476 訓練されたプロ
プロのマロングラッセがもたらす感動は、クレブリでユーディットと分かち合うまでお預けにしよう。
あの人ならばむしろ我々よりも大げさに、この気持ちを理解してくれるはずだ。
そんな思いで王様からいただいた箱をそのまましまい、手を付けずに寝かせて置くことにした。
で、素朴ながらに品よく整えられた別荘の、雨音と水のにおいがほのかに入り込むリビングで話す我々は目下の問題へと立ち戻る。
つまり、王の森でたくましく、勝手に生き抜いてきた野良ニワトリの群れ。
それが先々代王妃の別荘の美しく整えられた裏庭で、コンビニ前で時間をつぶすどことなくガラの悪い若者のようにたむろしているのがものすごく困る件。
そして、だからなんとかしておいて欲しいと王様からお願いされているやつである。
そもそもは王の狩場である森へちょうどいい獲物として放たれたものが、自力で生き抜き野生を取り戻したアウトロー感あふれる生物たちだ。
群れの大半が雌鶏だからか、ニワトリからかもし出されるハーレムっぽさ。金ちゃんの餌付けが始まってからは唯一のオスである頭取が脇へ追いやられ寂しそうな空気を出してたり、パンの耳を投げ与えるトロールや子供だけでなくどこからともなくパンの耳を持ってきて金ちゃんやじゅげむに供給している別の人類も認識し、とりあえず誰彼構わずクチバシでつついて絡むことはなくなった。
なんなら自ら仕留めた虫やヘビやげっ歯類などの捧げものをそっと差し出し、さあどうぞ、としっとりとした視線を向けることもある。やはりあれはお礼だったようだ。
私はお野菜も食べましょうねと草を出す係を自発的に務めていたが、草は森にいっぱいあるからかニワトリの反応は悪かった。女同士は難しい。頭取はつつきにきてくれる。
今ではすっかり閑職に追いやられた頭取も、群れを守るボスとして矜持と言うものがあるのだろうか。
定期的に思い出したみたいに金ちゃんへと勝負を挑み、ひとしきり大暴れしたあとで群れの雌鶏に囲まれてコケーコケーと明らかに責め立てられているのを見掛けたりする。雌鶏に囲まれるまででワンセットなので、もはや様式美すらあるように思う。
そんな感じでなんとなくじわじわとくるもののあるニワトリたちではあるのだが、それでも彼らの本性は魔獣だ。
いかに我々には親しみのありすぎる白い家禽めいた外見をしていて、パンの耳を供給する者には決して爪もクチバシも向けず、たまに庭の芝生の上にサイズ感がマンゴーみたいな卵を落として去って行ったと思えばちょっと離れた物陰で「拾え」みたいな感じでじっと見てくることはあったが、それでも危険なことがなくはないかも知れないかも知れなくて、なんか、あれなのだ。多分ないかなと言うような気はする。
そんな、ふわふわにブレた話を悩ましく、でもでもだってとうだうだ続ける我々に、公爵は「それで」と輝く髪をとろりと揺らして首をかしげる。
「どうするの?」
「いやー、何とかこのまま穏便に家畜にできないかなーって」
「そう。農家さんにうまいこと餌付けとか引き継いでもらえないかなーって」
幸いなことに、パンの焼きかたについてはメガネがすでに大体の感じでお伝えしてあった。そのために理論上、この農園の農家さんたちも自家製パンを永遠に供給できるはず。
あまりにも我々だけに都合のいいことを言い出したメガネと私だが、農家さんの都合を一切考えてない以外にもこの案には問題があった。
森育ちのニワトリはアウトローなので、農作物に手を出してしまうのだ。
「あぁ、それは困るね。ここは王家のための農園だから」
公爵はそのことを改めて思い出したと言うように、体を引いて背中をソファに押し付けてもたれた。
足を組みその上に両手を重ねて置いて、だらしないはずなのになんだかすごく絵になった。
その光景にぼんやりとイケメン無罪の言葉を頭に浮かべていると、横からぼそぼそと声がする。
「結界でも張って畑に魔獣が入れない様にすればいいじゃないか?」
「いや、広範囲な結界は益虫も出入りできなくなって作物に悪影響が出ると研究論文で読んだ」
「駄目か」
「ならいっそ、あの群れだけを弾くのはどうだ?」
「それには魔力を記録して結界に組み込むか、認識用の魔道具を身に着けさせないと」
