502 ドラマティックに
分体のほうのフェネさんについては、助けられた幼児が大事ににぎりしめていた毛に本体が魔法を掛け直し、無事に復活。
神の住まいの洞窟にくっ付いてきた子供らは見慣れた子犬サイズのキツネを抱きしめ、「フェネさん」「フェネさんだ」「フェネさんだいじょうぶ?」などと、ぎゅうぎゅうひとかたまりになって口々に言い合う。
その様をちょっと遠巻きに見ながらに、つい今しがた幼児から新鮮なギャン泣きを食らった巨大なほうのキツネの神は、「そっちもこっちも我なのに……」と、しょぼしょぼショックを受けていた。かわいそう。
こうしてドラマティックに消滅、したかに思われたフェネさんはあっさりと帰還。
唐突な、雰囲気ありすぎる別れの割に移動時間程度の絶望だった。
傷心のキツネの本体に備蓄の稲荷寿司をお供えし、キツネを祀る村人たちにもお騒がせしましたとお裾分け。
なんか解らんけどこれはいいものだと和気あいあいとした中で、世間話のついでみたいにフェネさんが分体と引き換えに幼児を救ってくれた動機が「この子供たちは食事のたびに我にお供えしてきてた。ちょっと苦いお野菜とかだけど、その心がけがいいと思う」って感じの、神として信徒に報いるおキツネ様の配慮だったことがうっすらと判明した。
あ、やばい。と言った表情を思わず浮かべた幼児らを視界の端に捕らえつつ、この話を聞いた瞬間の、私の胸いっぱいに広がる命拾い感。すごい。
子供、絶対あんまり好きじゃない野菜をフェネさんに押し付けていただけなのに、まさかこんな……ええ……。
いやお供えは別にして野菜もちゃんと食べなさいよとメガネはぷりぷりおかんむりだったが、なにが幸いするか解らねえなこれ。
美しい誤解とフェネさんのお陰で、ギリギリ助かっただけだなと。
改めて動揺している私をよそに、なんか綺麗だからと子供らがレイニーの青い冷血岩塩を神の洞窟に飾り、キツネの神からその心掛けはいいし、この辺りは山ばっかりだから塩が貴重で村人がよろこぶとおほめの言葉をいただいていた。
と、そこに活路を見いだしたのはメガネだ。あと私。
「あ、マジで?」
「じゃああれじゃん。フェネさん作った稲荷岩塩も置いときましょうね」
そんなことを言っていそいそと、我々は、と言うかメガネと私は神が自ら作った備蓄の岩塩を吐き出し、神経由で信徒に配布してもらう体勢を素早く整えた。
稲荷寿司はお配りしたものの、神が消えたとか言って心底お騒がせたのに変わりはない。これはほら。なんとなくよくないような気がする。
そこで我々の納めた岩塩を神から下賜していただくことにより、信者よろこぶ、神が尊敬を集める、神ごきげん。と言う、神に命救われた幼児関係の大人として、そこはかとなくいい感じに事態をうやむやにせんとする完璧な打算を弾き出していた。どうよ。この、どの方面にも敵を作らない周到さ。自分たちの有能さが恐い。
残りの稲荷寿司と神製岩塩をたずさえて完璧にごまかされた村人がほくほくと帰り、全方位に油断なく気を使い完全犯罪をなしとげてほっと胸をなでおろした我々は洞窟内にさり気なく手持ちの自立式を設置してにっこにこでクレブリへと戻った。
そして戻るなり待ち構えていたユーディットから、「子供が海に落ちたと言うし、その子はいないし、聞けばそなた等がほかの子供も連れてどこへとも知れず消えたと言うではありませんか。事故ですよ。それも子供の。せめて一言あっても良いのではなくて?」――と、真正面から苦言をていされた。
もうそれは本当にそう、としか言えない正当なるお言葉。ユーディットは賢く厳格な、子供ファーストの院長先生なのだ。
あと、精神をえぐる鋭さで見下ろしてくるユーディットの後ろには、授業中だったので置いて行ってしまったじゅげむの姿がある。
不機嫌ですと言うふうに口をぎゅっととがらせたじゅげむは、むきむきとしたトロールに力いっぱいしがみ付き今にもこぼれそうな涙をどうにか堪えようとしているかのようだ。
全方位に油断などないと言ったな。
あれは嘘だ。
おもっくそ死角になっていた後方辺りからど正論とじゅげむの涙にばかすかと殴られ、我々はひたすらごもっともと粛々と批判を受け入れた。ごめん。
大体なにがあったかは子供が救い出される現場を目撃し、我々が連れて行った以外の幼児を保護してクレブリに残ったエルフらが説明してくれていたらしい。
