477 「せやった」
なんか知らんが急にきて、懸案のニワトリ事項を急速に片付けた錬金術師たち。
ただし困ってるから助けてあげようみたいな感じはひとかけらもなく、やったことはないけどなんとなくできそうだからやってみたくなっただけの感じが強い。理系か。
私のいわれない偏見を密かに背負わされているとも知らず、錬金術師の集団はメガネがかつて公爵家の料理人と作り上げたモンブランや追加でどんどん焼き上げているホットケーキで糖分を過剰に補給して、今なら空も飛べる気がするみたいな勢いで魔道具の魔法術式を練り始めていた。
しかしそれと同時進行で魔道具の図面を引き始める奴もいて、魔法術式練ってからじゃないと図面引いても二度手間にならない? とメガネに心配されながら、彼らはなんかわあわあと好き勝手に作業する。
ペトロネラ様の別荘の品よく居心地のいいリビングで、どこからともなくペンやインクやでっかい紙をテーブルや床に広げて散らかす錬金術師たち。
そのうごめく黒ローブの集団にニワトリのエサやりにひとまず満足した子供らがいつの間にかまぎれ込み、先をとがらせた木の棒にインクをひたして図面用のでっかい紙の端っこにお絵かきで参加。
じゅげむとノルベルトがのびのび描いたニワトリの絵は、黒ローブの中の誰かによく観察できてると理系っぽい言葉でほめられていた。
意外に子供のことも見てくれる錬金術師の集団はしかし、ニワトリをなんとかするためにわざわざやってきたのではなかった。
彼ら自身ちょっと忘れていたっぽいそのことを、あっ、とびっくりしたみたいに思い出したのはブルーメの誇る彼らの技術と知識を詰め込んだ進入禁止魔道具が魔法術式と設計図面、それぞれ別のアプローチから練ったため全然違うものが二種ほど形になってきてなんとなく派閥争いみたいになっていた頃だ。
それはそれとして全然関係ないのだが、VHSとベータのことを思い出す。
どっちもそれぞれええところがあるんや……。
日本でそんな悲しい争いを見て――きてはいないがもはやネタに近い知識として魂に刻まれている我々は、なんとなくしんみりと進入禁止魔道具を巡り二つに割れた錬金術師の間に入り、目立った不備がないのならとりあえず両方やってみてええほう残したらええやんけ。と、意外に合理的かつ行き当たりばったりの提案をしているところでもあった。
知的好奇心と探求心が旺盛な錬金術師らも、実用実験に不満はなかったらしい。
じゃあそうするかと話は急速に落ち着いて、立ち上がりわあわあ言ってた黒ローブの集団はおとなしくその辺の空いている席にわらわらと座った。
そしておやつと一緒に人数ぶん用意されていた、ティーカップを両手で持ってすっかり冷めたお茶を飲む。
こくこくとお茶で喉をうるおした彼らは、ふう、と小さく息をつきどこか一仕事終えたみたいな空気を出していた。
理論体系の派閥に分かれてなされた議論に区切りが付いて、急に話すことがなくなったからか変に静かな沈黙が流れる。
このタイミングで。
「ねぇ」
有能執事が抜かりなく入れ直し、一人だけあたたかいお茶のカップを手にした公爵が長い足をゆったり組んで腰掛けたソファの上から問い掛ける。
「君達、私を引っ張り出してまでここへきた理由、覚えてる?」
「あっ」
「あ……」
その問いに、公爵と共にこの別荘へとやってきた錬金術師らは、口々に動作不良のエラー音みたいな気付きの声を「あっ」「あっ」と連鎖的に上げた。エルフのルディ=ケビンを含む。
そもそも用があったんじゃないのかと。
やんわり指摘した公爵が、あきれたみたいに困ったみたいに、そしてどこかのんびりと「全然思い出さないんだもんねぇ」とあたたかいお茶を傾けながらに眺めているのは錬金術師の集団である。
黒っぽいローブに包まれた彼らは、公爵の指摘を受けて「せやった」とばかりにざわついた。なんで普通に忘れているのかと、自分で自分にびっくりしているようでもあった。
王城で錬金術師の身分を得ているその集団は、我々に会いにくるためになぜか公爵に引率を頼んでいる。
なぜかと言うか見た感じ、ほぼほぼ黒っぽいローブにまみれてこれから黒魔術の儀式でも始めそうな彼らだけだとこの別荘までたどり着けないからだとは思う。
