479 出発の朝
農園に魔道具を設置し、翌々日。
どう考えても我々が原因で入りびたるニワトリの世話を農家さんに押し付けて、おみやげにめずらしい草むしってくるっすからと良心の呵責とよくしてくれた農家さんに言い訳しながら我々は、錬金術師との待ち合わせ場所へと足を運んだ。
素材を探すためのお出掛けである。
とっくに自由の身になったのになんでお出掛けするのが翌々日になったかと言うと、機動性にとぼしい私がその日は力尽きておやつなどで体力の回復を図り、翌日は公爵家へと押し掛けて公爵さんにねえ聞いてとニワトリや錬金術師らのことを報告すると見せ掛けてもはやなにが正解だったのかもうなにも解らないと言うグチに付き合ってもらいに行ったりしていたからだ。
いや、なんとかなったのは助かるのだが、どことなく釈然としないものが残るって言うか。最後の最後で私だけニワトリから嫌われてんの、悲しすぎない?
また、素材が欲しいと言い出してお出掛けを希望している錬金術師らのほうも、ああ見えてお城勤めであるために王都を出るにはなんらかの申請が必要になるらしい。
それで間に一日置いたみたいなところもあるのだが、これがよかったのか悪かったのか。私はちょっと判断に迷う。
素材探しに出発の朝、朝と言っても午前十時とかその辺りの頃合いに。
待ち合わせの場所である、王都の防壁に開かれた門。その一つのそばに、わらわら固まる錬金術師の黒っぽい姿と雨の日にも元気いっぱいのはつらつとした人の姿があった。
彼女は言った。
「大森林で冒険と聞いて」
「えぇ……?」
戸惑いながらも「それできちゃったの?」と問う我々に、うん、そう。とうなずいているのは、颯爽とした騎士っぽい軽装姿の武者姫である。
なんでいるのか全く解らないのだが、何回見てもそこにいるのは若武者めいた姫だった。
メガネや私の口からは我知らず「ええ……?」と何度も弱々しい戸惑いの声がこぼれるが、武者姫はそんな些事にはかまわず顔をぴっかぴかに輝かせて急かす。
「さ! 行こう!」
そしていそいそと王都の門を出て行こうとする姿は、遠足をものすごく楽しみにしている子供のようにも思われた。
しかし、我々は知っている。
「いやいやいや、待って。姫あれじゃん。野営とか禁止されてるらしいじゃん。今回あれだよ。多分日帰りになんないよ」
「そうだよ。なんて言って出てきたの? お泊りしていいって? おとーさんおかーさん、大森林行っていいよって言ってました?」
なんかもう、めんどくささが勝ってきて姫にも雑になり始めた我々の、騙されないからなと言う強い意志。
そんな、絶対嘘やろとにじみ出るような指摘はしかし、やたらとキリッと振り返る姫にあっさり一蹴されてしまった。
「うん。最初は反対なさっていたのだが、今回の大森林行きを許してくだされば婚約者の選定をお父様とお母様の好きに進めて構わないと申し上げたら、こころよく」
「ねぇそれ交換条件重た過ぎない?」
「どうして弟さんと言い、キミたちは独身最後の自由を我々にゆだねようとするの?」
いや、姫はまだ婚約者を決める段階で独身最後って訳でもないのかも知れない。
でもなんか重い。重いわあ。
それもうむしろ今すぐ帰ったほうがよくない? と、ドン引きで心配するメガネと私に姫は言う。
「婚姻はわたしより強い者が相手でないと嫌だとずっと申し上げていたら、お二人とも世界の終わりのような顔をなさっておいででな……。王の伴侶と言うものは、人格も知性も必要なのだと。そう言った者には全く興味が持てないけれど、もう弟はいない。わたしも、好きの嫌いのとばかり言ってはいられないだろう? 気乗りはしないが、必要なことだ。話を進めるいい機会だった」
それに、大森林には大きな魔獣がごろごろいると聞く。どうしても行ってみたい場所だった。
武者姫はそんなことを言いながら、無邪気な感じでにこっと笑う。
「だからさ……重いんだって……」
「あと、弟さんも元気にやってっから……その絶妙に気い使わせる言い回しやめよ……」
笑顔の感じに似合わないドライすぎる姫の理屈に我々は、再び「ええ……?」とドン引きである。
しかし、王様夫妻の許可が出てるならまあ……いいのか? と、なんとなくめちゃくちゃ首をひねりながらではあるものの、とにかく素材探しに出発することになった。
