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48 献身

 コンコン扉を叩かれる、控えめなノックで目が覚めた。

 王都を離れ爆走する馬車の中、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。ほかの二人も同様で、眠そうにしながらのろのろ座席に体を起こす。

 当たり前だが、馬車は止まっているようだった。たもっちゃんが馬車の扉を中から開くと、むわりと暑い外の空気が入り込む。

「あ……お休み、でした……か?」

 馬車の外に立っていたのは、つばの広い帽子をかぶったこの馬車の御者だ。

 ノックをしたのは彼だろう。強い日差しに汗を浮かべるその顔は若く、少年と青年の間に見える。

「いや、大丈夫です。どうしました?」

「あ、あの……もうすぐお昼、で。それで、街があったので……その……」

 立ちよって食事にしてはどうか。日差しが高くなってきて、これから一番暑くなる時間だ。だから、少し長めに休憩を取りたい。

 おずおずと、ものすごく言葉を選ぶ御者の話をまとめると大体そんな感じのことだった。

 多分こいつ、人と話すのめちゃくちゃ苦手だ。いいんだ。大丈夫だぞ。ゆっくりでいいんだぞ。思わず両手をにぎりしめ、やたらと応援するような気持ちで話を聞いた。

 どうやらすでに、いくつかの街や村を通りすぎているようだ。我々がのん気に眠っている間にも、馬車は休まず結構な距離を走ったらしい。

「それで、これからどうすんの?」

 小さな食堂の片隅で、塩味の薄いスープを飲みながら問う。同じテーブルに着いているのは、たもっちゃんとレイニーだ。

 御者にも食事に行くかと聞いたら、お弁当があるからと意外にきっぱり断られた。

 もしかすると、馬車のそばを離れられないのかも知れない。あの爆走馬車を用意したのはヴァルター卿だが、そもそもあれ、馬車ではないような気がしている。

 本来馬がいるべき場所には、覇者馬よりも一回り大きなピンクのトカゲがつながれていた。チャームポイントは背中に付いた、役に立たなそうな小さな羽だ。

 あれって多分、ドラゴンの仲間だと思うの。目を離せないと言われたら、納得しかない。

 適当に立ちよった適当な街で、適当に入った食堂はまあ適当な味だった。それでもお昼時であり、店内はがやがやと騒がしい。席も、ほとんど埋まった状態だ。

 そんな中、たもっちゃんは秘密を打ち明けるかのように深刻そうな空気を出した。

「大森林に行こうと思う」

「でしょうね」

 知ってた。

 元々行きたいと言ってたし、今ではエルフの里の地図があるのだ。

 排他的で秘密主義のエルフの里は、大森林にあるらしい。まあ、行かない訳がない。

「あれ……? いいの?」

 黒ぶちメガネを指の先で押し上げて、たもっちゃんは意外そうな顔をした。

「いいよ別に。予定知りたかっただけだし」

「絶対反対すると思った。リコ、冒険嫌いじゃん」

 メガネはそんなことを言いながら、大森林行きを反対しない私の態度を不審がっているようだ。ばかめ。お前はなにも解っていない。

 大森林だぞ。大森林。

「響きがいいよね。大森林。大自然に包まれてるよね。絶対草生えてるもんね。いいよね、草。高い草」

「……あ、うん。そうね。そうよね」

 草はいいよ、草は。そう言うと一転、メガネはなぜか乙女を出しながらに納得した。

 黙って話を聞きながらレイニーが険しい顔をしていたが、あれは料理の味に納得していないだけだろう。塩と野菜の薄く少ないがっかりスープだったので。

 王都を抜け出した我々は、こうして大森林を目指すことになった。

 今でこそこうしてのんびりしているが、数時間前までは結構難しい状況だった。この国どころかこの大陸にはいないと言うのに、魔族とか出てきちゃったからな。仕方ない。

 それがどうしてこんなところでのんびりできているかと言うと、アーダルベルト公爵とヴァルター卿の手引きによって王都を脱出したからだ。

 そのために、私たちは魔族について力いっぱい隠蔽などした。

 ん? その魔族? あいつなら私のアイテムボックスで寝てるよ。

 気持ち的にも状況的にも、そんな感じだ。

 悪魔は金の玉にして、上司さんが持って行った。魔族の男も立場はまずいが、精神的にはクリーンだ。これを罪人と呼べるかどうか。