だからユーディットや職員たちも全部でなくても少しは事情を聞いていて、問題としているのは孤児院の幼児を連れて行き先も言わずに姿を消したことだった。
キツネの神の分体が目の前で消滅したことにあせった結果ではあるものの、そう言われるとマジでそれ。ユーディットのガチギレもいた仕方なしと言うほかにない。
自分が教育と安全を預かる子供が急にどっか行ってたら、それは普通にあせるよな。
わかるごめんの感情で粛々としていた我々に、ふと。気付いた様子でユーディットが言う。
「それで……あら? ゲルトはどこ?」
……なお、ゲルトは孤児院にいる幼児であり、フェネさんが消えた現場に居合わせた一人で、どうやらあわてふためいた我々がわーっとメガネのスキルで開いたドアで不正の街の神殿へ移動した時に付いてきていた子供の名前であった。
そして今、ここにはいない。
と言うかそもそも我々は、あせった私が連れて行ってしまったびしょぬれの幼児と、あせったテオが連れて行ってしまった左右の腕に一人ずつの幼児。この三人しかいないと思って行動していたのだ。
だから我々が連れて戻ってきたのは、認識していた三人の幼児だけである。
……なので、これはあとから想像した多分の話でしかないのだが、あの時。
幼い子たちがギャン泣きでわあわあ言って移動して大人も子供もまあまあ大混乱の中、その子は恐らく自分の足で我々に付いてきてしまっていたのだと思う。
で、我々はそれを知らないもんだから、いるとも思わず置いてきてしまった。どこにだ。
ユーディットや職員たちと「えっ」「えっ」と言い合ってどうもそう言うことらしいとじわじわ判明したことにより、我々は再び「うわあああああ!」と叫んでとにかく不正の街の神殿へと飛んだ。
まあそれでドアからドアでうわああと移動した先で不正調査の王都の騎士や文官におろおろと囲まれ、お菓子や串焼きのお肉を両手いっぱいにかかえつつべそべそと涙ぐみながら口だけずっともぐもぐしている幼児を発見。
あまりの失態に土気色のどす黒い顔の我々がうっかり連れてきてうっかり置いて行った張本人だと名乗り出て、こんな遠い場所で子供を置いて行くとはなにを考えているんだと至極ごもっともなご意見をいただく。
王都の公務員、ちゃんとしててほんと助かる……。
どうして彼らがこの子を遠い場所から連れてきたと知ってたか少し不思議に思っていたが、それはゲルト五歳、クレブリの孤児院からきたと、じわじわ泣きそうになりながら本人が名乗って習ったばかりの自分の名前を文官に借りた筆記用具でキリキリよろよろとしっかり書いて、すごいなあ! すごいなあ! と大人たちにほめてもらっていたらしい。
中でも、ゲルト五歳を抱き上げてこんな小さないい子になんてことをとぷりぷり怒り、全然返そうとしてくれないヒゲのもじゃもじゃとした騎士っぽい男。
これが、この事件からしばらくのち。
妻を伴いクレブリにずんずんと訪れて、ゲルトを引き取りたいと熱心に申し入れてくることになる。
自力で熱烈な引き取り手を連れてくるクレブリの子、たくましい。
しかしこの、子供置いてきぼり事件はとにかく本当にダメだったらしく、……いや、らしいと言うか本当にダメなのは事実だが。
たもっちゃんのドアのスキルをはっきりとは知らないはずのユーディットから、よう解らんけどおめーらが悪いってことだけは解る。二度とやるな。二度とだ。と、言った意味合いの、貴婦人的な厳しいお言葉で釘を刺されてこれ以降クレブリの孤児院でスキルによる移動は厳禁となった。
我々も迷子を出したと知ってめちゃくちゃ肝を冷やしていたのでその気持ちは解るが、ドアでクレブリにこれないのは困る。
そこで万全の対策をほどこすために協議を重ね、クレブリの海の沖合いの、以前シーサーペント的なでっかいヘビがいた島に自立式ドアを設置。クレブリ移動の拠点と定める。
なお、大ヘビのいなくなったその島は今や、住み家を取り戻した異世界イグアナが大型のワニみたいな体でのそのそと闊歩し、なんらかの楽園のようになっていた。クレブリまじガラパゴス。
そのほかにはやっぱり塩を作ったり、子供のための正当な理由でお怒りのユーディットや孤児院の職員たちに許しを乞うため心底ごめんと、普段用のマロングラッセを量産するなど禊としての時間をすごした。