正直、考えるのがめんどうになったのもものすごくある。
今回の行き先が大森林と言うのは、素材と言ったら大森林だろと錬金術師がわいわいとやかましいので一応私も知っていた。
しかし王都から大森林までは距離がある。
遠出になるので錬金術師らも希望者を厳選、するのかなと思ったらそんなこともなく。いや、彼らなりに厳選したのかも知れないが待ち合わせ場所には少なくとも十人や多く見積もると二十人行きそうな黒いかたまりがわちゃわちゃといた。黒いローブで一体化していて正確な人数は解らないのだが、彼らに遠慮は多分ない。
その黒っぽい集団にむきむきとした近習で固めた武者姫の筋肉主体の一行を加え、我々がまず向かうのは重要施設でありながらその特性ゆえに王都の外にまとめて置かれた転移魔法陣のある場所だ。
大森林の素材などを運ぶため大森林の間際の町近郊に転移魔法陣があるそうで、たもっちゃんのドアのスキルは別として、王都から大森林まではこの転移魔法陣を使ったルートが最短である。
誰でも使用できる訳ではないが、今回は錬金術の研究に関わる可及的ななにかがどうのこうのと理由を付けて、うまいこと許可を取ってきたようだ。
錬金術師の集団はこう言うゴリ押しをよくやっているのか、この転移魔法陣の使用は割と当初から予定に組み込まれていた。そのために移動時間が短くて済むみたいな意識があって、若干みんな準備にものんびりしてた疑いすらある。
だが、多分だが、我々は時間を置かず素早く出発するべきだったのだ。
そうすれば、小さな生き物が外敵から身を守るみたいにいっつも固まってる割に集団行動に向いてない錬金術師の遠足を気取られることもなかったし、集合場所に武者姫とその近習である筋肉多めのいかついメンズが現れることもなかったのではないか。
いや、姫がいてはいけないと言うことはないのだが、姫がいると我々がこれまでもあちらこちらで振りまいてきたやらかしにターボ加速が付くような気がする。
完全なる先入観で申し訳ないが、姫にはそう思わせる勢いがあった。恐いよね。勢いって。
そんなことを考えながら、私ががたごと揺られているのは大きな馬車の荷台の上だ。
王城から大人数の錬金術師と大小様々ないくつもの魔道具をごちゃごちゃ積み込みやってきた、人を運ぶには雑すぎる大きな荷馬車にむりやり乗り込みえっちらおっちらみんなで揺られてドナドナとしている最中なのだ。
しかし王城の技術集団である錬金術師の荷馬車だからか尻へのダメージは恐れていたほどはなく、困るのは馬車の荷台に人間と一緒に、と言うかむしろ人間が魔道具の間にはさまる感じで運ばれていると小さい魔道具がごろごろ転がりどこかへ行って、大きな魔道具がぎゅうぎゅうと人間にのしかかるくらいのものだ。
くらいって言うか現に困っているのだが、「ねえこれアイテム袋に入れるとかじゃダメなの?」と聞くと、錬金術師の集団は黒いフードで隠れた顔でなぜだかめちゃくちゃ解りやすくおどろきを見せた。
「おれたちの魔道具を? 袋に?」
「こんな繊細な魔道具を? アイテム袋なんかに?」
こんなにいいものを?
正気か?
それにしては雑に転がしている気はするが、ざわつく錬金術師の言葉によると魔道具は魔力を充填してるのでそのままではアイテム袋やアイテムボックスには入らず、魔力を抜けば入るは入るがそうすると今度は再び魔力を充填した時に微妙な調整が必要になるものもあるらしい。
前半部分は我々も知ってはいたのだが、後半部分は初耳の様子で一緒に聞いてたメガネがマジかよと口走る。
あと、アイテム袋は基本がダンジョンの攻略アイテムで、原理がよく解っていない人知の及ばぬアーティファクトになるのだそうだ。
それでなんとなく負けたような気がして、錬金術師あーゆーの嫌いだなー! と最終的にはなんかわあわあ言っていた。
そんな負けおしみを聞かされる間に目的地、各地を結ぶいくつもの転移魔法陣がまとまった地点へと着いた。
荷馬車をおりると愛馬を駆って並走していた武者姫と近習メンズも馬をおり、愛馬をなでてねぎらっている。どうするのかなと思ったら、馬も馬車もこの場で預けて大森林へ向かうのはさすがに人間だけとのことだ。