 一応、どうしたものかと悩んだ末に、原因もろとも問題を隠蔽した格好である。くさいものにはフタと言うか。秘密は穴掘って深く埋めるに限ると言うか。

 ヴァルター卿も言っていた。

 決定的な証拠さえなければ、どうとでも始末は付けられるのだと。

 老紳士は魔族の男をアイテムボックスにナイナイしたのは知らないはずだが、別の話をしている時になんかそんな名言が出た。

 今でこそヤジス食う奴みんな友達みたいなジャンニでさえも、ローバストの騎士として初めて村へきた時はベーア族に暴言などを吐くなどしていた。

 あれで我々、ちょっと察した。

 この世界、結構はっきり自分の仲間とそれ以外を区別すると。

 だから、不安になったのだ。

 人族からも獣族からも弾かれた、魔族の扱いがどうなるか。いきなり処刑とかされたりしたら、さすがの我々も気にしてしまう。

 そもそもアイテムボックスに生きたものは入らないはずだが、なんかね。入った。

 眠りって言うか、多分時間を止めてるんだな。リコが茨をほどくまで、茨にも中身にも傷さえ付けられないみたいだし。だとしたら茨に巻かれてる間は時間と一緒に生命活動も停止してる訳じゃない? いける。気がする。

 たもっちゃんが早口にそんなことを言い出して、試してみたらホントにいけた。

 チャレンジするって大事だなって思いました。

 あとは、公爵とヴァルター卿次第。我々が再び王都の土を踏めるかどうかは、二人のがんばりに掛かっている。超大変そうだけど。

 超大変なのを承知で、公爵もヴァルター卿の手を借りることにしたのだろう。

 気持ちは解る。あの人は普通ならどうにもならないことも、なんとかしそうな雰囲気がある。

 公爵も権力的には最強っぽい気がするが、権力だけでは足りないこともあるらしい。

 その辺のことは「私、意外と友達いないから……」と言う本人の悲しい言葉によって語られて、我々が完全に沈黙した。やめろ。その自虐は私にも効く。

 そしてその期待通りに、公爵が急ぎ呼び出した老紳士は有能だった。

 ドラゴンが引く爆走馬車をあっと言う間に用意して、挨拶もそこそこに我々を詰め込み送り出した。

 その時に、こちらはちゃんと片付けておくから、しばらく王都を離れてろ。みたいな感じで自信ありげに言われたが、あれ逆に恐いよね。王都にいたら、どうにもなんないってことじゃんね。

 この頃になると、我々がかつて固めたヴァルター卿には触らんとこ。と言う決意は行方不明になっていた。

 これはしょうがない。今ではむしろ、全力で頼りたい。そんなもんですよ、私らの意思なんて。

 そうして王都を出る直前に。と言うか、ドラゴンの馬車に押し込まれる直前に。公爵から我々に一枚の書類が渡された。

 筒状に丸めたその紙は、持ってみると手触りが変だった。しばしば重要な書類や本に使われる、魔獣の皮を加工して作った羊皮紙のような紙らしい。

 葉っぱの紙より耐久性と保存性に優れているが、そのぶんお値段が格段に高い。

 なにそれなんか大事そう。と思ったら、そこそこ大事なやつだった。

 公爵本人の署名の横に、公爵家の紋章が入った赤い封蝋とかあるの。

 内容としては、こいつらうちの知り合いだから色々便宜図ってあげてね。公爵家の名の元に。と言うことらしい。

 あれか。ご老公の印籠か。

 天使によって買収された公爵の献身。ありがたいけど、忍びなくてしんどい。

 大丈夫かな。あの人、見た目より熱にやられてるんじゃないのかな。熱冷ましの草はこれでもかと渡してきたが、心配だ。

 お歳暮でも送ったほうがいいのだろうかと割と真剣に悩みつつ、我々は旅の休憩がてら買い物などして二時間ほどの時間を潰した。

 それから街の外で待たせた馬車の所へ戻ると、ドラゴンと御者が十人ほどのきらきらしい女子たちに絡まれていた。なぜなのか。

 我々はあわてた。大変だと。あの内気な御者がリア充のオーラをまともに浴びたら、対人ストレスで死んでしまう。解るんだ。似たような陰キャの宿命を背負う者として。

 たもっちゃんが助けに行こうと駆け出して、すぐにピタリと動きを止めた。

「あ、どうしよ。あの子名前なんだっけ」

 どう呼び掛けて助けに入るか迷ったらしい。

 そんなの私が知る訳がないし、私のすぐ隣ではレイニーが当然知ってる訳がないみたいな顔をしていた。

 集団として、コミュ障すぎる。

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