっこらしょっとイスから腰を浮かせた。
しかしその中途半端な体勢でぴたっと動きを止めたかと思うと、もう一度そのまま座り直した。
孤児院のだだっ広い庭には木製の水槽がいくつも無造作に並べられ、中の濃縮塩水を子供らがいい感じの塩を作ろうとぱしゃぱしゃかきまぜたりしている。
そんな庭の片隅の、屋根の下の日陰の中でメガネはぐっとこちらに顔をよせひそひそ小さな声で言う。
「ねぇ……砂漠のヘチマで化粧水作るって事はさ、砂漠に行くじゃない? て言うか塩の納品にシュピレンには行く訳だけど、ねぇ、リコ。砂漠って言ったらさぁ……」
「……ああ……うん」
急に声を暗くしたメガネに、それだけで私もなんの話か解ってしまった。
幼馴染の主語の少なさよ。
「でね、相談なんですけど」
孤児院の広間で夕食後、テーブルの上に指を組んだ両手を置いてまあまあの深刻な感じで切り出したのはメガネ。
その真正面にうっかり座ってしまい、自動的に相談を受けるポジションにさせられているのは訳の解らない顔のテオである。
たもっちゃんと私ではなんの解決案も一切出てこず、ここは一つ異世界の常識人の知恵を借り、ついでに引きずり込まんとしている。
「こないだお城に呼び出された時にテオもいたから聞いてたとは思うんだけど、ツィリルのさー、お姉さんの件。主犯は捕まって国としても周辺諸国にボコボコにされてるつってもさー、お姉さんは帰ってこない訳じゃない? それをさー、どう言ったらいいと思う?」
「……待て」
「許せとは言えないし、それで気が済む訳もないし、でも一応の進展ではあるから言わないのも何か違うかなって思うけど、人間の側からその話したら納得してなくても許せって押し付けるみたいでどうかなって俺は」
「だから待て!」
つらつらと実りのない話の止まらないメガネに、テオが少し大きな声を出す。けれどもその表情は、まるでぼう然とでもしているかのようだ。て言うか本当にぼう然としてるんだと思う。
テオは自らの灰色の瞳をぐらぐら揺らし、片手で額を押さえながらにうめくように問う。
「……まさか、あれか? 言ってないのか? 姉の仇を捕らえた事を」
「うん」
「城で、その話を聞いたのは……もう随分前だろう……?」
「だってー。捕まえたっつってもー、本人弱ってるし覚えてないしで処罰がぬるくて幽閉なんだもん。こんなんツィリルに言えないじゃない? いや、自分が幽閉された事ないから本当にぬるいのかは知らんけど」
テオからの問いにメガネはふええと言い訳するが、これは少々説明が足りない。
ツィリルのお姉さんを苦しめた主犯は当時、悪魔的なものに取りつかれていたのだ。それはそのあと姉の死に動揺するツィリルに乗り移ることになるのだが、悪魔が抜けたあとの主犯にはあやつられていた期間の記憶がそもそも残っていなかったらしい。
これを思うと主犯と言っても体を利用されたってだけって感じもあるし、ではその中身の悪魔はどうしたかと言うとすでに金の玉になり天界に回収されている。
ってなるともうなんか、ムリじゃない?
その辺の細かいところはやっぱり説明を放棄して、たもっちゃんはテーブルにべたりと顔面で突っ伏した。
「人族側としてはこれ以上はどうしようもないとは思うんだけど、ツィリル達にしたらさー。納得なんかできる訳ないじゃない? それも解るから申し訳なくてさぁ、もうさぁ、何か。俺、気が重くてぇ……」
「それなあ……」
わかるう。と、ここまで一緒にうだうだとムダに手をこまねいてきただけの私は心底の同意を示したが、話を聞いてドン引きのテオは「いや……それでも言わない訳には……」などと正論を吐き、自分ももっと気に掛けるべきだったとなぜか反省し、レイニー以外はどんよりとした雰囲気に、なんだなんだと集まってきた孤児院の職員たちは大体の話を聞き出すと「えっ、魔族?」と戸惑いつつも我々の不義理に関してはそれはお前ちゃんとしろよとものすごいガチめの真顔になった。