「あれだけ慣れてれば首輪くらい……」
「いけるか?」
「ならば、結界ではなく隔離範囲の指定もいっそ魔道具で……」
「それならメンテナンスも容易にできるな」
「作るか……」
「城の研究室に流用できそうな試作品が……」
一人一人はすごく小さな声なのに人数多くてまとめて見ると騒がしく、好き勝手に話しているようでいながら会話が全然途切れない黒ローブの錬金術師たちである。
なんかすげー食い付いてくるじゃん。
そんな気持ちでぼそぼそ声のするほうを見ると、彼らはいつの間にか窓を離れてソファの周りに集まっていた。
黒ローブの集団に囲まれてしまうとこれからなんらかの儀式でも始まりそうなおもむきがあるが、彼らは割と熱心に農園のニワトリ対策を議論しながらに、それぞれびよんびよんと手に持った食パンから切り取った細長い耳の部分を「意外にいける」みたいな感じでもぐもぐとしている。
なぜなのか。
私の心はこの一言でいっぱいになったが、ニワトリのエサやりをざわつきながらやたらと見てくる黒っぽい錬金術師の集団に、仲間になりたいのかと考えたじゅげむがトリのエサとして装備したパンの耳を分けてあげていたようだ。じゅげむは本当に気配りができる。
それなのに、トリ用のパンの耳をなぜか自らかじる錬金術師たち。
元々人間用のパンから取った耳なので食べることに問題はないが、その姿はなんだかすごく憐憫を誘った。
料理担当の使命感からか、たもっちゃんは「おやつあるから! ちゃんとしたのあるから!」と、以前公爵家の料理人と共に試行錯誤しながら備蓄したモンブランケーキを放出し、背の低いテーブル周りに屈み込みもしゃもしゃとおやつに群がり始めた黒ローブに向けて「ねぇ、足りる? ホットケーキでも焼く?」などとそわそわ問い掛け世話を焼く。
なんとなく子供が急に運動部の友達をいっぱい連れてきてどのくらいごはんやおやつを出せばいいのか加減の解らない保護者みたいになってたし、それを受け取る錬金術師らはおいしい葉っぱにうれしげに群がるうぞうぞとうごめくウニみたいだった。
いや、海の……。多分伝わりにくいとは思うが、黒いし……。
別に彼らの仕事でもないのに気付いた時にはああだこうだと議論を始めていた錬金術師の集団は、脳細胞に糖分を叩き込んだことで変なテンションになったのかも知れない。
なぜか俺たちに任せろみたいな感じを出して、餌付けしたニワトリの行動範囲を制限するための魔道具製作になだれ込む。
正直全然関係ないのにどうしてそんなことまでしてくれるのかと戸惑うが、理論上なんとなくできそうだったから実際に作ってみたくなっただけの可能性も高い。
技術者、なんか知らんがそんなイメージがある。
こうして、懸案だったニワトリをどうにかする件はよく解らない内に家禽として農園に受け入れ可能な雰囲気となり、あくまで行き掛かり上ではあるのだが、なし崩し的にお世話を農家さんに押し付けてしまうことになる。
食パンおよびパンの耳を生み出すのに必要な酵母菌の培養と製パン技術はすでに伝達してあって、野生のニワトリを制する餌付けの準備が農家側にも周到に整ってしまっていたのも大きな要因の一つだ。
たもっちゃんに計画性はないので、多分偶然だと思う。
しかしこの、まるで最初からそうするつもりで用意してましたみたいな環境の整い。
相手にしたらめちゃくちゃ感じが悪いので、これもう二度とこの農園にはこれないパターンもあるぞと勝手に震えていた我々を、農家さんはあっさり許してくれた。
いや許してくれたと言うか、こちらも悪気はなかったと必死で言い訳した結果、受け入れてくれたと言うほうが近い。
なんでも、最近農園内でのヘビやネズミの被害が減ってきて、どう考えても原因は別荘の裏庭にたむろする番犬のようなニワトリたちだった。なので農家さんの間でも、これでニワトリが農作物に手を出さなければなあ、みたいな話になっていたらしい。
錬金術師が開発予定の魔道具でその辺が抑制されるなら、別にパンの耳くらいは作るしばらまく。
訓練されたプロ農家、そして我々担当の青年は虫やヘビやげっ歯類などの田舎に多そうな生物と戦うことを宿命付けられた者として、実利を取る感じで「まあいいですよ」とニワトリのことを引き受けてくれた。