滞在が長引いてきたために我々も感覚がおかしくなってきてはいるのだが、ここは王のための農園にあるので。不審者はほら。多分入れてもらえないから。
しかし、何度も言うが公爵はえらい。
あと多分だが、いつ行っても大体在宅している様子からすると、あんまり家から出ないタイプでもあるようだ。
だから頼むほうもそれなりの理由が必要になるし、よほどでないと公爵も引き受ける義理はない。ような気がする。
だから恐らく我々は、そんな組み合わせの彼らが実際この場にいると言うだけでなんとなくめんどくさい話になると予想しておくべきだったのだ。
ぽつりと。
「素材が……な」
錬金術師の中の一人がこぼした声は、まるで白い紙の真ん中に意図せずインクを落としてしまったかのように、音になって響く端から後悔がにじみんでくるみたいだ。
「どうしても、足りない素材があって……必要なんだ。どうしても……欲しくて……。ないと、できない。だから……」
頭にかぶった黒いフードに隠されて、どんな顔かは解らない。
しかしその、とつとつとつっかえる言葉を聞いてると、不器用かよとこっちのほうがはらはらとしてくる。
きっと話している本人も、自分が話せば話すほど言いたいことから遠ざかっている感覚があるのだと思う。
それであせって言葉を重ねるが、やはりうまく行かなくて余計に言葉が出てこない。くそ解る。
そう言う感じに身に覚えがありすぎて、話を聞いてるだけなのに胸と胃がきゅう、と苦しくなってきてしんどい。どうしよう。めちゃくちゃ身につまされる。
そんな、自ら窮地を作り出す仲間に、ほかの錬金術師らもなんとかしなくてはと思ったようだ。
もはや見分けの付かない黒ローブの集団が、あわあわしながら加勢する。
「でも、貴重な素材は入手が難しい」
「あんた達は珍しいものをよく売ってくるから……」
「持ってないか?」
「調達に連れて行ってくれるのでもいい」
「送り迎えさえあれば、あとはなんとか……」
魔石や魔道具で魔力と戦力を補強して、素材を採集すること自体はなんとかできるとは思う。でも多分、現地にたどり着くまでが我々には一番難しい。
ローブに隠れてはっきりとはしないが恐らく大体成人している錬金術師の集団は、全体的にぼそぼそしながらそこだけは逆に自信があるみたいな感じを出して言う。
その様に、私の中で解るの気持ちがすごく出た。
「解る……解るよ……。始めての場所とかどっからどう行ってどうアクセスしたらいいのか解らないし、公共交通機関の料金も支払いかたとかある意味ローカルルールでしかないのに誰も教えてくれないって言うか、いや教えてくれるかも知れんけど、むしろ知らないほうが悪いみたいな感じあるもんな……解る……解るわ……」
「えぇー……?」
急に共感を炸裂させる私にメガネや公爵辺りから戸惑いの声が聞こえたような気もするが、生活圏を離れたお出掛けは困惑の連続やと思うんや。個人差はあります。
よく解らないけどこうして同情も深い訳ですし、と公爵が私を示しつつ大体の感じで取りなして、よく解らないけど困ってるならじゃあまあ行くかとメガネが大体の感じで了承。
思えば肝心の素材がなんなのか向こうも伝え忘れていたし、こちらも聞くのを忘れたままにわいわいと採集に行く約束だけが交わされた。
しかし我々がこの地を離れるためには、ニワトリをなんとかしなければならない。と言う、最初の懸案事項に立ち戻る。
なのでとりあえず一旦は、「やっと用事言えた!」みたいな変なやり切った感を出しながらぞろぞろ引き上げて行った錬金術師らが、対ニワトリ進入禁止魔道具を作ってくるのを待つことになる。
その間に、たもっちゃんはニワトリの世話を押し付けようとしている農家さんのために、せめてもと製パン教室を開いた。
朝早くからパンの焼けるにおいにニワトリが余計に荒ぶってはいたが、農家さんは見事に食パンの焼きかたをマスター。たもっちゃんはよくぞ俺を踏み越えて行ったと手持ちのホットサンドメーカーを譲渡し、免許皆伝を叫んだ。パンを焼くのはもはや教え子のほうがうまいくらいだと言う。師匠越えが早い。




